361 ハゲグ死守戦
ドイツ軍がハゲグへ迫り、Kanatheonは盟友・銀龍の刻印へ救援を求めた。だが、度重なる敗戦で彼らもまた、滅亡寸前まで追い詰められていた……
連日の戦いと逃亡で、本サーバーのプレイヤーたちは休む間もなく駆け回っていた。ようやく土曜日になっても、アンドリアはログアウトすることすらできず、プラムスのギルドホールにあるソファでうたた寝するのが精いっぱいだった。
廊下から慌ただしい足音が響き、血相を変えた前哨基地の指揮官がホールへ飛び込んできた。
両目の下に墨を塗ったような濃い隈をぶら下げたシモンは、人差し指を立てて静かにするよう促した。
「アンドリアは、やっと眠ったところなんだ……」
「ドイツ軍がハゲグに現れました! Kanatheonから救援要請です!」前哨基地の指揮官はシモンのもとへ駆け寄り、焦った声で告げた。
「ドイツ軍が現れたぞ!!!!!」シモンはたちまち咆哮し、残っていた気力を一瞬で使い果たすと、その場に倒れて気を失った。
ぐっすり眠っていた幹部たちは飛び起き、アンドリアに至ってはソファから転げ落ちた。
「全員、私に続け! 正門を死守する!」
アンドリアは腰の剣を抜き放ち、そのままホールを飛び出そうとした。
「アンドリア様……ドイツ軍がいるのはハゲグです」前哨基地の指揮官は落ち着いた声で告げた。
「ああ……ハゲグか……」アンドリアは目をこすりながら、剣を鞘に戻そうとした。
「ハゲグ!?」
ようやく完全に目を覚ましたアンドリアは、机へ駆け寄って地図を確認した。
「ドイツ軍は250人ほどいるようです。Kanatheonには守備側のプレイヤーが700人しかいません。しかも今は早朝ですから、実際に動いているプレイヤーは500人にも満たないかもしれません」
前哨基地の指揮官は早口で付け加えた。
「なら、私たちは――」
アンドリアはすぐさま、オンライン中のギルドメンバー一覧を確認した。
「アンドリア……」由里が冷ややかに呼びかけた。
「まず五分で招集をかけて、それから――」
アンドリアは聞こえないふりをしたまま、独り言のように続けた。
「アンドリア……私たちでは勝てない」
由里は容赦なく現実を突きつけた。
ほかの幹部たちはうつむいたまま何も言わず、由里の言葉を否定できずにいた。
「Kanatheonが落ちれば、プラムスだって――」
アンドリアは納得できずに食い下がった。
「プラムスも落ちる。その通り。だから私たちは昨夜、夜通しでギルド倉庫を空にして、物資をいくつもの場所に分けて隠した。今ここで出撃して全滅すれば、銀龍の刻印は終わりだ」
由里のアンドリアは返す言葉を失った。
「盟友を見捨てて、このゲームを続ける意味なんてあるの?」
アンドリアは感情を押さえきれずに問い返した。
「アンドリア。あなたは銀龍の刻印のギルマスよ。命令するなら、私たちは従って出撃する……でも、その後どうなるかまでは、私たちにもわからない」
由里は突き放すように言った。
「アンドリア……数十ものギルドを集めても、ドイツ軍には勝てなかった。今や戦力も大きく削られている。これでどう戦えというんだ? 前に言っていただろう……私たち銀龍の刻印は……理念のために戦うんだって……」
意識を取り戻したシモンが、弱々しい声で言った。
「僭越ながら、ドイツ軍がKanatheonの攻略にかかりきりになっている今こそ、ギルドに残った物資を隠し場所へ運ぶべきです。同時に新たな防御陣地を築き、できるだけ多くの難民を受け入れ、長期抗戦に備えるべきかと」
イージは眼鏡を押し上げながら言った。
盟友への義理と、ギルドを守る責任。その両方を貫くことはできない。アンドリアは激しく葛藤しながら、地図を見つめた……
...
一刻の猶予もないハゲグ城では――
「外側の城壁を放棄することは、第一防衛線を捨てることに等しい。ドイツ軍が外郭を抜ければ、内湖要塞に到達する。砲台が四基ある。位置はここだ……」リオはハゲグ城の地図に、砲台の位置を示す印をつけた。
「砲台でドイツ軍を抑えられるか? 魔導士は氷の壁で物理攻撃を防ぐことしかできないはずだ」ニフェトが焦って尋ねた。
その場にいたプレイヤー全員が、籠城戦の望みをリオに託していた。
「可能だ。狙撃手と砲台は、どちらも魔導士より射程が長い。だが、奴らが同じ一点に攻撃を集中させれば、一基の砲台だけでは火力が足りず、攻勢を抑えきれない。そのまま城壁に登られてしまう」リオは険しい表情で答えた。
「間に合った!一樹と加奈がようやく駆けつけた。
「二人とも、どこに行ってたの?!」松美が怒鳴った。
加奈はたちまち顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむくと、つま先で地面を軽く蹴った。
「さっき和也が加奈を騙して呼び出したから、俺が追いかけて連れ戻しただけだ!」一樹が説明すると、加奈もすぐさまうなずいた。
「ニフェトは二人を制した! 一樹、すべての砲台を西側の外郭へ回せ。ドイツ軍が近づいたら内郭へ戻し、できるだけドイツのプレイヤーを削って、市街戦に持ち込む!」
ニフェトが大扉を押し開けると、ハゲグの守備隊はすでに円形広場で待っていた。
戸惑いに満ちた数百人の視線が、城主であるニフェトへ向けられた。
ニフェト自身も不安でたまらなかった。だが、城主とは、この瞬間のためにいるものだ!
「君たちを励まし、私たちは魔王に勝てると信じてもらいたい。
残念ながら、それはできない。私自身、この戦いがどちらの勝利に終わるのか分からない。だが、ハゲグが陥落すれば、本サーバーには魔王に抗える王都が一つも残らないことだけは分かっている。こちらの精鋭が大勢戦死した今、魔王はほかの王都も攻め落とすだろう。だが、仲間たち。二つだけは約束できる。
一つ、Kanatheonは最後の瞬間まで、このサーバーに残された唯一の希望を死守する。
二つ、Kanatheonの全員が部隊とともに前線へ向かう。私もだ。
できる限りのことをしよう、仲間たち」
ニフェトは全プレイヤーに、包み隠さず本心を明かした。
その言葉を聞くなり、一部のプレイヤーは逃げ出した。松美が止めようとしたが、ニフェトが制した。
「俺たちはニフェトについていくぞ!!!」
残ったプレイヤーたちは、ニフェトの覚悟に偽りがないと悟り、Kanatheonとともにハゲグを死守することを決めた。
「布陣を開始する!」ニフェトはうなずいた。
幹部たちは砲台を防衛の中核に据え、それぞれ小隊を率いて大通りや路地に潜伏した。
一樹はすべての砲台を外郭の西側へ移動させ、豪雨を降らせた。一帯の視界は灰色にかすみ、ザーザーという雨音が伏兵たちの物音をかき消して、敵の偵察を封じた。
雨粒が砲台の鉄の装甲を叩き、カンカンと音を立てる。砲台の太く長い砲身は、城外の砂漠へ静かに狙いを定めていた。
リオは水滴を眺めながら呼吸を整えた。
突然、水滴に映り込んだ何かが動いた!
ハゲグ西方に広がる砂漠で、星のような光が次々と瞬き始めた。
キン、キン、キン、キン、キン……
技師たちは一斉に角度を調整し、星の光へ狙いを定めながら、砲台に弾を装填した。
ドイツ軍が姿を現した瞬間、彼らの怒りを乗せた砲弾で木っ端微塵にするつもりだった。
突然、一筋の白い光が豪雨を貫き、静まり返ったハゲグを探るように照らした。
リオは内心ぎょっとした。
「奴らはまだ俺たちの射程に入っていない。この魔法の光は何なんだ?!」
白い光は特殊部隊のレーザーサイトさながらに、ハゲグをなめるように横切った。
まず最南端の砲台を照らし、そこからゆっくりと北へ移動していく。リオも白い光に照らされた瞬間、思わず頭を下げて身をかわした。
正体不明の光に守備隊は息を呑み、顔を上げたまま、それがハゲグを何度も往復して走査する様子を見つめていた。
ぐぅぅぅぅぅ……!!!!!
「いつまで照らしてやがる!!! 射程で勝負しようじゃねえか!!!」
最北端の砲台にいた技師は白い光の挑発に耐えきれず、発射レバーを引いた。
砲口が火を噴き、百発近い徹甲弾がドイツ軍のいる方角へ飛んでいく。それが攻城戦の幕開けとなった!
白い光は突如消え、それきり何の反応もなかった。
「撃ち方やめ! 弾を無駄にするな。奴らの射程は俺たちより短い。焦るな」リオは砲台の通信機を使い、ほかの技師たちへ呼びかけた。
「先手を取ろう! どうせ奴らは――」北側の技師が焦った声で言った。
「おい、狙われてるぞ!」
隣の砲台にいた技師が、北側の砲台に砲身よりも太い赤い光が当たっていることに気づいた。
「今すぐ陣地を放棄しろ!」リオが狂ったように叫んだ。
「待て、何か見える――」
遠方から、船の汽笛に似た重低音がヴォォォンと響き、赤い光が激しく明滅した。
次の瞬間、黒と白が絡み合う黒と白の奔流が豪雨を貫き、空に万雷のごとき轟音が炸裂した!
ドゴォォォォン!!!!!!!!!
視界一面の雨粒が強烈な音波によって砕け、水煙の幕となって降り注いだ。
【システムメッセージ:ギルドメンバー XX HP残り20%】
【システムメッセージ:ギルドメンバー XX HP残り0%】
リオは砲台上部のハッチを蹴り開けた。北側の砲台が丸ごと消え去り、灰すら残っていない光景を目にして息を呑んだ。
「ご……豪雨を解除しろ……一樹……」リオは震えながら言った。
「でも、向こうの視界が通ったら――」一樹はすでにリオの砲台の後ろへ隠れ、片目だけ覗かせていた。
「こっちはアウトレンジされてるんだ! このクソ雨は、奴らには何の影響もない!!」
リオは激昂しながら双眼鏡を持ち上げた。
豪雨が突如やみ、再び視界が開けた。
「リオ!!! 何か見えるか?!」下にいる守備隊が一斉に叫んだ。
「嘘だろ……」
リオは力なく双眼鏡を下ろし、砲手席にへたり込むと、呆けたように笑った。
ドイツ軍の陣中――
「第一射、命中」和也が報告した。
「第二射のチャージを開始。敵軍の動向を観察しろ」ビスマルクはいつもの厳格な口調で命じた。
ドイツのプレイヤーたちはいくつもの木製架台を組み上げていた――30人近い幻像師が城門ほどもある超大型の凸レンズを召喚し、その後方には100人近い源魔師が立っていた。
「終わりだ……俺たちとは次元が違う……」リオは首を横に振り、苦笑した。
「早く状況を教えてくれよ!!!!!!!」下にいる仲間たちは、次第にパニックへ陥っていった。
「嘘でしょ? 合成鏡体?」カミコは潜望鏡を召喚して確認した。普段は氷のように冷ややかで気位の高い彼女でさえ、目を見開いて言葉を失った。
「見せて!!!」ニフェトはカミコの前へ駆け寄って覗き込んだ。そこに映っていたのは、今まで見たこともない巨大な凸レンズだった。驚きのあまり足から力が抜け、濡れた泥の上にへたり込んだ。
「こ……こんなことが……できるの……カミコ………」
「理論上は可能よ。でも、三十人分の鏡体を一枚のレンズに組み上げるには、曲率も角度も寸分違わず合わせなければならない。湿度や風向きが変わるたびに補正も必要。一人でも判断を誤れば、鏡体全体が砕ける。あれは数え切れないほどの訓練と連携の成果よ……私たちの『遠距離・近接連携』とは次元が違う」カミコは眉をひそめた。
「そんな……」ドイツのプレイヤーたちが隠していた切り札を目の当たりにし、ニフェトは絶望に襲われた。
ハゲグ守備隊の士気は、ドイツのプレイヤーによる一撃で完全に打ち砕かれた。城中が静まり返った、そのとき――
ヴォォォォン!!!
「お前らなんかにビビってたまるか!!」
南側の技師は一樹に砲台を前へ押し出させた。ドイツ軍が射程に入った瞬間、砲身が火を噴いた。砲身が狂ったように咆哮し、弾丸が空を切り裂いてドイツ軍へ襲いかかる!
ドイツ軍は即座に幾重もの氷盾を召喚し、凸レンズを守った。高熱の徹甲弾が氷壁へ食い込み、穿たれたいくつもの穴から水飛沫が噴き出した。
「どうせ技師の運命はもう決まってるんだ。なら、派手に死なせてもらう!」南側の技師は奮い立ち、一樹に自分の砲台を前へ押し出させた。
徹甲弾はたちまち氷壁の奥深くまで食い込み、ドイツ軍は全力で防がざるを得なくなった。パーカーも前線へ出て、金色の防壁を召喚した。
「同感だ! 技師なんて苦労ばかりで報われないんだよ!!!」リオと、南側に残るもう一人の技師も奮い立ち、一樹に自分たちの砲台を最前線まで押し出させた。
三本の金色の弾道が走り、秒間千発近い弾丸が暴風雨となって敵軍へ襲いかかった。
長年、丹念に整備されてきた砲台は滑らかに稼働し、その発射速度はドイツ軍の予想を上回っていた。
氷壁にはいくつもの穴が開き、大量の弾頭が氷の内部にびっしりと食い込んでいた。
「最後の一隊、行け!」キャロルが命じ、残る50人の源魔師が氷壁の補強に加わった。
「ノルマンディー悪魔!!!!!!!!!!」
すべての砲台が同時に紫色の光を噴き上げた。弾幕はもはや密度の高い一本の一本の奔流となって敵陣へ殺到し、空薬莢がガラガラと滝のように砲台からこぼれ落ちていく。
氷盾に小さな穴が開き、そこから伸びた一本の赤い光が、リオが小さな亀をスプレーで描いた砲台へゆっくりと狙いを合わせた。
「リオ、危ない!!!!!!」二人の技師が叫んだ。
一樹がリオの砲台を動かそうとした瞬間、リオが怒鳴って止めた。
「やめろ!!! あと少しで奴らの氷盾を撃ち抜ける! お前は先に行け! 早く行け!!!」
リオは取り憑かれたように引き金を引き続け、一樹を追い払うように怒鳴った。
砕けた氷が飛び散り、リオの弾丸が氷壁の中央に深さ2メートルもの大穴を抉る。そして、ついに氷壁を撃ち抜いた!
「サンクチュアリ!」パーカーが突然怒鳴り、聖域の障壁を厚さ10メートル近くまで拡張して、次の弾幕を受け止めた。
まさにその瞬間、ドイツ軍は氷壁を解除し、千本近い黒雷と白いパルスを凸レンズへ向けた。
「リオ、逃げろおおお!!!」城中から悲鳴が上がった。
「第二射、放て」和也が言った。
「ミカエルの心!」
ドゴォォン!!!




