377 サキュバス再臨
「おい……あまり無理するなよ」白は、五十キロを超える獲物を二頭も一人で担ぎ、洞窟へ戻ろうとする雨間刻に声をかけた。
雨間刻は生ける屍のように、ゲームを続ける意味を失っていた。柑々にはもう自分など必要ない。彼女はドイツ軍の力を借りて中心人物となり、影の旅団も彼女のおかげで、制限付きではあるものの自由に狩りができている。
自分の無力さがますます腹立たしくなり、情けないことに涙までこぼれた。
白は不意に雨間刻の肩を叩き、一人で丘に立って星空を見上げる柑々を指差した。
「話してこいよ……」
「俺には会いたくないだろ」雨間刻は落ち込み、その場を立ち去ろうとした。
「誰にも会いたくないなら、誰が行っても同じだろ」白は、荒道一狼がすでに死に、柑々にはもう頼れる相手がいないことに気づかせた。
…
雨間刻はためらいながら丘を上り、ぎこちなく声をかけた。
「よう……」
「よう……」柑々は異様なほど落ち着いており、ただ空を見上げていた。
雨間刻は何も話題を思いつかなかった。それでも、柑々を眺めているだけで、言葉にできないほど幸せだった。
「ディベルは以前、私の無邪気な笑顔は蜂蜜よりも甘いと言ってくれた。だからこそ、私についてきたんだって……あなたは?」柑々は星々を見つめたまま、遠い記憶を辿るように尋ねた。
「俺の世界では、君こそが完璧そのものだ」雨間刻は迷わず答えた。
「黒真珠にいた頃の私を見たことがある? ゲーム内通貨のために色香を振りまいていた妖女を、気持ち悪いとは思わない? あなたは私のいいところしか知らない。私の醜いところを知っても……まだ愛してくれる?」柑々は顔を伏せ、ここ数日で初めて雨間刻の目をまっすぐ見つめた。
雨間刻には、柑々が激しく思い悩んでいることが分かった。
「まさか、あのヘメルに……?!」雨間刻は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「違う……何もされてない。でも、答えて」柑々は問い詰めた。
「君はほかのみんなのために自分を犠牲にしてるんだ。立派なことだよ」雨間刻は答えた。
「もし、私がただ権力を求めているだけだったら?」柑々は真剣な目で問いかけた。
「……」雨間刻は眉をひそめ、何かがおかしいと感じたものの、答えなかった。
「力があれば、黒真珠を失わずに済んだ。夢の唇の仲間たちも失わずに済んだ。権力があれば、教皇都市を失わずに済んだし……あの人も、失わずに済んだ……」柑々は荒道一狼の名だけは口にせず、雨間刻を傷つけまいと言葉を選んだ。
「違う。君はただ、一緒に遊べる仲間が欲しいだけだ。もしよかったら、俺が……俺がずっと君のそばにいるよ」今の雨間刻には何の力もなかった。それでも、迷いなく言った
柑々は心を揺さぶられ、複雑な思いを浮かべて彼を見つめた。フレンドリストに残った最後の一人――その雨間刻の胸へ、そっと身を預けた。
「あなたは間違ってる……力も権力も、信じられないほど大きくて……抗えないものなのよ」
想いを寄せる少女が再び自ら胸へ飛び込んできた。それでも雨間刻は、柑々の体へ腕を回そうとはしなかった。
「これでいい……」雨間刻は小さく呟いた。
ただこうして寄り添っていられるだけで、彼はもう満足だった。
…
翌日――
柑々は朝早くからログインし、影の旅団にある食材をすべて調理して、きれいにテーブルへ並べていた。
彼女がそっと洞窟を出ようとすると、入口で見張りをしていた火野良が目を覚ました。
「か、柑々?」火野良は眠そうな目で尋ねた。
「わざと足音を忍ばせたのに、気づいたの?」柑々は苦笑した。
夜が明け始め、柔らかな朝日が柑々の顔を照らしていた、まるで地上へ舞い降りた天女のように浮世離れして見えた。
「いや、俺は鼻が利くんだ。美少女の匂いがすれば目が覚める」火野良も思わず、柑々を軽くからかった。
「ずいぶん口がうまくなりましたね、火野良ギルマス!」柑々は意地悪そうに笑った。
火野良は、ドイツ軍の馬車がすでに少し離れた場所で待っていることに気づいた。
「こんなに早くから?」火野良は警戒するように尋ねた。
「うん。今日は……少し遠くまで遊びにいくの」柑々は力なく笑った。
「柑々……そこまでする必要は――」火野良は真剣な顔で言った。
柑々は何も答えず、首を横に振った。
「ありがとう。君が俺のギルドを救ってくれた」火野良は彼女に向かって頭を下げた。
柑々は静かに微笑み、ドイツ人プレイヤーの馬車へ乗り込んだ。
…
ハゲグの塔、Kanatheonの旧領主の部屋――
「お前たちはここで待っていろ」ヘメルは衛兵たちを扉の外に残した。
「ついにやるんですか?」衛兵がいやらしい笑みを浮かべて尋ねた。
「覗くなよ!」ヘメルは笑って釘を刺し、大扉を閉めた。
柑々はすでにニフェトのベッドへ腰掛け、待っていた。
ヘメルは遠慮なく装備を外し始めると、あの極薄の白い布を取り出して腰に巻きつけ、ゆっくりと柑々の前へ立った。
「始めよう……」ヘメルは言った。
柑々はわずかにためらった末、ついに跪いた……。
…
競技場の貴賓席――
「イミ……まさか、あなた?!」ルースによってクトゥルフの闘技場から救い出された赤髪の女、イミと副長が扇情的な透けた服を着ているのを見て、最悪の事態を想像した。
「エリア! どうして捕まったの?」イミは興奮して尋ねた。
「自分がどんな格好をしているか分かってるの?! 恥ずかしくないの?!」エリアはイミ以上に激怒し、彼女の透けた服を指差した。
「エリア、落ち着いて」美保はすぐに彼女を引き止めた。
ルースは翻訳を通して少女たちが言い争っている内容を理解し、眉をひそめた。
「お嬢さん……私にも一言――」
「この色魔、斬り殺してやる!!」エリアは刀を抜いて突進し、刀でルースの体を貫いた。
「ルース総統!!」
衛兵たちが扉を破って飛び込み、エリアを壁へ叩きつけた。今にも彼女を殺そうとした、そのとき――
「神護の盾!」
なんと、ルースがエリアを守った。
「出ていけ。私の命令なしに、誰も入ってくるな」さらに衛兵たちへ退室を命じた。
ルースは体に刺さった刀を引き抜き、二度ほど軽く咳き込んだだけだった。ほとんど傷を負っていない。
少女たちは目を見開き、怯えて身を寄せ合った。
「お嬢さん、私は友人としてイミさんに手を貸し、あなたを救っただけです。私自身も困った立場に置かれているのですよ」ルースはイミを擁護した。
「あなた……イミから散々いい思いをさせてもらっておきながら、よくそんな他人事みたいに言えるわね。ふざけないで!」エリアは怒鳴った。
「ルースさんは……今回の件では、私たちに指一本触れていません」女副長が眉をひそめて言った。
「そんなはず……こいつは――」エリアは信じようとしなかった。
「私を見下してるの?!」イミが怒鳴った。
ルースは気を利かせて後ろへ下がった。女同士の喧嘩は、男同士よりも凄まじいと知っていたからだ。
「どうして……どうしてなの?! 私たちはあなたのために危険を冒して狩りへ出て、自分たちの力で生きようとしてるのよ! あなたがこんな姿になるところなんて、見たくなかった!」エリアは泣きながら、悔しそうに大量の野ウサギの肉を放り出した。
「あなたにギルドのみんなの安全を守れる? ルースにはできる。
あなたにギルドのみんなを養える? ルースにはできる。
あなたに軍を動かして銀龍の刻印を倒せる?! ルースにはできる!
それに……白い布越しのことだし、ここは仮想世界なんだから……私は、別に問題ないと思ってる……」それでもイミは、最後まで胸を張って言い切ることができなかった。
「でも、感じるものは本物でしょう! よくもこんな脂肪の塊みたいな男と、あんなことができるわね?!」エリアは怒鳴った。
ルースは腹立たしそうに口をへの字に曲げたが、止めには入らなかった。
「エリア……あなたもいつも、聖園の男の幹部たちといちゃついていたでしょう……」女副長が言った。
「そ、それは……あんなことまでは――」エリアはすぐに言葉に詰まり、しどろもどろになった。
「彼らから装備をたくさんもらっていたこと、知ってるから」女副長は言った。
「エリア、私は自分の体を使って、みんなを守る力を手に入れた。あなたに口出しされたり、束縛されたりする筋合いはない」イミは眉をひそめた。
「どうかしてる!」反論できなくなったエリアは、力のない怒声を上げた。
「実のところ、私はただ他サーバーの女性と知り合い、異国情緒を味わいたいだけなのです。脅しであれ、利益で釣った場合であれ、最終的には双方が同意している。教えておきましょう……生理的な異常と緊急ログアウトを除き、新世界で手に入るあの白布を介した行為に限り、成人向け行為を制限する保護機能は無効になります。だからこそ我々第四帝国は、新世界での評判を守るため、これほど厳格な軍法を定めているのです」ルースは言った。
「成人向け行為を制限する保護機能が……無効になるの?!」少女たちは驚愕した。
「それに、私はイミさんを代理指導者に昇格させようと考えています。君たちはプラムスを手に入れ、このサーバーの者たちを率いて再建に取り組むのです。そうなれば、銀色や金色の竜紋も敵ではないでしょう」ルースは笑った。
「待て! それは許されない――」扉の外から激しい言い争いが聞こえてきた。
ドォン!!
大扉が爆発で吹き飛び、一人の衛兵が盾ごと部屋の奥まで吹き飛ばされた。
笑顔の道化師が扉の前に静かに立ち、仮面の下から冷酷な目でルースの姿を捜していた。
「お前は……私の対戦相手を転送した」クトゥルフは冷たく言った。
「話を聞いてくれ、クトゥルフ――」ルースは困り果てたように言った。
ドォン!!!
クトゥルフは問答無用で大槌を振り抜いた。ルースは瞬時に装備を大法衣に切り替え、聖金の十字架で攻撃を受け止めた。
わずか二秒でルースのバフ表示が爆発的に増え、HPバーよりも長くなりそうなほど積み重なった。部屋の中は突然、熱気に包まれた。
「法を司る者が、自ら法を破るとはな」クトゥルフは冷静に言った。
「このサーバーでは……私こそが法だ! 第四帝国に逆らうつもりか、クトゥルフ」ルースの腕力が急激に増し、ゆっくりとクトゥルフを押し返していく。
十字架と大槌は激しくせめぎ合った。
「彼女たちの命は……私のものだ」クトゥルフはエリアと美保を見つめて言った。
「そもそも彼女たちは、お前のダンジョンへ入るべきではなかった。この件は改めて審理する必要がある」ルースは反論した。しかし、すでにバフの効果時間が切れ、クトゥルフの凄まじい腕力が津波のように押し寄せてきた。
「私のダンジョンでは――私こそが法だ」クトゥルフの両目が黒く染まり、仮面でも覆い隠せないほどの殺気を放った。
「いい加減にしろ!!」ルースは怒鳴り、神掌でクトゥルフを吹き飛ばした。
「いずれにせよ、この二人の少女はすでに私が審理を引き受けた。埋め合わせはする。明日、私が――」
シュン!!
クトゥルフは疾風のように駆け、瞬く間に部屋の奥へ到達すると、片手で衛兵の頭を握り潰した。
四人の少女は怯えて抱き合い、子猫のように部屋の隅で身を縮めて震えた。
クトゥルフは彼女たちを冷たい目でじっと見つめてから、ゆっくりとルースへ歩み寄った。
「お前は……まだ私に一人分の借りがある」クトゥルフは衛兵の血をルースの体に塗りつけ、ゆっくりと部屋を出ていった。
「ほら……私がどれほど苦しい立場にいるか、分かってくれたでしょう?」ルースは苦笑した。
…
翌日、プラムスの塔――
「代理指導者に就任したあとは、君が領主となり、私は保安長として裏方に回ります。ただし、ドイツ語を話すNPCを配置するなど、我々の規則に従って初心者たちを管理しなければなりません。従わなければ、君を交代させます」ルースはイミに代理指導者の職務を説明し始めた。
そのとき、上級の翼騎兵が二人、突然大広間へ駆け込んできた。
「何事だ?」ルースは眉をひそめて尋ねた。
「ヘメルが殺されました」翼騎兵隊長は険しい顔で報告した。
「いつ、どこでだ?」ルースは驚いて尋ねた。
「今朝、ハゲグの領主の部屋です」翼騎兵隊長は答えた。
「犯人は捕らえたのか?」ルースは怒鳴った。
翼騎兵隊長はうなずき、大広間を出ていった。しばらくすると、服の乱れた美女を自ら抱きかかえ、大広間へ戻ってきた。
その少女を見た瞬間、ルースはたちまち目の色を変えた。巨体を揺らしながら駆け寄り、慌てて尋ねる。
「美人さん、怪我はありませんか?!」
「わ、私……私……うわああん!!!」美女は突然ルースの胸へ飛び込み、溶けゆく初雪のように儚く泣き崩れた。その姿に、ルースの胸は締めつけられた。
「ヘメルは……彼女を襲おうとしたようです」翼騎兵隊長は唾を呑み込んで言った。
ルースと翼騎兵隊長は、豊満な胸元を半ば露わにした痛々しい美女を揃って見つめた。二人の胸にも、よこしまな欲望が。
「目撃者は?」ルースは尋ねた。
「衛兵たちの話では、女性の悲鳴と助けを求める声が聞こえ、扉を開けると、裸のヘメルがこの女性を壁際へ押さえつけ、白い布越しに無理やり……その直後、部屋で激しい爆発が起きたそうです。おそらく彼女が鏡体を自爆させ、装備を外していたヘメルを一撃で倒したのでしょう」翼騎兵隊長は答えた。
「ヘメルの奴め!」ルースは即座にヘメルを有罪と断定し、美女の体に法衣をかけた。
「お嬢さん、お名前は?」ルースは尋ねた。
「か、柑々……」柑々は雨に濡れた花のようにうつむき、瞳から涙をこぼした。
「教えてください。奴に傷つけられましたか?」ルースは慌てて尋ねた。
「いいえ……もう少しで、あの人に……だから私……私、仕方なく……ごめんなさい。殺さないで……私の仲間たちにも、何もしないで!」柑々はルースの腕にすがりつき、泣き叫んだ。
「泣かないでください! 殺しません、誰も殺しませんから! まずは聖室へ連れていき、治療しましょう」ルースは慌てて柑々の涙を拭い、翼騎兵隊長と二人で彼女の両脇を支え、立ち去ろうとした。
「柑々?!」イミは驚きの声を上げた。
「イミさん、少し待っていてください。すぐに戻ります」柑々が現れてからというもの、ルースはイミに見向きもしなかった。
「でも、就任書類に署名しろって言ったのはあなたでしょう!」イミは怒鳴った。
「今はそれどころじゃないんですよ!」ルースは苛立たしげに言った。
重傷を負った柑々はこっそりと目を開け、勝ち誇るような冷ややかな笑みをイミへ向けた。そして女王のようにルースたちに大事そうに支えられながら、大広間をあとにした。
「柑々!!!」イミはルースの机に置かれていた書類を片手で引き裂き、怒鳴った。
これは男には加われない戦いだ……




