352 井の中の蛙
黒い森での大敗に続き、本サーバーの負傷兵でごった返す教皇都市へドイツ軍が容赦なく進軍を開始する……
果たして彼らは、この絶望を耐え抜くことができるのだろうか……
「宮本加奈……」和也はさまざまな感情をにじませ、首を振って微笑みながら、もう一度その名を口にした。
桐司と一樹は木の人形のように呆然と立ち尽くし、翻訳を確認したドイツ軍の者たちも同じように驚いた。
「加奈の兄貴なら……俺たち、もしかして――」
桐司は停戦協定の望みを見いだし、友好的な様子で和也へ歩み寄った。
笑みを浮かべていた和也が突然、桐司を横目で睨んだ。喜びに満ちていた表情は一瞬で冷え切り、桐司はすぐに足を止め、それ以上近づかなかった。
両者は夕暮れの橙色に染まった草原で束の間の平穏を味わい、風に揺れる背の高い草のさざめきに耳を傾けた。
「兄貴に挨拶もしないのか、加奈?」和也は笑って尋ねた。
加奈は返事もできず、震えながら魔杖を強く握り締めた。
「子供の頃みたいに、俺に教わってもいいんだぞ」
和也は余裕を見せながら加奈へ歩み寄った。
「止まれ! 何をするつもりだ!?」一樹は慌てて加奈の前に立ちはだかった。
「妹と二人きりで話したい。お前たちは行け」和也は一樹と桐司に告げた。
「和也、その原霊、一樹は指名手配リストに載っている」部下の一人が一樹を指さして言った。
加奈だけはドイツ語を少し理解できた。一樹が指さされ、さらに「リスト」という言葉を耳にして、ひそかに息を呑んだ。
「分かっている……問題ない」和也はうなずき、ドイツ語で答えた。
「上官として言っているのですか? それとも友人として?」部下は真剣な表情で尋ねた。
「友人としてだ」和也は苦笑しながら答えた。
部下は唇を尖らせて苦笑すると、武器を下ろして立ち去った。
「加奈、早く俺たちと行こう……」
一樹は自分に危険が迫っているとも知らず、なおも加奈を連れていこうとした。
「二人とも、早く行って……」加奈は静かに二人へ立ち去るよう促した。
「でも――」一樹が反論しようとした瞬間、桐司がその腕をつかんだ。
「まったく、しつこいやつだ! いいからおとなしく乗れ!」桐司は我慢の限界に達し、片手で一樹をつかむと、飛竜に乗って飛び去った。
「相変わらず勝ち気だな。友達はできたのか?」和也は眉を上げて笑った。
「……」
「源魔師か……悪くない。レベルは低いがな」
和也は掌を開いて加奈の魔力を感じ取り、妹のレベルをおおよそ見抜いた。
「何が言いたいの?」加奈は眉をひそめて尋ねた。
「冷たいな……兄貴に会えて嬉しくないのか?」和也は両腕を広げて笑った。
「相手がドイツサーバーだと分かった時から、あんたに会うんじゃないかって怖かった……」
それでも加奈は強気な口調を崩さなかった。
「ドイツ人プレイヤーと戦えば、俺にも会うと思ったのか?」和也は尋ねた。
「そう……別のゲームに時間を使っていてくれたらって期待してた……」
和也はその意味に気づき、苦笑した。
「加奈……まさか、お前や仲間たちは、ドイツサーバーが一つしかないと思っているのか?」
「どういう意味!?」加奈は驚いて尋ねた。
「世界の秘密を教えてやろう、可愛い妹よ」
和也は笑っていたが、その目には嘲るような色がにじんでいた。
二人はその場に腰を下ろし、話し始めた。
……
一発の裂空砲が教皇都市の城壁を横薙ぎに襲ったが、ソフィアの金羽の盾に防がれた。
「やはり……このサーバーのプレイヤーは質が高い……」
パーカーはソフィアの反応速度と無駄のない動きから、その実力の一端を見抜いた。
ドイツ軍は進軍を止め、将軍たちは集まって作戦を練り始めた。
「ヴェッカー、興奮剤はあと何本ある?」ビスマルクは尋ねた。
「さっきの決戦で、副作用のない上質な注射器は使い切りました」
ヴェッカーが背負い箱の中を確認すると、副作用のないレジェンダリー品質の注射器はすでになく、残っているのは少量の緑色をした粗悪な注射器だけだった。
「粗悪なものだけで足りるか?」ビスマルクは尋ねた。
「一度攻勢に出る分には足ります。ただ、この粗悪な注射器は作りが雑で、身体能力を強化し、魔力の上限を引き上げるだけです。投与された者は移動速度と聴力が低下します」
ヴェッカーは小指ほどの大きさの緑色の注射器が詰まった箱を、ビスマルクへ手渡した。
ビスマルクは緑色の注射器を持ち上げて考え込むと、突然それを自分の手首へ突き刺した。
軽く二度咳き込むと、緑色の血管模様が腕から全身へ広がった。
「この勢いのまま追撃する。攻城戦を開始しろ」
ビスマルクは空になった注射器を投げ捨て、大量の雷属性の魔力を聖樹の杖へ注ぎ込んだ。杖の先端から、ゆっくりと雷刃が伸びていく。
「はい、元首」ドイツ軍は一斉に注射器を突き刺した――前線には瞬く間に、いくつもの巨大な魔法武器が現れた……。
「あいつら、今度は何を企んでいるの……」
ソフィアはドイツ軍の魔導士たちが突然、大量の魔法武器を構えたのを見ると、こちらに残っている初心者プレイヤーたちへ目を落とした。これでどうやって防げというのか。
「負傷者をもっと安全な大聖堂へ移せ!!」荒道一狼は屋根の上へ飛び上がって叫んだ。
「こちらへ来てください! 皆さん、落ち着いて!!」柑々たちはプレイヤーを街の奥へ誘導し始めた。
「ソフィア、十数人の翼騎兵を集めた! 負傷者を運び出して時間を稼ぐ!」
荒道一狼は慌ただしく告げると、大聖堂へ駆け戻った。
「よし!! 来い!」ソフィアは闘志を燃え上がらせ、聖旗を掲げて叫んだ。
すべてのNPCが金色の光を放ち、全身に十数もの恩寵をまとった。
……
「放て!」
数百人の弓兵が一斉に矢を放ち、空が無数の矢で覆い尽くされた――しかし、すべての矢はドイツ軍の巨大な炎の盾によって灰にされた。
「梯子を出せ」パーカーが命じると、源魔師たちはすぐさま数十本の氷の攻城梯子を作り出し、城壁を登り始めた。
ドン! 西の城門にいくつもの亀裂が走った。
オットーは武器を大槌に持ち替えて城門を破壊しようとし、再び振り上げて叩きつけた。
その瞬間、城門が黄金の障壁に包まれ、オットーは強烈な反動で弾き飛ばされた。
「ここは絶対に通さない!!!」
ソフィアの赤い髪が金色の光を帯び、聖旗を城壁へ勢いよく突き立てた。
ドイツ軍はそれぞれ異なる魔法武器を手にし、悪魔さながらに城壁へ登ってきた。
【システムメッセージ: 民兵 奮起】
「教皇ソフィアのために!!!!」
「うおおおおおおお!!!!!!!!!」
幾重もの強化を受けたNPCたちは、城壁へ登ってきた侵入者に勇敢に反撃した。しかし実力差は大きく、たちまち城壁の上で次々と惨殺され、血飛沫が辺りに飛び散った。
「ラロの栄光を!」ソフィアは城壁へ向けて神威砲を放った。
「聖なる庇護!」パーカーは厚さ数メートルにも及ぶ青い盾を呼び出して防いだ。
青い盾は数メートルも陥没し、ドンッという音とともにソフィアの聖砲に貫かれた。一帯にいた侵入者たちは神力に押し倒され、その多くが城壁の外へ弾き飛ばされた。
「ラロよ……あと10分だけ、私に時間を……」
ソフィアはまだ撤退できていない負傷者たちを見つめ、焦りをにじませながら呟いた。
……
一方、再び夕暮れの草原では――
「他サーバーの領主の鍵を集めれば、大聖堂で新世界――アトランティスへの門を開くことができる」和也は言った。
「アトランティス……!?」加奈は驚いて聞き返した。
「自分の力で突き止めろ」和也は笑った。
「あなたたちは……領主の鍵を集めて新世界へ行くことだけが目的なんでしょ?」
加奈は兄が話したがらない情報をこれ以上聞き出せないと悟り、単刀直入に尋ねた。
和也は目を光らせ、意味ありげに加奈を見つめた。
「加奈。お前は自分のサーバーの領主の鍵と引き換えに、和平を求めるつもりか?」和也は妹の考えを一言で見抜いた。
加奈は歯を食いしばり、余計なことを口にできなくなった。
「可愛い妹に一つ、恩を売っておこう。俺たちは新世界から戻って以来、すでに十数個のサーバーを滅ぼしてきた」和也は笑って言った。
「だったら、私のサーバーで殺戮を続けているのは、ただの趣味なの!?」加奈は怒って問い詰めた。
「そんな人員も物資も無駄にするようなことを、俺がやると思うか?」和也は問い返した。
加奈は言葉に詰まった。確かに、そのような行動は兄の性格に合わない。
「ムー大陸には数え切れないほどのサーバーが存在する。例えば、国土の広いロシアには三十近くのサーバーがある。各サーバーは七大陸の所在地に応じて七つの大ブロックへ分けられ、さらに時差によっていくつかの小ブロックへ分けられる。すべてのブロックが新世界で最後の殺し合いを行う」
和也はついに、エンドゲームの全容を明かした。
真相を知った加奈の胸に、どうしようもない無力感がこみ上げた。
本サーバーの統一、ロシアサーバーへの遠征、ドイツサーバーとの決戦――自分たちがいたのは、巨大な盤上の片隅にすぎなかった。本サーバーは、まだ本当の戦場にすら足を踏み入れていなかったのだ。
「それじゃあ……ムー大陸に戻って人を殺すほうが……新世界より面白いの……?」加奈は額に大粒の汗を浮かべ、震えながら尋ねた。
「人口の間引きだ。お前たちはアジアブロックに属する小規模サーバーの一つで、いずれ他ブロックの小規模サーバーを打ち破り、新世界へ入る資格を手に入れる。俺たちも『第四帝国』に属する一サーバーにすぎない。ムー大陸に残り、他ブロックの小規模サーバーを滅ぼすことが役目だ。ついでに教えてやる。お前たちアジアブロックの総戦力は、新世界では下から二番目だ。緋桜の要塞に押し込められ、内陸の資源を確保できず、いずれ陥落する」和也は笑って言った。
「アジアブロック……緋桜の要塞……」
加奈はあまりにも膨大な情報によってムー大陸への認識を根底から覆され、言葉を失った。
その時、一羽の白い小鳥が和也の肩に止まった。仲間たちが教皇都市への攻撃を開始し、ビスマルクが陣へ戻るよう命じていることを知った。
和也は尻についた草くずを払って立ち上がり、加奈を起こそうと手を差し伸べた。
しかし、加奈は和也の腕を押しのけ、自分の力で立ち上がった。
「俺はもう行く。可愛い妹よ。次に会う時は……こうして話すことはできない」
和也は微笑み、夕日を背にして立ち去ろうとした。
「あなたたちが新世界からムー大陸へ戻ってこられたなら、アジアブロックの人たちも新世界から戻って、小規模サーバーの私たちを助けられる可能性はあるの?」加奈は追いかけるように尋ねた。
和也はゆっくりと振り返った。前髪の隙間から切れ長の目を光らせ、悪意をにじませながら加奈を見つめた。
「さあな……」
「それなら……私たちが和平を結ぶための条件はあるの?」加奈は屈辱を押し殺して尋ねた。
真相を知った加奈は、本サーバーでは和也のサーバーに太刀打ちできないと悟り、和平を求めるほかなかった。
「ない……」
和也の顔は半分が影に覆われ、凍りつくような笑みが浮かんでいた。
加奈はすべての希望を失い、武器を下ろした。
「俺たちは大粛清を行う……見つけた者は容赦なく殺す。だが、プレイヤーはムー大陸の隅々まで逃げて身を隠す。お前のサーバーの人口が一定数まで減った時点で任務は完了し、俺たちは撤退する。
逃げろ、加奈。ネズミのように隠れ、俺たちが撤退するまで生き延びれば安全だ。だが、Kanatheonが支配するハゲグは必ず攻め落とす。だから……友達を捨てろ、俺の妹よ」
加奈は聞けば聞くほど恐ろしくなった。和也は一度口にしたことを必ず実行する。
和也は突然、加奈を指さした……
「だが加奈……それでも友達を守るためにログインするなら、俺は必ずお前を見つけ出し、この手で殺す。では……さらばだ。ははっ!」和也は笑い、加奈に手を振って別れを告げた。
加奈は魔杖を強く握り締めた……自分は兄に勝てるのか?
「愚かな妹よ。大ブロックへ救援を求める方法を、俺がお前に教えると思ったか?」和也は振り返り、意地の悪い笑みを浮かべた。
……
大ブロックへ救援を求める方法とは……?




