363 城破り
火力網は一瞬で崩壊した。生き残ったドイツ軍本隊は氷壁を解除して一斉に反撃し、瞬く間にもう一基の砲台を破壊した。最後の技師は一人では支えきれないと判断して脱出したが、空中でドイツのプレイヤーたちの砲撃を受け、肉片となって吹き飛んだ。
実戦慣れした古参ギルドKanatheonの者たちは戦いながら後退したが、ほかのPVEプレイヤーやカジュアル勢は状況も分からないままスキルを乱発し、先を争って攻撃したため、たちまち潰走させられた。
内郭にいるソフィアも、すべてに手が回らなくなっていた。どの路地でも戦闘が起きており、とても一人では対処しきれない。駆けつけるたびに、すでに味方が殺されているか、敵が倒されているかのどちらかで、彼女が力を発揮する余地はなかった。
大賢たちが市内へ入ると、均衡は一気に崩れた。彼らは市内各所に散開していたドイツ兵を再集結させ、破竹の勢いで湖畔まで攻め込んだ。
ドイツ軍の二部隊は再び合流し、なお100人以上が残っていた。一方、ハゲグ守備隊の兵力は250人まで激減していた。
策に溺れたのは守備隊のほうだった。今や逆に外郭の廃墟へ閉じ込められ、内郭の防衛へ戻れなくなっていた。
ニフェトは道中で敗残兵を集め、パシュスとともに北門から内湖要塞へ入った。一樹も内郭の援護に向かった。
侵入者を食い止めるものは、もはや内郭の城壁下にある堀しか残っていなかった。だが、守備隊の火力はすでに大幅に弱まっており、ドイツ軍はわずかな犠牲だけで堀を渡りきった。
「終わりだ……俺たちは、もう十分にやった……」
ニフェトはため息をついて首を振り、塔の頂上に掲げられたKanatheonの大旗を切り落とすよう命じた。
大旗は力なく、100メートル下の地面へ落ちていった。守備隊はニフェトの棄城の合図を見ると、すぐさま黒木の祭壇へ火を放ち、我先にとハゲグから逃げ出した。
【システムメッセージ:黒木の祭壇 破壊されました】
【警告:移動教会 発動
*ムー大陸に神恩を維持できる規模の教会が存在しないため、教皇を中心に「移動教会」が自動展開されます。
*護心石に魂を保護された戦死プレイヤーは、教皇の周囲を復活地点として選択できます。】
黒木の祭壇が破壊されたことで、教皇が持つ移動教会のパッシブ効果がついに発動した。数十人のプレイヤーが、護心石の効果によってソフィアの周囲で復活した。
「えっ?! 移動教会?!」ソフィアは驚いて声を上げた。
「早く俺たちを連れて逃げてくれ、教皇!!」
彼らはすぐさまソフィアに街から連れ出すよう求め、我先にと教皇のもとへ殺到した。
「分かった……みんな、私についてきて!」
ソフィアはハゲグがすでに陥落したと悟り、北へ撤退することを決めた。
内湖にあるKanatheon要塞の大門に、亀裂が入り始めた。
「これは……私のせいなのか……」ニフェトはしおれた花のように、力なくつぶやいた。
「これはギルド全員が背負う業だよ」
パシュスは微笑み、火のついた松明を差し出した。
ニフェトはもう一度ため息をつき、ギルド創設の日に5人のメンバーが金を出し合って買った熊皮の絨毯へ、自ら火を放った。炎は瞬く間にギルドタワー全体を呑み込み、ニフェトの両目から涙がとめどなくこぼれ落ちた。
パシュスは彼女の手を引き、敗残兵を連れて東門から脱出した。
城門が破られ、ドイツ軍が内郭へ突入した。
【システムメッセージ:ハゲグ Kanatheonのギルド礎石 破壊されました】
【システムメッセージ:王都 ハゲグ の支配権を失いました】
礎石の上空に浮かんでいた、双翼の魔法書を描いたギルド旗が光を失い、消滅した。
「ハゲグ市内を粛清しろ。見つけ次第、皆殺しだ」ビスマルクが命じた。
ドイツ軍は一瞬も無駄にせず、再び行動を開始した。
和也が城壁へ駆け上がると、ちょうど一樹が飛んできて廃墟へ降り立つのが見えた。
「返事をしろ、加奈!」一樹は取り乱して叫んだ。
大賢たちが市内へ入った際、加奈の部隊は真っ先に集中砲火を浴びた。
一樹はフレンド情報から、加奈がまだハゲグにいることまでは分かっていた。だが、彼女からの連絡は途絶えていた。
廃墟の中で突然、光が瞬いた。一樹はすぐさまそこへ降り立ったが、見つけたのは見知らぬ魔導士だった。
「助けてくれ……」魔導士は虫の息で訴えた。
「お前の隊長は誰だ?!」一樹が怒鳴った。
「知らない……緑の髪……ツインテール……」
「どこにいる?!」一樹はさらに問い詰めた。
「左へ……二つ先の通り……」魔導士は弱々しく答えた。
一樹は振り返りもせずに魔導士を置き去りにし、加奈を捜しに向かった。
「加奈!!!」
一樹はたった一人で瓦礫の中を捜し回った。もしドイツ軍に追いつかれたら……
「クズ……」
加奈のかすかな声が、足元にある木板の下から聞こえた。
一樹はありったけの力で加奈を助け出した。彼女の腹部に二本の木片が突き刺さり、魔法衣の半分が血に染まっていた。
「抱えていく……ほら!」
一樹が加奈を抱き上げると、彼女は激痛に眉をしかめた。傷口からたちまち出血状態が一気に悪化し、一樹は慌てて彼女を下ろした。
「先に行って……」加奈の呼吸は次第に荒くなっていった。
「そんなことできるか?! ソフィアのところまで飛んで連れていけばいいんだな?!」一樹は焦って尋ねた。
加奈は手を上げ、暗い路地の奥を指さした――そこには五輪杖を構えた和也が立っていた。
「見つけたぞ……敵だ……」和也は身振りを交えながら笑った。
一樹が反撃しようとすると、和也は大袖を翻し、巨大な氷壁を召喚して二人を閉じ込めた。
「貴様――」
一樹が怒鳴ろうとした瞬間、加奈がその口を押さえた。
ちょうどそのとき、ドイツ兵の一隊が路地を通りかかった。
「和也大佐、先ほどこの辺りで叫び声が聞こえました。敵を見つけましたか?」ドイツ兵が尋ねた。
和也は肩をすくめるだけで、何も答えなかった。
ドイツ兵は不思議そうに氷壁へ近づいていった。
「北のほうだった気がする」
和也が反対方向を指すと、ドイツ兵たちはすぐさま立ち去った。
一樹と加奈は息を殺したまま、声一つ上げなかった。ドイツ兵たちが去ると、和也は氷壁を解除して二人へ駆け寄り、すぐに包帯と止血スプレーを差し出した。
一樹は驚きながら救急用品を受け取り、呆然と和也を見つめた。
「海辺で休んでいろと言っただろう、この馬鹿が」和也は加奈を睨んだ。
「また会ったら……敵だって言ったじゃない……」加奈は痛みに顔を歪めながら言った。
「そんな意味じゃない……」
和也は鼻で笑うと、一樹と力を合わせて加奈を立ち上がらせた。
「ドイツの魔導士は伝言鳥さえ正確に撃ち抜ける。今は全力で敵を捜しているから、お前は格好の的になるぞ。南門へ行って隠れていろ。俺たちは一時間後にここを離れる。ハゲグから逃げ出すのはそのときにしろ。合言葉は『氷と火』だ。加奈なら、ドイツ語でどう言うか分かる。傷口を押さえ続ければ、出血の持続時間を短縮できる」
和也は二人を連れ、大通りを横切った。
「昨夜、竜尾湾で……俺たちを殺そうとしただろ?」一樹が驚いて尋ねた。
「呼んでもいないのに勝手についてきておいて、よくそんなことが言えるな? 俺は最初から加奈を殺すつもりなんかなかった」
和也は眉をひそめ、周囲にドイツ兵がいないことを確認すると足を止めた。
「さっさと行け。俺は戻って報告しないといけない」
和也は鼻で笑い、煙の立ち込める大通りへと姿を消した。
「待って……」
加奈が突然呼び止めると、和也と一樹は足を止めた。
「ありがとう……お兄ちゃん」加奈は不本意そうに言った。
それを聞いた和也は苦笑して首を振り、ゆっくりと手を振って立ち去った。
「次に会うときは、俺たちは敵同士だ……」




