368 危険と踊る少女
一行は鉄耳山脈の麓にある人目につかない洞窟へ戻った。松明一本で洞内全体を照らせるほどの狭い場所だ。
火野良の姿を目にした仲間たちは、すぐさま駆け寄って問い詰めた。
「どうして死人が出たんだよ?!」
「すまない……俺が――」雨間刻が落ち込んだ様子で名乗り出ようとした。
「俺が判断を誤った! すまなかった!」火野良がその言葉を遮った
火野良は仲間たちに頭を下げ、すべての責任を一人で背負った。
雨間刻が真相を話そうとしたが、ハクに引き止められた。
「これ以上、火野良に辛い思いをさせるな……」
「うわ……豚の脚を持って帰ってきたのか?! 木製武器で狩るなんて難しすぎるだろ」
洞窟内のメンバーが雨間刻の肩に担がれた豚の脚に気づき、驚きの声を上げた。
「今日はどれくらい食糧が集まった?」火野良は粗末な木椅子に腰を下ろして休んだ。
「果物と大量のジャガイモ、それにウサギ肉が少しだけ」柑々が隅から食糧の入った袋を抱えてきた。
「まだ足りないな……」火野良は四十人分ほどありそうな食糧を見つめながらも、満足しなかった。
「柑々、外に出たのか?!」雨間刻が緊張した様子で尋ねた。
「近くで木を伐っていただけよ」柑々は素っ気なく答えた。
「柑々……洞窟に残ってくれって頼んだだろ? 俺たちには幻像師がいない。お前は重要なんだ。それに……今のドイツ人プレイヤーの大統領はルスという男で、女に関して歪んだ趣味がある。十分に気をつけたほうがいい」火野良は心配そうに言った。
「そういう男の扱い方なら分かってる。心配しないで。私だって、あなたの食糧をただで食い潰すつもりはないわ」柑々は答えた。
「よっ!」
キティがメロと共に戻ってきた。メロはすぐさま口を大きく開け、食べ物にかぶりついた。
「銀龍の刻印かKanatheonとは連絡がついたか?」火野良が焦った様子で尋ねた。
「いいえ。鉄耳山脈の外では本サーバーのプレイヤーは見つからなかったわ。それどころか、ドイツ人プレイヤーがこの辺りでレベル上げをしてる」キティが答えた。
「おい! 誰がそんなに食っていいと言った?!」メンバーの一人がメロを突き飛ばした。
「もうやめてくれ……頼む……」火野良はすでに疲れ果て、声にも力がなかった。
「こいつ、一人で二人分の食糧を食ったんだぞ! ほかの奴らには分けなくていいのか?!」メンバーは怒鳴った。
「なら、お前は俺の分を食べろ。それでいいだろ?」火野良はどうにかその場を収めようとした。
「そんなの駄目だ! こいつにも狩りに行かせろ!」メンバーは納得できずに言い返した。
「俺たちが外で偵察するのは、危険な仕事じゃないのか?」メロは冷笑して問い返した。
「お前ら、いい加減にしろ!」
火野良は金色の大剣を抜いて怒鳴った。狭い洞窟に響き渡った。
「諦めたい奴は出ていけ。俺は引き止めない」火野良は冷静に言い放ち、大剣を収めた。
誰も答えようとせず、黙り込んだ。
「ドイツ人プレイヤーに本サーバーが陥落してから、一番よく耳にするのは、『こんな人間らしくもない生活を続けるくらいなら、もう諦めよう。ただのゲームなんだから……』って言葉だ」
「出ていきたいなら、さっさと出ていけ。ぐずぐず言うな。だが、よく思い出してみろ……ロシア軍の目を! 今にもこっちを道連れにしようとしていた、あの目を忘れたのか?! あいつらは内戦を何度も繰り返し、自分たちのサーバーの連中にこき使われた。それでも諦めたか?」
「ログアウトするたびに、俺は友人にゲームでの出来事を一つひとつ話した。そのたびに返ってきたのは、『ただのゲームだろ。そんなに本気になるなよ……』という言葉だった」
「あの時、影の旅団は敗れた……だが、俺は生き残った。いつかギルドにかつての栄光を取り戻す。その信念だけは捨てなかった。俺は一人でレベルを上げ続け、攻城戦にも、どのパーティーにも参加しなかった。そして、ようやく闘技場で勝ち抜き、ギルドを再建したんだ」
「どうして俺が鉄耳山脈を拠点に選んだか分かるか? ここは守りやすく攻めにくいうえ、資源も豊富だからだ。それは当時、俺とハク、それに数人のメンバーだけで考え出した戦略だ。お前たちはその恩恵を散々受けてきただろう。それが今ではドイツ人プレイヤーに占領されている。悔しくないのか?! 俺は悔しい!!」
「俺はギルドに残された財産を守るため、ドイツ人プレイヤーと協力することさえ受け入れた。俺の気持ちが……お前たちにはそんなに理解できないのか?」
火野良は声を詰まらせた。
「俺たちはずっと隠れて、ドイツ人プレイヤーがこのサーバーから出ていくのを待てばいいじゃないか……」そのメンバーは恥じ入った様子を見せながらも、まだ納得できずに言った。
「お前たち、祭壇のキーストーンに触れたことはないだろ?」ハクが突然尋ねた。
全員が首を横に振った。
「ギルマスの仕様も、あれと同じなんだ……」
「一定期間ログインしなければ、ゲーム進行が滞らないよう、システムがキーストーンを破壊する。ギルマスの座を解かれる。だから火野良は、ギルドの財産を守るために定期的にログインしなければならない。それに、アバターシステムを維持するには食糧が必要だ。食糧が尽きれば、アバターは自ら外へ狩りに出る。だからドイツ人プレイヤーは、俺たちに食糧を備蓄させないんだ」
「お前は火野良を見捨てて、一人でドイツ人プレイヤーと向き合わせるつもりなのか?」ハクは問い返した。
皆はたちまち言葉を失い、柑々の背後にある岩壁を黙って見つめた。
「この苦しい時期さえ乗り越えれば、少しずつ本サーバーを復興していける。こんな暗い日々を俺と一緒に耐えてくれとまでは言わない。ただ、俺の気持ちを分かってほしい……俺はお前たちのことを、本当に大切に思ってる……」
火野良は再び感極まり、涙を流した。
「なかなかいい演説じゃないか……」
ヘメルが三十人のドイツ人プレイヤーを引き連れて突然姿を現し、柑々はすぐさま鏡体で姿を隠した。
影の旅団の面々は驚愕し、すぐに身を寄せ合った。
「おや! 火野良ギルマス」
ヘメルは彼の涙を見るなり、ため息をついた。
「何の用だ……?」火野良は慌てて涙を拭い、眉をひそめて尋ねた。
「そう身構えないでくれ! 君たちに少しばかり贈り物を持ってきただけだ」
ヘメルが手を叩くと、ドイツ人プレイヤーたちは香ばしい匂いを漂わせるパンの籠を次々と地面に置いた。
「どうしてだ?」ハクが眉をひそめた。
「我々は友人だろう? 君たちがルス総統と協力するということは、第四帝国と協力するということだ。第四帝国は友人を粗末には扱わない」
「ルス総統は特例として、プラムスの建物の大半を残し、損壊した箇所を修復したうえ、農地まで開墾している。我々が撤退する時には、最も友好的な原住民ギルドを選び、別れの贈り物としてプラムスを任せるつもりだ」
「もう一度言っておくが、我々の目的はビスマルクとは違う。ただ利益を求めているだけだ。金の話なら、誰にでも通じる。拒む者などいない。そうだろう?」
ヘメルは親しげにパンの籠を一つ持ち上げ、火野良の肩を抱きながら笑いかけた。
火野良は黙って頷き、パンを受け取った。
「では、邪魔をして悪かったね。また会おう」
そう言いながらも、ヘメルの目だけは鋭く洞窟の隅々を探っていた。
彼が立ち去ろうとした、その時――
「待て……」
ヘメルが振り返り、洞窟の奥にある岩壁を凝視した。
火野良、ハク、雨間刻の額から一斉に汗が噴き出す。
「前に来た時は……この壁、もう少し奥にあった気がするな」
ヘメルの表情が険しくなると、ドイツ人プレイヤーたちは即座に武器を抜き、洞窟内のプレイヤーたちへ向けた。
皆、粗末な麻布の服しか身につけていない。初歩の火炎魔法ひとつだけでも焼き殺されてしまう。
「き……気のせいじゃないか?」ハクは苦笑した。
「全員、左側の壁に寄れ。三秒だ」ヘメルは岩壁を指さし、何げなく命じた。
皆は叱られた子供のように壁際へ寄った。だが、火野良はいつでも大剣を抜けるよう身構えていた。
もしヘメルに「彼ら」の存在を知られれば、今夜、影の旅団は壊滅する!
ヘメルはゆっくりと岩壁へ歩み寄り、手を伸ばした。その瞬間、岩壁が砕け散り、険しい表情を浮かべた柑々がヘメルの前に姿を現した。
ドイツ人プレイヤーたちは皆、柑々の美しさに息を呑んだ。天から遣わされた天使に違いないと、誰もが確信するほどだった。
「アフロディーテをも凌ぐ美しさだ……」
ヘメルは柑々に見惚れ、柑々の頬に触れようと手を伸ばした。
雨間刻は即座に魂喰を抜き、柑々の前へ飛び出した。
「指一本、触れさせるものか」
雨間刻が再び武器を抜いたのを見て、火野良はもう後戻りできないと悟った!
キンキンキンキンキンッ!!!
影の旅団の全員が武器を抜き、ドイツ人プレイヤーたちも即座にヘメルのもとへ駆け寄った。
「こんな美人をここに隠していたのか……彼女は見たことがないな。君のギルドのメンバーか?」
ヘメルはすぐに影の旅団のメンバーリストを確認したが、柑々の名前は見つからなかった。
「おや……どうやら君のギルドのメンバーではないようだ。なら、私が連れていっても構わないね?」ヘメルはいやらしい笑みを浮かべて尋ねた。
「No」
火野良は二振りの大剣を抜き、洞窟の入口を塞いだ。
「すまない、聞き間違いかな? No?」ヘメルは眉をひそめて聞き返した。
「No」
ヘメルは周囲を見渡した。この狭い空間では火野良たちのほうが有利だと見抜き、ひとまず退くことにした。
「分かった、分かった。落ち着きたまえ。私は別に異議などない! これほど美しいものをそばに置いておけるなら、君がこのゲームにそこまで入れ込むのも無理はない。さあ! 皆、武器を収めろ」
このドイツ人プレイヤーたちを殺せば、自分たちは明日まで生き延びられない。そう分かっていた火野良は、黙って大剣を下ろした。
「火野良ギルマス、美人に免じて今日のことは不問にしよう。だが、次に君が武器を抜くところを見たら……どうなるかは分かっているね」
立ち去る間際、ヘメルはそう警告した。
「分かった」
…
ドイツ人プレイヤーたちは黙って立ち去った。
「ヘメル様、このまま彼らを見逃すのですか?」士官の一人が尋ねた。
「いや……奴らが剣を抜いたということは、我々を殺せる自信があったということだ。油断するな……」
ヘメルは足早に引き揚げていった。
...
「奴に触られなかったか?!」雨間刻が慌てて尋ねた。
トントン――
突然、柑々が背後に現れ、心底呆れたような目で雨間刻を睨んだ。
先ほどの柑々はただの鏡体で、本体は隠れていたのだ。
雨間刻は鏡体一つのために、影の旅団を全滅させかけた――だが、後悔はしていなかった。
「俺が悪かった。すまない。だが、俺は柑々のためなら何だってする」
雨間刻はほかのメンバーたちに向き直り、真剣に謝罪した。
柑々は何も答えず、傍らに腰を下ろした。
「全員、外へ出て見張りにつけ。キティ、メロ、ハク、雨間刻、柑々は残れ」
火野良が命じると、ほかのメンバーたちは人目を避けるため、次々と洞窟を出ていった。
火野良が目配せすると、柑々はすぐに洞窟の入口を塞いだ。
「遅かれ早かれ、皆にも知られるぞ……」ハクが眉をひそめて言った。
「知る者は少ないほうがいい。俺たちを救ってくれてありがとう、柑々」火野良は頷いた。
「Kanatheonとは少し縁があるから……」
柑々が片手を横に払うと、奥にあった岩壁が消えた――加奈と一樹は、ずっと影の旅団の洞窟に隠れていたのだ!
二人はすぐさまテーブルに飛びつき、食べ物を貪るように口へ詰め込んだ。
「すまない。まだKanatheonの連中とは連絡がついていない」ハクは眉をひそめて言った。
「外の状況はそんなに悪いの?」加奈が眉をひそめて尋ねた。
「ほぼ全域がドイツ人プレイヤーに占領されてる。ハゲグの西側まで捜したけど、Kanatheonのメンバーは一人も見つからなかったわ」キティが答えた。
「俺たちの集合場所はハゲグの北側だ。皆、きっとそこに集まっている」
一樹はギルドのメンバーリストを開いた。
「影の旅団はハゲグ東部の沿岸地域まで護送できる。だが、そこから先はKanatheonの誰かに迎えに来てもらう必要がある」火野良が言った。
「ごめんなさい。それなら、もうしばらくお世話になるわ」加奈は眉をひそめて言った。
「私なら、ハゲグ北部の森まで送っていけるわ」キティが突然言った。
一同は驚いた。
「でも、道中ではドイツ人プレイヤーとの戦いを避けられない。だから、今回の旅は片道になる。二人を送り届けた後、私は影の旅団とはもう何の関係もなくなる。プラムス一帯に戻り、銀龍の刻印の残党を捜す」キティは真剣な表情で言った。
「三か月待たないのか?」メロが尋ねた。
「俺たちは待てても、Kanatheonは待てない」ハクは眉をひそめた。
Kanatheonがドイツ人プレイヤーに追われていることを、ハクは知っていた。だからこそ、火野良は手配中の二人を匿い、自らを危険に晒しているのだ。
「本当にドイツ人プレイヤーの巡回部隊をかわしきれるの?」加奈が眉をひそめて尋ねた。
「私とメロが戦えば……」キティは鎖鎌を抜き、笑った。
加奈と一樹は頷いた。
「分かった。お願いするわ」
「加奈……ニフェトに影の旅団の状況を伝えてくれ。もし抵抗作戦があるなら、俺たちも必ず協力する」火野良は最後に念を押した。
加奈と一樹は頷いた。
「柑々……お前も一緒に行くか?」ハクが尋ねた。
「どうして?」柑々は眉をひそめた。
「お前は見つかった。ここはもう安全じゃない」ハクは重々しく言った。
「安全な場所なんて、どこにあるの?」柑々は微笑んで断った。
柑々は入口に岩壁を模した鏡像を作り出し、四人が去っていくのを見送った。
「もう……十分逃げた……」
柑々は心の中で呟いた。
...
馬鹿な真似はするなよ……柑々……




