350 騎士王の賭け
ドイツ軍の毒針を受けて暴走した一樹は、加奈によって氷漬けにされた。
ソフィアの治療を求め、桐司は彼を教皇都市へ運ぶ。
だが、そこにもすでに死者の軍勢が迫っていた……
「これは……どういう状況だ……」
桐司は教皇都市が無数の緑色の光に取り囲まれているのを見て愕然とした。高度を下げた途端、鼻を突く濃厚な死臭が漂ってきて、ようやく都市が屍人に包囲されていることに気づいた。
「見て!!! ソフィアがあそこにいる!」加奈は黒々と広がる屍の海の中に、純白の聖旗を見つけた。それを掲げていたのは教皇ソフィア本人だった。彼女はプレイヤーとNPCで編成された臨時部隊を率い、城外で屍人と激戦を繰り広げている。
「このおぞましいアンデッドどもを、早く皆殺しにしなさい! 教皇都市の安全を確保して、いつでも負傷者を受け入れられるようにするのよ!」ソフィアは聖旗を高々と掲げ、怒鳴った。
「我らのサーバーのために!!!!」
部隊は巨大な船のように屍の海を突き進み、鮮血の波しぶきを上げていた。
その時、一体の石竜が空から急降下してきた。
「ソフィア!!!」
桐司は石竜をソフィアの前へ直接着地させ、氷漬けの一樹を抱えて彼女の前へ運んだ。
「どうして彼は氷漬けになっているの?」ソフィアは目を丸くして尋ねた。
「せ、せせせ、説明してる時間はない……。こ、こいつは今、混乱状態なんだ。き、君なら、ななな、治せるか……?」
溶けた氷水で全身を濡らし、寒さで唇を紫色にした加奈が、震えながら尋ねた。
ソフィアが手のひらをかざすと、一樹を覆う氷も、低体温状態も、混乱状態もまとめて浄化された。HPは全快し、一樹はゆっくりと目を開けた。
「混乱状態?! こんな状態異常を与えられるのは悪魔だけよ。魔王軍の中に悪魔がいるの?」
「あれ……ここは……どこだ?」
一樹は呆けた顔で周囲を見回した。何が起きたのか、突然思い出せなくなっていた。
加奈は無言で彼の後ろに立ち、濡れた髪を絞っていた。
「加奈は命懸けでお前を氷漬けにしたんだ。それからニフェトに頼まれて、俺がお前を教皇都市まで運んできた。しかも加奈はさっき――」
加奈は突然、長杖で桐司を小突き、怒りに満ちた目で睨みつけた。
「よ、余計なこと、言わないで……」
「また助けてもらったな……加奈……ありがとう……」
一樹は両腕を広げ、彼女を抱きしめようとした。
「だ、だだだ、だめ……」加奈は気まずそうに一樹の腕を押し返した。
「加奈……屍人が現れ続けるのを止めるには、あのアンデッドの王を倒さなければならないの。ここに残って、屍人を抑えてくれない?」ソフィアは三人に、このまま戦闘へ加わるよう求めた。
「はあ?! でも俺は、ニフェトのところへ戻らなきゃならないんだぞ!」桐司は長いことトイレを我慢している子供のような、情けない顔をした。
「私の仲間だって危険な目に遭ってるのよ! それでも私は自分の持ち場を守ってる! この自分勝手なクソ野郎!」ソフィアはニフェトほど優しくなく、いきなり口汚く罵った。
「もういいわ、ソフィア……桐司、早くここのアンデッドを掃討しましょう……」加奈はあっさりとうなずいた。
加奈はあっさりとうなずき、桐司は深いため息をついた。
「俺についてこい!!!!」桐司は石竜を操り、蟻を潰すように十体もの屍人をまとめて踏み砕いた。地面にはたちまち、柔らかな肉塊が敷き詰められた。
「よし……これで、あなただけに集中できるわ……」
ソフィアは聖団を率い、ドラキュラへ一直線に突き進んだ。
前方では、何体もの屍人が寄り集まり、一体の巨大な屍人へと変わった。
「退魔の栄光!」
ソフィアが金色の光を放ち、巨大な屍人を照らす。それはたちまち綿のように燃え上がった。
「忌々しいラロの使徒め……」
ドラキュラは地面から、さらに多くの屍人を目覚めさせた。
屍人たちは波のようにソフィアの聖結界へ押し寄せたが、彼女の前進を止めることはできなかった。
「捕まえた!! 聖域追放!」
ソフィアが手を伸ばして掴むと、ドラキュラは純白の結界に閉じ込められた。
「うおおおおおおおお!!!!!!!」
全員が白い結界へ突入した。屍人の援護を失ったドラキュラは、巨大なサンドバッグのように反撃することもできず、ほどなくソフィアの聖団によって撃破された。
【エリアアナウンス: 始祖の吸血鬼領主・ドラキュラ が撃破されました】
【システムメッセージ: 称号 退魔師 を獲得】
【警告: 吸血鬼の血脈封印 が破壊されました】
【警告: 勢力 吸血鬼旧界領主 が覚醒を開始しました】
「もう……後で考えればいいわ……」ソフィアは世界観を調べている暇などなく、苛立たしげに通知を画面から払いのけ、黒の森へ向かって連合軍を援護することにした。
……
同じ頃、黒の森には戦死者の遺骸が至る所に転がっていた。
「火野良……撤退しよう……ギルドの火種を残すんだ……」
白は左腕を失い、半身を焼かれ、力なく雨間刻にもたれかかっていた。
テイマー部隊は追撃を開始していた。だが、火野良はドイツ軍本隊の砲撃が止まり、源魔師たちがその場から動いていないことに気づいた。
火野良は、ドイツ軍が砲撃を止めたにもかかわらず、反攻してこないことに気づいた。恐るべき連携技「火神の円舞」を放った反動で、全員のスキルがクールタイムに入っているのは明らかだった。
二度とない好機だ!!!
包囲されたKanatheonは包囲網を突破しようとしており、銀龍の刻印はすでに安全な距離まで後退している。今すぐ反撃に転じられるのは、最前線に踏みとどまっている自分たちだけだった。
「俺たちのサーバーの存亡は、この一戦にかかっている。逃げたい奴は勝手にしろ!」
火野良はそれだけ言い残すと、振り返りもせず、一人で敵陣へ駆け出した。
「…………」
雨間刻と白は、呆然とその背中を見つめた。
「俺たちもついていくぞ、火野良ギルマス!!!!」
影の旅団のメンバーも、ギルマスを追って反転し、敵陣へ突撃した。
コリンはイミを支えながら、ようやく火の海から逃げ出したところだった。火野良が残存部隊を率い、飛んで火に入る夏の虫のように猛攻を仕掛ける姿を見て、同じギルマスとして彼の意図を瞬時に悟った。
「俺たちだって諦めないぞ!!!!!!!!」
コリンも引き返し、影の旅団とともに攻勢へ加わることを決めた。
……
「こいつら、土着ども……正気か……」
ドイツ軍は相手がここまで狂った反撃に出るとは思わず、陣形がわずかに乱れた。
連合軍が総反撃に転じる中、本サーバーで最も戦場経験に富む戦神アンドリアだけは、騎兵団を率いて後退を続けていた。
「こいつら……いや、違う……」
ドイツプレイヤーの連携が生み出した威力と、微動だにせず円陣で迎え撃つ姿を見て、アンドリアは悟った。敵の実力は本サーバーを上回っており、疲弊しきったロシア軍とは比べものにならない。
ついにアンドリアは認めた――本サーバー屈指の精鋭を集めた連合軍でさえ、ドイツプレイヤーには正面から勝てない。
「行くわよ!」アンドリアは声を張り上げ、騎士団を率いて戦場を離れた。
全軍に衝撃が走った。あの輝ける騎士王アンドリアが、戦いを避けるというのか?!
「殺せえええええ!!!」だがノクスは狂ったように銀龍の刻印の歩兵部隊を率い、ドイツ軍へ猛攻を仕掛けた。
我に返った彼らは、アンドリアが自分たちを見捨てるはずがないと分かっていた。
「アンドリアのために、うおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「後は任せたわ……」
アンドリアは翼騎兵団を率いて空高く舞い上がり、黒の森を離れた。
戦場で狂ったように敵を斬りながらも、彼女の頭は冷静さを失っていなかった。頭の中で敵の兵力を計算する。ドイツ軍の主力三百名の大半は、すでに黒の森へ投入されている。
ドイツ軍の転送門かギルドの礎石を破壊できれば、侵略者たちを元のサーバーへ追い返せる!
「間に合わせなきゃ……」
……
グズの城の入口は極端に狭く、竜騎士が一騎ずつ、どうにか通れるほどしかなかった。
ドイツ軍が十数名を狭い入口に配置するだけで、攻め込んでくる翼騎兵を食い止められる。
だが、相手はアンドリアだった――。
「天虹衝撃!」
「天虹衝撃!」
「天虹衝撃!」
「……」
ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
三十騎を超える飛竜は狭い入口を攻めず、城壁を打ち破って内部へ突入した。
「止まりなさい!」アンドリアは慌てて騎兵団を制止した。
内郭のピラミッドの頂上には、今も双頭の鷲の大旗が掲げられていた。
ドイツ軍最後の防衛線――元帥ビスマルクと、わずかなドイツ兵がそこを守っている。
ビスマルクは聖樹杖を手に階段の頂上へ立ち、その背後には灰色を基調とした親衛隊が整列していた。まるでアンドリアの到着を待っていたかのようだった。
「……」
アンドリアとビスマルクは遠くから見つめ合った。二人の間に言葉はなかった。
アンドリアは翼騎兵を率いて内郭のピラミッドの周囲を飛び、防備の弱点を探り始めた。
三方の入口はドイツ軍によって厚い壁で封鎖され、内部へ通じているように見えるのは、ビスマルクが守る正面入口だけだった。
だが、アンドリアはそんな薄い煉瓦の壁など気にも留めなかった。
「彼はきっと、私がギルドの礎石を破壊しに来たと思っている。なら、その裏をかく……」
アンドリアは騎兵団を散開させ、内郭のピラミッドを取り囲むように飛ばせた。飛竜たちは眼下のドイツ軍を虎視眈々と狙っている。
ビスマルクは終始冷静にアンドリアを見つめ、親衛隊は左右へ視線を走らせて翼騎兵の奇襲を警戒した。
その瞬間、アンドリアが片手を掲げた。
竜騎士たちは一斉に加速した。親衛隊の目には、色とりどりの残像が上空を旋回しているようにしか見えなかった。
「七倍速!」「戦闘狂熱!」
竜騎士たちは一斉に加速し、橙赤色の炎の輪となって高速で飛び回り、グズの城を明るく照らした。
ドイツ軍はもはや竜騎士たちの位置を捉えられず、次々と武器を構えた。
「接敵に備えろ……」
ビスマルクは巨大な雷の術式を呼び出し、魔力を蓄え始めた。
「天虹衝撃!」竜騎士団が一斉に吼えた。
「鏡体変換!」数名のドイツ兵も同時に叫んだ。
三方を塞いでいた厚い壁に突然穴が開いた。三方の鏡面が雷陣を幾重にも反射し、一つだった術式を無数に複製していく。
ビスマルクの巨大な雷陣が幾重にも増幅され、竜騎士団を真正面から捉えた。
「Plasmakanone(プラズマ砲)」
ビスマルクが聖樹杖を掲げると、超圧縮された粒子砲が放たれた。
腕ほどの太さしかないプラズマ砲を見た竜騎士たちは、広範囲への攻撃ではないと踏み、玉砕覚悟で、そのまま決死の強襲を続けた。
だがビスマルクが手首をひねると、聖樹杖の枝が扇状に広がった。一本だったプラズマ砲は螺旋を描いて枝分かれし、巨大な光線の網となって竜騎士たちへ襲いかかった。
彼らには反応する暇さえなかった。
「まずい!!!!!!!」
大量の血と肉片が、内郭のピラミッドへ飛び散った。
半数近い飛竜が光線の網に翼や脚を切断され、攻撃能力を失ったまま頂上の足場へ墜落した。
残った翼騎兵は辛うじて攻撃を避け、ドイツ軍が守る足場への突入に成功した。すぐさま陸戦用の騎乗獣を呼び出し、転送門へ突撃させる。
「やらせるな!」ビスマルクが怒鳴った。
ドイツ軍に残されていた守魂衛が、ついに前へ出た。彼らは大盾を隙間なく並べ、転送門の前に防衛線を築く。機械式の大盾の下部から伸びた二本の巨大な牙が地面へ深々と突き刺さり、後方からは一人の枢機卿が支援していた。
「くそっ! 下がれええええ!!!!」
狭い場所では騎兵も加速できず、ドイツ軍の守魂衛をまったく押し退けられなかった。
一人の騎兵が騎乗獣を捨て、長剣を抜いて守魂衛の陣形へ飛び込んだが、枢機卿の光砲を受けて吹き飛ばされた。
地上へ降りた騎兵たちは機動力という優位を失い、ドイツ軍の親衛隊に圧倒され、少しずつ足場から押し出されていった。
アンドリアは当初、最も危険な進路――ビスマルク本人が立つ正面を選んでいた。
ところがビスマルクが攻撃を分散させたため、彼女だけは無傷のまま転送門のある足場へ到達した。
「うおおおおおおおお!!!!!!!」
アンドリアはすぐさま、ビスマルクの親衛隊と斬り結んだ。
ビスマルクは一言も発さず、絶え間なく聖樹杖を振るって術式を放つ。
左手から雷砲を撃ち、右手から電撃の網を放ち、手にした聖樹杖によって複数の単体魔法を広範囲攻撃へ変えていく。
強烈な電流から生まれた無数の稲妻が、虫の群れのように階段を這い下り、下方へ降り注いだ。
飛竜は一歩進むたびに身を震わせ、毎秒、数え切れないほどの電撃ダメージを受けていた。
アンドリアのそばにいた翼騎兵たちは、ありったけの力で雷の瀑布へ突っ込み、親衛隊と入り乱れて戦った。
だが銀龍の刻印の翼騎兵たちはすでに足場から追い出され、何人もの仲間がアンドリアの目の前で砲撃を受け、肉片へと変えられていった。
アンドリアがパーティーリストを確認すると、すでに半数近い名前が死亡を示す灰色へ変わっていた。生き残っている者も、HPが半分以上残っている者は一人もいなかった。
彼女にはニフェトから贈られた護心石がある。本サーバーのために命を賭す覚悟は、すでにできていた。
「奮い立て! 我が騎士団よ!」アンドリアは手綱を力任せに引き、竜の頭を持ち上げた。
手綱を放り捨て、黒炎の長剣を抜くと、そのまま竜の頭を蹴って、空へと駆け上がっていく。
アンドリアの騎士団は、決して屈しないアンドリアの姿に魅せられた騎士たちは、喜んで彼女とともに死地へ踏み込んだ。
騎士たちは雄叫びで応え、アンドリアに続いて親衛隊の陣形を強引に突破し、足場へ駆け上がった。
「見上げた命知らずの土着騎士どもだ!」
ドイツ軍は彼らに敬意を抱きながら、さらに激しい火力を浴びせた。
アンドリアは竜の頭を強く蹴り、宙へ舞い上がって魔法の一斉射撃をかわした。さらに空中で別の騎乗獣を召喚すると、足場中央の転送門へ狙いを定めて吼えた。
「天虹衝撃!!!」
「見事だ……」
この距離では、もはやドイツ軍にもアンドリアの突撃を止めることはできない――。
ドォン!!!!!!!
……
行けええええ!!! アンドリアアアアア!!!




