303 極限の火種
「よぉ~桐司。パシュスが主力を連れて北へ行ったぞ」
数人の暴君がハゲグ門前の焚き火を囲みながら笑う。
「ああ、知ってる。魔王の仕業で十人以上やられたらしいし、相当焦ってるんだろ」
桐司は眉をひそめた。
「手伝いに行くか? もし魔王の主力軍と当たったら、大戦争になるぞ?」
暴君の一人が尋ねる。
「焦るな。これから先、嫌でも大戦続きになる。今回はあいつ一人にやらせてみろ」
桐司は感慨深そうに笑い、暴君たちの輪へ腰を下ろした。
「ふ~ん? 本当は失敗してほしいんじゃない?」
女性の暴君が肘で桐司を小突き、からかうように。
他の暴君たちもすぐ囃し立てた。
「ははは! 桐司、お前ほんと性格悪いな!」
「意味が分からないな……」
桐司は薪を火へ放り込み続け、視線を逸らした。
「黒真珠の戦いで必死に戦ってたのって……ニフェトのためでしょ?」
女暴君がニヤつく。
「お、お前ら何言ってんだ?! 俺は役目を果たしただけだ!」
桐司は慌てて否定した。
「ふふっ、女の目をごまかせると思った? 教えてあげる―――男が女を好きになるとね、その目だけは隠せないのよ!」
女暴君は桐司を指差して大笑いした。
「だから普段パシュスとの行動避けてたのか~! なるほどな!」
他の暴君たちも一斉に茶化し、桐司はますます居心地悪そうになる。
「おい、桐司! 早く上がって来い!」
城壁の上から狙撃手が叫んだ。
「どうした?」
桐司は城壁へ駆け上がり、狙撃手から偵察ドローンを受け取る。
ハゲグ南部の鉄耳山脈に、百以上の黄色い光点が集まっていた。
「鉄耳山脈……影の旅団か?」
桐司は眉を寄せて考え込む。
「連中がここまで大規模に集結した事はない。間違いなく重要情報を掴んでる」
狙撃手は狙撃銃で遠方の砂漠を覗くが、異常は見当たらない。
「まさか……他の狙撃班は?! 周辺巡回してたはずだろ!」
桐司は焦って問い詰めた。
「全員、北の魔王調査へ回された……」
「おかしい……ずっと平穏だったのに、パシュスが北上した途端に兵を集め始めた……」
桐司は考えれば考えるほど胸騒ぎが強くなっていく。
「おい桐司、行くのか? ニフェトにいいとこ見せて来いよ!」
暴君たちは輝く大剣を担ぎながら、城壁下で笑っていた。
「いや……これは俺たちの役目じゃない」
桐司は仲間の命を危険へ晒したくなかった。
「俺たちは出番こそ少ないけど、弱いわけじゃないぞ~。ギルドの礎石を襲いに来たコソ泥は、全部返り討ちにしてきたんだからな!」
他の暴君たちが笑う。
「ほら~ニフェトが待ってるぞ~」
女暴君がからかうように笑った。
桐司は苦しそうに葛藤した。
…
「勇者様」
「勇者様、こんにちは」
「こんばんは、勇者様」
二百人ものNPCが赤い大屋敷を囲むように立ち、プレイヤー部隊の到着にもまるで警戒の色を見せない。
「こいつら……敵意がないぞ」
シモンは眉をひそめてパシュスへ言った。
古志はNPCを一人引っ張って来て問い詰める。
「勇者様、どうしてこんな乱暴をするんですか!?」
NPC商人は怯え、古志への好感度が下がった。
全員が無言で顔を見合わせる。NPCたちは魔王に操られているようには見えなかった。
「なぜ深夜にここへ集まっている?」
古志が尋ねる。
「ルードさんが今夜集まりがあるって言ったから、招待されて来ただけです! 何かあったんですか?」
「ルードって誰だ?」
寧々が聞く。
「連絡役の知り合いです」
NPC商人が答えた。
別のNPCを十人以上尋問しても、返ってくる答えは全く同じだった。
「どうする?」
古志がパシュスへ視線を向ける。
「まずは赤屋敷を調べる」
パシュスは命じた。
連合軍はNPCたちを脇へ押しやり、パシュスは盾を構えて自ら木扉を蹴破る。
屋敷の中には大量の蝋燭が灯され、まるで邪教の礼拝堂のような不気味さだった。
中央には巨大な幕が垂れ下がり、そこへ血文字で「開けるな」と書かれている。
布の前には死体が吊られ、その指先は鍵の掛かっていない木箱を示していた。
「開けるか?」
パシュスは古志に判断を仰いだ。
「絶対罠だ。でも開けるしかない……護心石は持ってるか?」
パシュスは頷き、片手剣で慎重に木箱を開けた。
中に入っていたのは白紙一枚だけだった。
そこには―――『勇敢 :)』と書かれている。
【おおおおおおっ!!】
突然、外から凄まじい鬨の声が響き渡った。
「パシュス! NPCたちが暴動を起こしました!!」
親衛隊が赤屋敷へ飛び込み、大声で叫ぶ。
パシュスは即座に大盾を掴み、そのまま戦闘へ飛び出した。
…
「Sind wir spät?(遅かったか?)」
「Nein, genau richtig.(いや、ちょうどいい)」
数百もの霊体が同時に転送門から溢れ出し、一瞬で魔都全体を照らし出した。
彼らは言葉を交わす必要すらなく、同時にNPCたちへ憑依し、連合軍へ襲い掛かる。
【ギルドメッセージ:(狙撃手)幹部注意!! 羅刹教の部隊が大聖堂狭道を突破、東部へ進軍中!!】
「パシュス!!!」
古志は戦いながら叫び、パシュスへ手を振った。
パシュスは複数の敵を盾で弾き飛ばし、古志の元へ駆け寄る。
「どうした!?」
「羅刹教が狭道を突破した! 東部へ向かって進軍してる!」
古志は戦闘中にもギルドメッセージを確認し、狙撃手からの警告を見て顔色を変えた。
「なんでこのタイミングで?!」
パシュスは、連合軍がNPCとの激戦で完全に足止めされている現状を見て歯噛みする。
「誘き出されたんだ!」
「古志、ここは任せられるか?!」
パシュスは焦って叫んだ。
「大丈夫だ! NPCはHPが高いだけだ! 早く銀龍の刻印から翼騎兵を借りて戻れ!!!」
古志が怒鳴ると、寧々は妖狸を召喚し、多数の敵を相手に踏ん張った。
「はぁ!? こっちは翼騎兵数人しかいねぇぞ!」
シモンは狙撃銃を下ろし、怒鳴り返す。
「西軍の羅刹教が狭道を突破した! このまま東へ向かってる!!」
パシュスは切羽詰まった声で叫んだ。
「なっ……何だって?!」
…
鉄耳山脈入口前の平原―――――
無数の血掌旗と黒影旗が、互いに睨み合っていた。
レナと西城勇は軍勢の中から歩み出て、ゆっくりと影の旅団の部隊へ向かう。
影の旅団側からは、白と黒の二人が前へ出た。
「火野良はどこだ?」
西城勇は交渉役が火野良本人ではないと知り、怒鳴る。
「城で待ってる。会いたいなら一人で山を登れ」
白は遠慮なく答えた。
「ふん、俺たちがまた姑息な罠に引っ掛かるとでも?」
レナは鼻で笑う。
「まずは自分のギルド連中を管理しろよ。しょっちゅう俺たちの経済区を荒らしやがって。火野良は何度も我慢してたんだ。本気で俺たちが怖がってると思ってたのか?」
白が嘲るように言った。
「お前……柑々の宴で見たな」
西城勇は白の隣に立つ黒騎士を指差す。
「まぁ……」
雨間刻は気まずそうに頷いた。
「なぜ影の旅団なんかに入った?」
西城勇は見下すように問い掛ける。
「それなりの理由がある」
「やっぱり影の旅団なんて寄せ集めだな」
レナが嘲笑した。
「用件があるなら伝言を残せ。火野良には伝えておく」
白は無意味な口論を打ち切る。
「俺たちを騙してるのか? 火野良がログインしてるなら、城に引きこもってるわけないだろ」
レナはせせら笑い、西城勇と嫌な笑みを交わした。
「火野良は……城にいる」
白は言葉を詰まらせた。
「用があるなら伝言、ないなら帰れ。やるなら付き合う」
雨間刻が冷たく言い放つ。
「坊主。あの日の宴じゃオカマみたいにビビって何もできなかったくせに。好きな女一人守れず、今さら格好つけてんじゃねぇよ……」
西城勇は口角を吊り上げた。
「つまり……やるんだな?」
雨間刻は黒の騎槍を引き抜き、ザッと地面へ突き立てる。
「三十分で影の旅団の城を三つ潰す。火野良が戻ってきた頃には、仲間は皆殺しだ。そのあと紅蓮山まで来させて、最後は俺が直々に叩き潰してやる」
西城勇は薄く笑い、羅刹教の百人軍へ戻っていった。
「なんで言い返したんだよ!?」
白は慌てて問い詰める。
「関係ない。あれだけ人数を連れて来た時点で、どうせ戦う気だった……キティは?」
雨間刻は軍へ戻りながら布陣を始め、そこでキティの存在を思い出した。今の戦場なら、ちょうど役立つはずだった。
「『戦わない』って言ってログアウトした」
白は頭を抱える。
「羅刹教は修羅と狂信者が主力だ。継戦能力は低い。最初の猛攻さえ耐え切れば、勝てる!」
雨間刻の号令で、影の旅団の部隊が動き始めた。
…
「西城様、今回の相手は強いです。油断なさらず」
レナは険しい顔で言う。
「俺が中央を押し潰す。お前は精鋭を率いて左翼から突撃しろ」
西城勇は数の優位を理解し、それを最大限利用するつもりだった。
血掌旗がゆっくり前進する。
旅団側も次々と強化を掛け、迎撃態勢へ入った。
「羅刹教の底力を見せてやれぇぇぇ!!」
西城勇が咆哮する。
複数の狂信者が同時に過負荷を発動し、眩い光の塊となって飛び上がろうとした瞬間―――
「絶! 対! 君! 臨!」
「絶! 対! 君! 臨!」
「絶! 対! 君! 臨!」
「絶! 対! 君! 臨!」
「絶! 対! 君! 臨!」
ドォォォォォン!!
五本の雷光が地面へ叩き落ちた。
天地が揺れ、全員が同時に地面へ倒れ込む。
両軍は一斉に足を止め、攻撃できなくなった。
「止まれ!!」
西城勇は即座に進軍を止め、煙が晴れるのを待つ。
五人のタイラントが黄金の大剣へそれぞれ足を掛け、円陣を組むように宙に留まっていた
その中央――金竜へ騎乗した桐司が、Kanatheonの旗を手に立っている。
「ニフェトギルマスの名において命じる! 全員下がれ!!」
桐司が腕を振り上げて咆哮し、金竜もそれに合わせて唸り声を上げた。
「忌々しいKanatheonめ……」
レナは魔導書の紋章が刻まれたギルド旗を怒りの目で睨みつけた。
…
桐司と五人の暴君は、怒涛の中に置かれた小石のように、二つの潮流を隔てていた。
「おいおい……この場面、想像以上に刺激的じゃねぇか。ははっ!」
五人の暴君は百戦錬磨だったが、百人以上に平原で囲まれた経験はなかった。全員のアドレナリンが跳ね上がり、神経が研ぎ澄まされていく。
「休め!」
白はKanatheonの軍旗を見るなり、影の旅団に武器を下ろすよう命じた。下手な接触で戦闘が始まるのを避けるためだった。
深夜の涼風が吹き抜けるが、草原の空気はますます熱を帯びていく。
「Kanatheonの者ども、さっさと道を開けなさい。拳も刃も、当たってからでは遅いわよ」
レナは長槍で桐司を指し、怒鳴った。
「レナ副長、協定では東西軍は狭道を半歩も越えないと定められています。なぜ兵を率いて東部領域へ踏み込んだのですか?」
桐司はKanatheonの軍旗を掲げ、わざと堂々とした口調で問い返した。
心臓は激しく脈打っていた。だがサーバーのため、ギルドのため……そしてニフェトのために。桐司はこの場へ出て、事態を調停すると決めた。
「さっき羅刹教の本城が毒ガス弾で襲撃され、二十人以上がその場で毒で即死した。あなたたちはなぜ防げなかったの?!」
レナは激怒して言い返す。
「すでに調査員を派遣しています。この件は見た目ほど単純では―――」
桐司は説明しようとした。
「まだ旅団をかばう気?! 協定には、ギルド間戦争を厳禁し、戦力は外部サーバー征討に温存する。あらゆる武力衝突は銀K連合が鎮圧すると書かれているわ。私たちは何度も襲撃された。あなたたちは何の責任を取ったの?! ノクスかパシュスを呼びなさい!」
レナは怒りを爆発させ、同盟の代理ギルマスとの面会を求めた。
「二人は今、対応中です。現在は俺が―――」
桐司は胸を張って言った。
「あなたは何者なの?! 羅刹教に説明できるなら、私たちは自然に退くわ!!」
レナの鋭い声は頂点に達し、かえって冷徹な響き。
西城勇は終始一言も発さず、ただ静かに桐司を見つめていた。
実のところ、今回の出兵はレナの意志ではなかった……西城勇本人の命令だった。
西城勇が襲撃状況を尋ねるたび、レナはあえて事を小さく伝えてきた。衝突を避けるためだった。だが―――今回、本城が爆破されるところを彼はその目で見てしまった。
「俺は……Kanatheon幹部の桐司です。この件は必ず、俺自身がアンドリアとニフェトに報告します。二度と―――」
桐司が答えている途中、西城勇が前方へと身を翻し、大炎の拳を叩き込んだ。
ドン!
火花が四散し、女暴君が横薙ぎの大剣で西城勇の攻撃を受け止める。
「Kanatheonの使者を攻撃するなんて……正気なの?!」
彼女はすでに西城勇の様子がおかしいと察していた。彼が殺気を放った瞬間黒衣を羽織った瞬間、すぐさま桐司の前へ飛び込んだのだ。
桐司の手にあったKanatheonの大旗に火が移り、瞬く間に炎へ呑まれて布切れとなる。
「西城勇様!」
レナと数名の狂信者が慌てて西城勇を引き止めた。
だが彼の顔は氷のように冷たく、宴で見せた間の抜けた姿とはまるで別人だった。
「どけ……」
「早く退いた方がいい……」
レナは目で桐司へ警告した。今夜は必ず血の海になる。
金竜の不安がゆっくりと桐司の胸へ伝わってくる。彼は前方にいる五人の仲間を見つめ、さらに手元の焼け焦げた軍旗を見た。
ここで退けば、Kanatheonの統治の威信は風に消える……
「羅刹教! 今すぐ下がれ!!!」
桐司は軍旗を投げ捨て、熱線騎槍を構えて西城勇へ突きつけながら怒号した。
本当に耐えられるの……? さすがに無茶だよ……




