370 使命を託された伝令兵
Kanatheonの秘密地下洞窟――
「なるほど……奴らはグズの城の外に軍営を築いている。だから二分以内にこちらのサーバーへ乗り込めるわけだ。敵が奴らのサーバーへ侵入すれば、すぐに最精鋭の防衛部隊とぶつかる。しかも、悪意ある仕様も発動しない」古志は、カミコが印刷したドイツ本国サーバーの地図を手に調べていた。
「この情報は戦況の役に立ちますか?」ニフェトが真剣な表情で尋ねた。
「今すぐ戦況を覆せる情報ではない。相手が短時間で兵力を集結させ、こちらへ送り込めると確認できただけだ」古志はグズの城にあるドイツ人プレイヤーの軍営をじっと見つめ、考え込んだ。
「なら、こちらから反攻に出る場合は、真っ先に転送門を破壊しなければならない……」ニフェトが静かに言った。
「反攻? 大人しく生き延びようよ」セランがすかさずツッコミを入れた。
「無理に反攻するつもりはない。ギルドに有利な方法なら、何でも検討する」ニフェトは真剣に答えた。
「本題に戻ろう――どうやって本サーバーのほかのギルドと連絡を取る? さらに北の山岳地帯で聖なる園の見張りと一度会い、彼からソフィアたち50人がと聞いた。だが、その見張りは二日前から姿を見せなくなった。追い払われたのかもしれない」古志は言った。
「銀龍の刻印は? 連絡がつけば、ドイツ人プレイヤーを挟撃できるよ」松美が提案した。
「彼らは……信用できるのか?」ニフェトが冷ややかに言った。
「どういう意味? 銀龍の刻印はずっと信用できたじゃないか?」セランが尋ねた。
「あの夜、彼らがハゲグの防衛に駆けつけ、百賢団を門の外に足止めしていれば、リオはドイツ軍を一気に殲滅できた。だが彼らは相互防衛の盟約を破り……私たちを見捨てた……」ニフェトは拳を固く握り締めた。
「誰か俺を呼んだか?」リオがゴーグルを上げ、実験室から地下洞窟へ入ってきた。
「野次馬はあっち行け!」セランが乱暴に追い払うと、リオは口を尖らせて立ち去った。
「でも、今は状況が違うよ。彼らもドイツ人プレイヤーに指名手配されているんだから、今は同じ敵に追われているんだよ?」松美は納得せず、問い返した。
「間違っています、松美。あなたの仮説は、銀龍の刻印が信用できることを前提にしています。ですが、もし信用できない相手なら、Kanatheonの情報を売り、自分たちに有利な条件を引き出すかもしれません」カミコが冷ややかに言った。
「アンドリアが私たちを裏切るなんて、信じられない」松美は強く首を振って否定した。
「ああ、私も以前はそう思っていた」ニフェトは怒りを押し殺して言った。
「感情を抜きにして言えば、ニフェトの考えに賛成だ。あらゆる危険を想定するのはギルマスの責任だからな。今すぐやるべきなのは、本サーバーのギルド間の連絡網を立て直すことだ。影の旅団はハゲグの南、俺たちと聖なる園はハゲグの北、銀龍の刻印はプラムス周辺にいる。松美、頼めるか? まずソフィアたちの一団を見つけ、ドイツ軍に降伏していないことを確認してから情報を交換しろ。その後は南下し、火野良と連絡を取れ。目立たないように行動し、ドイツ人プレイヤーが撤退するまで待つという安全策を優先するんだ」古志は眉をひそめて言った。
「でも、周りでは大勢のドイツ人プレイヤーがレベル上げをしている……巡回隊に出くわしたら危険だよ……」松美は怯えた様子で言った。
「護心石の所持状況を確認しよう……今はセラン、桐司、パシュスが持っていない」古志は言った。
「心配するな。今の俺は大門を守っているだけだから、必要ない」パシュスは自信たっぷりに言った。
「私が一緒に行きます」カミコは微笑んだ。
「だめだ。お前は拠点の近くに残る必要がある! 幻術師だけでも貴重なのに、ましてお前は戦闘以外での価値のほうが遥かに大きいんだぞ、カミコ!」古志は焦って言った。
「私の……価値、ですか?」カミコは首を傾げた。
「松美なんて死んでも惜しくないし、頭も悪い。ギルドに何の貢献もしていない、ただの戦闘要員だ。ここまで率直に言えば分かるか?」セランは嘲笑った。
「あなたは……松太を侮辱しているんですか?」カミコはゆっくりとセランを睨みつけた。まるで命のないものを見るような冷えきった眼差しに、セランは背筋が凍り、それ以上何も言えなくなった。
「言い方は最低だが、カミコを拠点から離せないという点だけは事実だ」古志は取り繕うように笑った。
「ほかに三人ほど同行させるのはどうだ?」ニフェトが提案した。
「だめだ……移動力の低い聖職者系と魔法使い系を除けば、もともと人数が少ない。そのうえ、五キロの警戒範囲も維持しなければならない」古志は眉をひそめた。
「カミコ、松美ともう一人を任務に出した場合、警戒圏はどこまで縮小する?」ニフェトが尋ねた。
「現在は弓系と戦士系のプレイヤー20名で、半径4991・8メートルの有効警戒圏を維持しています。各プレイヤーの能力とレベルを基準に順位づけし、中央値に当たる二人を抜いた場合、有効警戒圏は4387・7メートルまで縮小します」カミコは答えた。
「600メートルも狭まるのか。まずいぞ、ニフェト」古志は不安そうに言った。
「だが、松美が任務に失敗するのも同じくらいまずい。それに、私たちはほかのプレイヤーと連絡を取らなければならないのだろう? これは私たちにとって好機だ!」ニフェトは力強く言った。
「パシュスはすでに何日も続けて、一人で門を守っています。ドイツ人プレイヤーを三度おびき出して遠ざけ、そのうち一度は、相手を倒しています。それでも、警戒要員を減らすのが得策だと言い切れますか?」カミコが付け加えた。
「おい、カミコ! 言いふらすなって言っただろ!!」パシュスは慌てて言った。
「これでも十分、目立たないようにしているつもりですが?」カミコは首を傾げた。実際、部屋の中には数えるほどしか人がいなかった。
「本当に大丈夫なのか? パシュス……」古志は確信が持てない様子で尋ねた。
「できる限りやってみるさ」パシュスはニフェトに笑いかけた。
「なら……もう一人出そう……萌僧、松美に同行しろ。目的は、ほかのギルドと連絡をつけることだ!」ニフェトはそう決断した。
…
地下洞窟の入口――
「松太、簡単に火をつけてはいけませんよ。夜はとても目立ちますから」出発を前に、カミコは松美に寄り添い、名残惜しそうに囁いていた。
「今になって、やっと俺の存在を思い出したのかよ………」萌僧が不満を漏らした。
「脇役の宿命なんだから仕方ないでしょ? 行こう。セリフがあるだけでもありがたいと思ってよ」松美は意地悪そうに笑った。二人は黒い影となって姿を消し、ほかのギルドを探しに出発した。
…
夜の帳が下り、Kanatheonに残った者たちの多くは眠りについていた。
古志はログアウトする勇気がなく、地下洞窟の中でうたた寝していた。一方、リオは溶接機を手に取り、武器の開発を続けていた。
パシュスは一人で洞窟の入口に座り、星空を見上げていた。
「悪くないな………」過去を振り返りながら、満足げに笑った。
「何が悪くないんだ?」ニフェトが鉄の扉を開けて地下洞窟から出てくると、笑いながら尋ねた。
「早く中へ戻れ!」パシュスは焦って言った。
「少しだけ、一緒にいさせて……」ニフェトは腰を下ろし、そっとパシュスの肩に寄り添った。
「なんだか……初心者だった頃に戻ったみたいだ。みんなで力を合わせて、問題を乗り越えていた頃にな。怖い状況ではあるけど、今のほうが、ずっと俺たちの居場所らしく感じる」パシュスは笑った。
「あの頃は、ボス一体を倒すために何日も攻略法を考えたり、ギルドの資金をみんなで少しずつ出し合ったりしていたな。忙しかったが、本当に充実していた!」ニフェトもうなずいた。
「はあ……城主になってギルドが大きくなってから、俺たちの関係はかえって疎遠になってしまった」パシュスは苦笑した。
「真子と六口弥生のことか?」
ニフェトが寂しそうに尋ねると、パシュスは黙ってうなずいた。
「特にロシアサーバーへ来てから……ギルド内の意見が割れ始めた。改めて分かったよ。六口がどれほど頼もしいか、松美がどれほど面白いか、カミコがどれほど恐ろしいか」
「私は?」ニフェトが口を尖らせ、いたずらっぽく尋ねた。
「お前が……どれほど大切か!」パシュスは笑い、ニフェトの鼻を軽くつまんだ。
「くさい台詞だな……はははっ」ニフェトは声を上げて笑った。
二人は満天の星に包まれながら、まるで長年連れ添った恋人同士のように寄り添い、親しげに囁き合った。
「はあ……昔のことは、もう懐かしむことしかできないんだな」創設メンバー五人のうち、残っているのは三人だけだと思うと、パシュスは胸の奥が締めつけられた。
そのとき、桃色の髪をした少女が突然、二人の前に現れた。パシュスたちは驚き、すぐさま武器を抜いた。
「落ち着いて。私はGM03です」少女は眉をひそめて言った。
「GM……ドイツ人プレイヤーをサーバーから追放してくれるのか?!」パシュスが興奮して尋ねると、GM03は盛大に白目をむいた。
「そんなわけないでしょう……」彼女は力なく答えた。
「では、私たちに何の用だ?」ニフェトが尋ねた。
「プレイヤーの真子についてです。調べたところ、あなたと松美は彼女の友人だそうですね?」GM03が尋ねた。
パシュスはうなずいた。
「松美は今、移動中なので邪魔をしたくありません。ですが、あなたには時間がありますか? いくつか聞きたいことがあります」GM03は真剣な表情で言った。
「も……もちろんだ。真子に何かあったのか?」パシュスもニフェトも、不安そうな表情を浮かべた。
「あなたは現実で真子に会ったことがありますか? 彼女の様子はどうでしたか?」GM03が尋ねた。
「真子なら一昨日、松美とカミコと昼飯を食べたばかりだ。何も問題はなかったぞ」パシュスは眉をひそめて答えた。
「彼女は気分が落ち込んだり、緊張したりしていませんでしたか?」GM03がさらに尋ねた。
「とても親しかった友人が一人、海外へ移住してしまったんだ。それが影響している可能性はないか?」ニフェトが推測した。
「移住……」GM03は難しい顔を浮かべた。
「以前の彼女は、いつも気持ちがすぐ顔に出る、無邪気で明るい人だった。だが、立て続けに事件が起きてから、以前のような熱意を失ってしまった」パシュスは心配そうに言った。
「そうですか……」GM03は頭をかきながら、目を細めた。
「彼女は私たちにとって大切な友人だ。何が起きているのか、教えてもらえないか?」ニフェトが冷静に尋ねた。
「本来なら明かせません。ただ、安全に関わる可能性があるため、必要な範囲だけお伝えします。彼女は……今もレベル上げをしていますが、精神状態を示すデータに少し問題があります……」GM03は眉をひそめた。
「ひどく怒ったり、悲しんだりしているのか……」パシュスは沈んだ表情で尋ねた。
GM03は視線をそらし、一度深く息を吸った。
「いいえ……むしろ、止まった心電図のように、まったく起伏がありません。本人に何度か呼びかけましたが、返答もありませんでした。ただし、生命維持に関わる数値に異常はありません。プレイヤーのアンドリューが彼女と接触して以来、私たちはその変化を注意深く観察してきました。荒道一狼と訓練した後は、一時的に正常値へ戻りました。ですが、六口弥生と協力するようになってから再び不安定になり、最近では感情の起伏そのものが消えています。どうか、あなたたちも彼女の様子に気を配ってください」
「彼女はどこにいるんだ? 現実では、ゲームのことを一切話そうとしない」パシュスが問い詰めた。
「プレイヤーの権利を守るため、彼女の情報を明かすことはできません。現実のほうで、もっと気にかけてあげてください。それでは」GM03は手を振り、姿を消した。
「六口弥生と協力しているのか……?」パシュスは呟いた。彼もニフェトも、そのことをまったく知らなかった。
…
六口弥生がNPCを監禁している謎の地下牢――
「真子様……まだ、我々は動かないのですか?」
「苦しみは……人を成長させる。彼らには、まだ成長の余地がたくさんある……」
一寸先も見えないほど真っ暗な空間で、一対の深紅の悪魔の翼が真子を包み込み、逆さ十字架を手にした二人の審判官が、その両脇に黙って立っていた。
「まだ……成長しなければならない」真子は繰り返した。
…
真子が「成長」させようとしているのは、一体誰なのか?!




