353 決死の逃走
負傷者を逃がすため、教皇都市の防衛線を必死に支え続けたソフィア。だが、ドイツ軍の猛攻によって、防衛線はついに崩壊した。追われる身となった教皇に、逃げ道は残されているのか――
ドン!! ドン!!
雷鳴のような連続した爆発音が大聖堂に響き渡り、ステンドグラスが砕けて床一面に散らばった。
「ハア……ハア……」
蝋燭の火はほとんど消えていたが、ソフィアは大聖堂の隅々まで知り尽くしていた。暗闇の中を礼拝堂まで駆け抜けると、隅にうずくまり、震えているプレイヤーたちを見つけた。
「教皇ソフィアだ……」
「教皇ソフィア! 助けてください!!!」
怯えきった初心者たちがソフィアへ助けを求めた。
「全員を救うことはできない…………」
その言葉がソフィアの頭の中で何度も響いた。
「ごめんなさい……」
ソフィアは歯を食いしばり、隠し扉を体当たりで開けると、地下室へ駆け込んだ。
「教皇……どうして私たちを見捨てるんだ!?」
初心者たちの絶望に満ちた叫び声が、次第に遠ざかっていった……。
……
螺旋階段、螺旋階段、その先もまた螺旋階段……。
「この忌々しい螺旋階段、本当に嫌い……」
ソフィアは心の中で悪態をつきながら、ようやく地下室へたどり着いた。年老いた修道女は木の机に腰掛け、静かにラロ経を読んでいた。
「おや……私の子よ。今日はどの字を教えてほしいのですか?」年老いた修道女はいつもの問いを繰り返し、変わらぬ笑みを浮かべていた。
「一緒に来て……」
ソフィアは険しい表情になり、すぐに歩み寄って年老いた修道女の手を引いた。
ところが、年老いた修道女は岩のようにびくともしなかった。
「早く! 敵が教皇都市まで攻め込んできたの!」ソフィアは焦って叫んだ。
年老いた修道女はにっこりと笑い、両手を下ろした。
「それで、私を助けるために地下室まで来たのですか?」
ズン……。
地上で起きた激しい爆発によって、天井からぱらぱらと埃が降ってきた。
「もちろん! 敵はもうすぐここを包囲する!」ソフィアは全身の力で引っ張ったが、それでも年老いた修道女を動かせなかった。
「とても嬉しいですよ、我が子ソフィア。あなたはこの切迫した状況で危険を冒し、地下室まで私を助けに来てくれました。ですが……地上で助けを求めていた命は救いましたか? ここへ来るまでに、いくつの命を見捨てましたか?」年老いた修道女は問い返した。
「私……私には力が足りない! 全員を救うことなんてできないよ!」ソフィアはついに認め、声を上げて泣いた。
「我が子よ、ラロへの信仰に従って生きなさい。それこそが、この世界の真理です」
年老いた修道女は、手にしていた古びたラロ経をソフィアへ渡した。
【システムメッセージ: 破れたラロ経を入手】
「早く逃げて……」
嫌な予感を覚えたソフィアは、年老いた修道女の古い修道服を強くつかんで離さなかった。
「心配しないでください。私たちはいつか、どこかで再会できます……」年老いた修道女は優しく微笑んだ。
「失礼します!」ソフィアは思い切り年老いた修道女を引っ張ったが、その体は彫像のように重かった。
「私たちの力は、信じる心から生まれます。さようなら、我が子ソフィア」
年老いた修道女は掌を開き、神力でソフィアを隣の武器庫へ押し飛ばした。
「待って――――」
ガンッ……。鉄の扉がすぐに閉ざされた。
ソフィアは諦めきれず、振り返って鉄の扉を開けた――だが、年老いた修道女の姿はすでになかった……。
扉を閉め、開ける。もう一度閉め、また開ける。
年老いた修道女は音も痕跡も残さず、まるで最初から存在していなかったかのように消えていた。
「え……嘘でしょ……」
ソフィアは一分近く呆然と立ち尽くした。だが、ロザリオとラロ経だけは確かに残っていた。
「もう時間がない……」
ソフィアは迷っている暇もなく、隣の武器庫へ駆け込んだ。
【妖?村正 血狐??】
ソフィアはガラスケースを壊して二つの神器を持ち出そうとしたが、どうしても破壊できなかった。
「やっぱり無理……」ソフィアは諦め、隠し通路へ逃げ込んだ。
地上へ戻ると、そこは大聖堂内の中央祭壇だった。
ソフィアが無意識に隅へ目を向けると、あの初心者たちは姿を消していた――彼らがいた場所には巨岩がのしかかり、その周囲をきらめく星屑が舞っていた。
ソフィアが正門へ駆け出そうとした瞬間、何本ものレーザー兵器が正門を貫いた。ドイツ軍はすでに扉の前まで迫っていた。
「冗談じゃない……私は絶対に諦めない……」
ソフィアは迷わず隅にある巨岩へ飛び乗り、割れた窓から外へ飛び出すと、大聖堂脇の墓地へ降り立った。
至る所から火の手と煙が上がり、辺りに味方の姿はなく、ソフィアはたった一人だった。
「お願い、やめてええええ!!!!!!!!」
地面に倒れて命乞いをする誰かが魔法で吹き飛ばされ、その影が大聖堂の壁に映し出された。
「一人も生かすな!」
ドイツ軍は血なまぐさい虐殺を始め、教皇都市全体がまるで屠殺場のように悲鳴で満たされた。
ソフィアは墓石の陰に身を隠しながら、近くにある修道士の小屋が並ぶ一帯まで逃げた。そこから慎重に進み、大聖堂前の広場へ戻ってコリンと合流しようとした。
探照灯の白い光が、正面から伸びてきた。ソフィアはすぐに小屋の裏へ身を縮めた。
「よく目を凝らせ……一人も見逃すな」
ドイツ軍は照明用のアイテムを使い、闇に隠れているプレイヤーを捜し始めた。見つければ、すぐさま殺していく。
「ハア……ハア……ハア……」
ソフィアの心臓は胸から飛び出しそうなほど激しく脈打ち、鼓動が大鐘のように鳴り響いていた。
白い探照灯の光がソフィアの隠れている小屋の端で止まり、墓地へ移動したあと、ようやく遠ざかっていった。
ソフィアは唾を飲み込み、顔を半分だけ出した。前方にはもう敵の姿がなかった。
その時、自分の体から放たれる聖なる光が目立ちすぎることに気づき、ソフィアはとっさにPvP用の黒いマントを羽織った。
プレイヤー情報を隠せる黒いマントによって、ソフィアの聖なる光はすぐに消えた。さらに金色の聖衣も覆い隠され、その姿は夜の闇へ溶け込んだ。
ソフィアは頃合いを見計らい、小屋の間にある細い路地を進み、ついに大聖堂正門前の広場まで回り込んだ……。
「嘘でしょ……」
広場には焼け焦げた人型の死体が地面を埋め尽くし、何頭もの石竜が四肢を吹き飛ばされていた。コリンの姿もなかった。
「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」ソフィアは指を噛みながら繰り返した。
ドン、ドン……。教皇都市の塔から突然、戦闘の音が響いてきた。まだ味方が敵に抵抗している!
「一人じゃ絶対に逃げ切れない……だったら、一番近くにいる味方と合流したほうがいい……」
ソフィアは危険を冒し、塔にいる味方との合流を決めた。
大通りには、魔法の探照灯で辺りを捜索するドイツ軍の巡回部隊がひしめいていた。
敵を避けるには、まず馬車道を横切らなければならない。邸宅街へ入れば塔のそばまで進み、そこから秘密の入り口を使って中へ入ることができる。
「私ならできる……」
ソフィアは年老いた修道女のロザリオを強く握り締め、呼吸を整えた。心も少しずつ落ち着いていった……。
……
ドイツ軍のプレイヤーが馬車のそばで食事を取りながら休み、ギルドのリアルタイム戦況報告を読んでいた。黒いマントに身を包んだソフィアが背後を素早く通り抜けたことには気づかず、ソフィアは無事に邸宅街へ入った。
そこへ別のドイツ兵が近づいてきたため、ソフィアは慌てて割れた窓から建物の中へ入り込んだ。
探照光が次第に強まり、割れた窓から屋内へ差し込んでくる――そして、ソフィアの頭上で止まった。
「……」
敵兵は異変に気づかず、ゆっくりと立ち去った。
運がよかったと思った矢先、街道に別のドイツ兵が現れた。
「おい、ここでサボっているのか?」近づいてきたドイツ兵は、気軽な口調で尋ねた。
「違う。俺は現地民の敗残兵を追う担当だ。お前は今日、現地民を殺したか?」休んでいたドイツ兵が笑いながら聞き返した。
「三人だ。ははは! このサーバーは……」
二人はその場で話し込み始めた。
「男二人で、いつまで喋っているのよ……」
ソフィアはひどく焦っていたが、危険を冒して先へ進むこともできなかった。
大聖堂の塔で続く戦闘はさらに激しさを増していた。間に合わなければ、残っている味方はきっと持ちこたえられない。
「私を導いて……」
馬鹿げていると思いながらも、ソフィアは信じてみることにした。目を閉じ、ロザリオを握って祈りを捧げた。
ガシャーン……。
遠くで窓ガラスの割れる音が響き、街道にいた二人のドイツ兵はそちらへ注意を向け、その場を離れた。
「嘘でしょ……」
ソフィアはわずかに驚いたが、すぐにその機会を逃さず、窓から外へ抜け出した。
大聖堂の塔までは、あと数軒しかない! 付近にも敵の姿は見当たらなかった。
ソフィアは最後のわずかな距離を走り切るため、法衣の裾をたくし上げた!
しかし――突然、一羽の白い小鳥が急降下してきた。誰かがソフィアへ密書を送ってきたのだ!
バチィン!!!
背後から黒雷が飛来し、伝書鳥を空中で撃ち殺した。
ソフィアは仕方なく、再び暗い路地へ身を隠した。
ドイツ軍の女プレイヤーが、白い小鳥の亡骸へゆっくりと歩み寄った。
ソフィアは、相手が魔力を正確に制御し、白い小鳥を灰にしていなかったことに気づいた。さらに、その足に結ばれていた密書を取り外した。
ドイツ人プレイヤーはシステム翻訳を使って密書をゆっくりと読み進め、その表情を次第に険しくしていった。
密書の宛名には、ソフィアの名が記されていた。
ソフィアは胸の中を無数の蟻が這い回るような焦燥に襲われた――こんな時に、いったい誰が密書を送ってきたの!?
ドイツ人プレイヤーは腰から一枚の紙を取り出した。そこには、いくつもの名前が記されていた。
指先が一番上の名前で止まった――ソフィア 教皇 優先撃破。
「この女がここにいる!?」
ドイツ人プレイヤーは驚き、力いっぱい笛を吹いた。
ピーッ!!! ピーッ!!! ピーッ!!!
五人のドイツ兵が急いで駆けつけた。
「Sophia ist hier.」ドイツ人プレイヤーがそう告げると、ソフィアはドイツ語を理解できなくても、自分の名前だけは聞き取れた。
ドイツ兵たちはすぐに武器を抜いて散開し、辺りの捜索を始めた。その目は獲物を狙う鷹のように鋭かった。
「もうだめもうだめもうだめもうだめもうだめ!!!」
ソフィアは恐怖のあまり涙をこぼし、木樽の後ろで身を縮めてすすり泣いた。
【システムメッセージ: ログアウト Y/N】
【警告: 人形システムがあなたのキャラクターを操作します システム/陣営/職業/外交に関するすべての機能は引き続き作動します】
ソフィアは画面を開いてゲームからログアウトしようとした。だが、味方が命懸けで戦っているうえ、自分もまだ戦闘エリア内にいる……。
ソフィアは両手でロザリオを強く握り締め、唾を飲み込んだ。
かつて聖なる園の仲間たちと大聖堂でふざけて騒ぎ、年老いた修道女に叱られた時の記憶が頭をよぎった。
「ただのゲーム……そう、これはゲームなんだ。私が退く理由なんてない!」ソフィアは再び勇気を奮い起こし、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
一人のドイツ兵が、壊れた家の中を確認しながらソフィアへゆっくりと近づいてきた。
ソフィアは近くに落ちていたガラス片を拾い、隣の木造家屋にある割れた窓へ投げ込んだ。
カラン……。
「ん……?」
ドイツ兵はすぐに音へ引きつけられ、ゆっくりとその場を離れた。
ソフィアはドイツ兵が立ち去る瞬間を見計らい、迷わず再び大通りへ飛び出した!
だが、前方にいた別のドイツ兵がゆっくりと振り返り始めた!
「くそっ!」ソフィアはすぐに隣の大きな屋敷へ転がり込んだ。
「ん……今、何かいたような…」
しかし、ドイツ兵はソフィアの影が屋敷へ駆け込むのを目にしていた。大股で後を追い、屋敷の中へ入った!
ソフィアは厨房のテーブルの下に隠れ、恐怖のあまり両手で自分の口を強く塞いだ。息をすることすらできなかった。
探照灯の光が、ゆっくりと厨房へ差し込んできた!
ソフィアは思い切って目を閉じた。生きるか死ぬか――どうせなら、一思いに決着をつけてほしかった。
ドイツ兵はテーブルの下にいるソフィアへ気づかなかったらしく、視線をそらすと、隣の戸棚を開けて捜し始めた。
豪邸の厨房らしく、床には割れた食器が散乱していた。
パリン!
ソフィアは敵に気を取られすぎて、床に落ちていた小皿を誤って踏み割ってしまった!
ほんの小さな音――だが、やはりドイツ人プレイヤーの注意を引いた!
冷たい光に照らされ、ソフィアの姿が丸見えになった!
「見つけたぞ!!!!!」
ドイツ人プレイヤーはすぐに魔杖を掲げた。
「くそっ! こうなったら戦ってやる!!!!」ソフィアも同時に聖杖を抜いた!
ジャララララッ――ヒュン!
黒い影が壁をすり抜けて室内へ飛び込み、鎖鎌をつなぐ鉄鎖でドイツ人プレイヤーの首を締め上げた。
敵は声を上げることもスキルを使うこともできず、顔が赤紫色に染まった。充血した両目を見開いたかと思うと、白目をむいてそのまま意識を失った。
「私についてきて」
助けに現れたのはキティだった。キティは影の粉を払って姿を現すと、左足で地面を踏んだ――ボフッという音とともに、呆然としていたソフィアを透明化させ、秘密の通路へ逃げ込み、大聖堂の鐘楼を目指した。
……




