301 放浪者の終着駅
一団の反乱軍が、農村でNPCを捜索していた――
「ヴァシリは本当に話が通じない。明日は教皇選挙だというのに、それを放っておいて俺たちにNPCを捕まえさせるんだからな」
騎兵長は農村中央の空き地で、捕虜の群れを見張りながら愚痴をこぼした。
「新人もすぐ気づくさ。ヴァシリなんてただの馬鹿だ。黒獅子ギルドこそ、このサーバーの未来だってな……」
騎兵長は馬から下り、愛馬を家の横の木へと繋いだ。
「ねえ、私、黒獅子ギルドの幹部を知ってるの……どうする……?」
女司教が騎兵長と男司教に目配せすると、三人はすぐに察した。
「黒獅子ギルドの枢機卿団は、明日の教皇選挙に備えてプラムスの高級宿にいる。深夜ならお前たちを連れて――おい、貴様! 盗み聞きか?! こっちへ来い!」
女司教は下位メンバーが背後から近づいているのを見つけ、怒鳴りつけた。
「小僧、死にたいのか?!」
騎兵長は図星を突かれた怒りで、慌てて騎士剣を抜き、下位メンバーを殺す勢いで脅した。
「濡れ衣です! 六人がまだ報告に来ていないって知らせたかっただけです!」
魔導士は青ざめて叫んだ。
「それだけ?! ほかに何を聞いたの?!」
女司教は目の前まで詰め寄り、問い詰めた。
「何も! 何も聞いてません! 近づいたところで見つかったんです。盗み聞きするつもりなんてありません!」
魔導士は必死に無実を訴えた。
「俺たちはギルドの機密を話していた。漏れたら取り返しがつかない。やはり――」
騎兵長はすでに黒衣を手にして動こうとしたが、男司教が止めた。
「行かせろ……もう私たちに近づくな……」
男司教が顎をしゃくると、魔導士はすぐに三人から逃げ出した。
「怖くないのか……?」
騎兵長は焦って聞いた。
「殺した方が面倒になる。お前は失踪者を確認しに行け。逃げたのかもしれん」
男司教は苦々しく言った。
「あいつが本当に何も聞いてないことを祈るんだな。でなきゃ、お前の名も出すぞ!」
騎兵長は男司教を睨み、東側の三軒の小屋へ歩いていった。
…
「騎兵長、この二軒はもう調べましたが、何も見つかりませんでした。ただ、この黒木の小屋だけ内側から鍵が掛かっています。伏兵を警戒して、あなたを待っていました」
部下が近づいて報告した。
「分かった。ついて来い」
騎兵長は黒の扉を蹴破った。家の中の窓は黒布で塞がれ、室内は真っ暗だった。
部下たちは松明と武器を掲げ、慎重に中へ入る。角には六つの大きな布袋が積まれていた。
コン、コン。左側の木壁が突然叩かれた。
「外に誰かいるのか?」
騎兵長が聞いた。
「いるはずがありません。この農村はすでに包囲済みです。周りは全部味方です」
部下は驚いて答えた。
コン、コン。
「何の音だ……」
騎兵長は木壁へ近づき、耳を当てて聞いた。
「やあ~」
木壁の向こうから声がした。
次の瞬間、カスターが壁をすり抜けて飛び込み、飛び膝蹴りで騎兵長を倒す。その勢いのまま、彼の首を刺した。
「夢……夢葬者!!」
騎兵長はすぐに傷口を押さえ、部屋の隅へ逃げ込んだ。
「うわああっ!」
部下は逃げ出そうとしたが、カスターに襟首を掴まれて引き止められた。
「まあ、急ぐなよ~」
カスターは微笑み、相手の手にあった松明を消した。
黒木造りの家は再び闇に沈んだ。
…
「騎兵長は短気すぎた。あいつを寝返りに誘うべきじゃなかった……」
男司教は後悔していた。
「そういえば……あいつ、戻るの遅くない……?」
女司教は疑念を抱き始めた。
三人は黒木の屋を見た。だが、中は真っ暗で何の気配もない。
「見に行こう」
男司教は不安になり、部隊を率いて黒木の小屋へ向かった。
「お前たちは外を見張れ。窓から誰か逃げたら即殺せ」
男司教は魔導士たちを外に残し、自分は近接職を連れて屋内へ入った。すると床一面が血の海になっていた。
「散開しろ。待ち伏せに気をつけろ……」
…
その頃、外で待機していた魔導士が背後の気配に気づき、振り返る。すると松美が捕虜の手枷を切っていた。
「おい! 何をしてる?!」
「ありゃ~、見つかっちゃった!」
松美は反乱軍の魔導士たちへ片目をつむって笑い、そのまま逃げ出した。
「早く捕虜を捕まえろ! 司教様に知られたら怒られるぞ!」
魔導士たちは顔色を変え、逃げ出したNPCを追い始めた。
…
屋内の反乱軍たちは角に集まり、大きな布袋から血が滲み出ているのを見つけた。
男司教は部下に布袋を切らせる。すると、中には顔色を失った騎兵長の死体が入っていた。
一同は青ざめ、次々と布袋を切り裂いた。
最後尾にいた騎士の背中へ、突然深々と刃が突き刺さる。
【警告:強制沈黙状態 30秒】
激痛で視界が暗転し、騎士は後ろへ倒れた。カスターはその身体を静かに受け止め、そのまま屋外へ運び出す。あまりにも静かで、前方の者たちは誰一人として気づかなかった。
「全部……失踪した連中だ」
男司教は震え声で言った。
「仮死状態……まさか?!」
女司教は死体についている状態異常を見て息を呑んだ。
「奴か……?!」
男司教は相手が尋常ではない実力者だと悟り始めた。
「撤退よ! 捕虜を連れて今すぐ離れる!」
女司教は男司教の腕を引いて小屋を飛び出した。
だが、外にいた魔導士たちは全員喉を切られ、整然と並べられていた。
「黒邪翼で最も悪名高い狩人……カスター」
女司教は唇を噛み締めた。
生き残った者たちは一塊になり、草木の揺れだけでも怯え始める。
その時、二人の魔導士が屋根へ逃げた松美へ魔法を放っていた。
「何が起きてるの?!」
女司教は怒鳴った。
「そいつが捕虜を逃がしました!」
男魔導士が松美を指差して叫ぶ。
「放っておけ、撤退だ!」
生存者たちは広場へ戻り、残った捕虜を連れて農村を離れ始めた。
「巡回中の狙撃班へ救援を! 旧大聖堂東側の森村で襲撃を受けた!」
女司教は慌てて叫んだ。
だが、背後から返事はない。
彼女は勢いよく振り返る。そこにいたのは重装兵だけだった。男司教は小屋を出た後、音もなく消えていた。
「司教は?! 誰か見た?!」
女司教は泣きそうな声で叫んだ。
重装兵たちは首を振る。
「み……見てません……」
「聖母の頌歌!」
女司教は恐怖で錯乱し、手当たり次第に加護魔法を使いながら隊を率いて農村を飛び出した。
「司教様! 他の連中は待たなくていいんですか?!」
重装兵が怯えた顔で叫ぶ。
「走れ! 早く走れぇ!」
女司教は自分へ加護を重ね掛けし、隊の先頭を全力で駆けた。
隊列はようやく荷車隊まで戻る。
すると、捕らわれていたNPC少女たちが突然悲鳴を上げた。
女司教は驚いて振り返る。
背後には、一人の騎士だけが立っていた。剣を手に、ゆっくりと彼女へ歩いてくる。
「お前、どうやって――――」
女司教が問いかけようとした瞬間、その騎士の顔から黒煙が立ち上り、本来の姿へ戻った。
「やっぱりお前か……カスター……」
女司教は神杖を強く握り締め、最大級の警戒を向けた。
「覚えておけよ~。枢機卿や源魔師みたいな厄介な標的が重装で守られてる時は、まず隊形を崩すんだ。最後に残った奴を仕留めればいい。正面からぶつかるなよ~?」
カスターは女司教を見ながら笑った。だが、その言葉は彼女へ向けたものではなかった。
女司教は返事もできず、相手の動きへ全神経を集中させる。狙撃班が到着するまで耐えれば助かる。
「でも、俺にはあなたの短剣がないよ」
突然、女司教の背後から松美の声がした。
ザシュ―――
不意打ちの一撃が背中へ突き刺さる。女司教は激痛に耐えながら神杖を掲げた。
だが、パシッとカスターに手首を掴まれた。
「だからこそ、立ち回りの感覚がもっと大事なんだよ」
カスターは薄く笑った。
ザシュ。
…
ナスティアたちの部隊は密林を抜け、ニフェトが予測した秘密の草原へ到着した。
加奈は慎重に地面を観察し、雑草の下に途切れ途切れの石畳が続いているのを発見する。
恐る恐る草むらの奥へ進み、突然足を止めた。切裂魔の鎌状の腕で草を掻き分けると、草の下に隠れていた小さな赤い植物を見つける。
「血棉……やっぱりここだった……! おい!! ここだ!!」
加奈は血棉を引き抜いて叫んだ。だが、切裂魔には口がなく、ジジジという音しか出せない。
ナスティアは薔薇水晶の杖を抜き、「魔力共鳴」で地面を探知し始めた。
最初、薔薇水晶の杖は何の反応も示さなかった。だが、荒れた草原の奥へ進むにつれ、杖がわずかに浮き上がり、まるで振動棒のように震え始める。
「この場所……反応が強い………」
カルロフの指揮のもと、五十体近い虫族が一斉に地中を掘り進める。ササヤは静かに涙を流しながら、彼らが地下へ、地下へと進んでいくその後ろ姿を見守っていた。
土は薄茶色から徐々に濃くなり、やがて鮮やかな赤へ変わる。
「ナーナ……見ろ……」
カルロフは赤土を一塊、ナスティアへ放り投げた。
ナスティアが軽く押すと、柔らかな赤土は紅のように指先で崩れた。
「これは辰砂土……高級な錬金素材よ……間違いない……」
それを聞いたササヤは、まるで化石のように固まり、運命の発掘を待ち続けた。カルロフの剣撃と虫族の掘削音が、少しずつ希望へ変わっていく。
幾重もの土層を掘り進めた時、突然、剣先が柔らかな何かへ触れた。
カルロフは大剣を収め、素手で朱色の土を掻き分ける。そして灰白色の木片を掘り出した。
その木片は異様に軽く、指で摘まむだけで粉々に崩れた。
カルロフは慎重に土を払っていく。
すると、自分たちが灰の層の上に立っていると気づいた。
彼は灰の中から青い水晶を拾い上げる。その表面には半月の紋様が刻まれていた。
ナスティアは青水晶をササヤへ渡した。
ササヤはついに耐え切れず、大声で泣き崩れる。
「月神の紋章……ここだった………ここが……私の家だったんだぁ!! うあああっ!!」
ササヤは青水晶を抱き締め、自分がこの世に存在した唯一の証を胸に、地面へ膝をついて号泣した。
虫族たちはすぐに周囲一帯の土を掘り返した。
灰の層は数メートルにも及び、ナスティアの薔薇水晶の杖は、真っ直ぐこの場所を指していた。
「こんな大量の灰……人間ども、月羅族を一人も逃がさなかったんだな……」
加奈は灰を弄り、下に大量の白骨が埋まっているのを見つけた。
カルロフはその言葉を聞き、灰を横へ払う。
すると、深い土の底から淡く発光する巨大な魔法陣が姿を現した。
「これだ……」
ナスティアはついに源を見つけた。
「ここが………大魔導師に選別された場所……」
ササヤは廃墟の上で呟いた。
「どうして………ここの呪文だけ違うの?」
ナスティアは直径数十メートルにも及ぶ巨大魔法陣を細かく調べ、その一角だけ刻まれた呪文が異なっている事に気付く。
「私……ここに立ってた……。これは不死族の呪い……私を蘇らせた原因……」
ササヤは俯いて答えた。
「どうしてササヤだけを不死族にしたの?! それじゃ魔法陣が完成しないじゃない!」
ナスティアは驚愕した。
「私も……分からない……」
「これを壊せば、お前は解放されるのか?」
松美は切なそうに尋ねた。
ササヤは静かに頷く。
「一つだけ……わがままを言ってもいいですか?」
誰一人迷わず頷いた。
「私の家……南東のすぐ近くなんです……。最後に、一度だけ帰ってもいいですか……?」
ササヤは唇を噛み、涙を堪えながら願った。
虫族たちは即座に周囲の土を掘り払い、一帯は焼け焦げた木材の山へ変わる。
ササヤはふらつく足取りで焦木へ近づいた。
足元では灰が舞い上がり、静かに漂う。
彼女はゆっくりしゃがみ込み、隅を丁寧に掘り始めた。
やがて、一つの古い鉄の置物を掘り出す。
鉄で作られた、小さな四人家族の置物だった。
ササヤは桃色の瞳を震わせ、大粒の涙をぽたぽたと鉄細工へ落とす。涙が泥を洗い流していく。
「お母さん………帰ってきたよぉ……うぅ……」
ササヤは土坑の隅で身体を丸め、声を上げて泣き崩れた。
プレイヤーたちも虫族も静まり返り、ただ黙って待ち続ける。
家族との別れを終えたササヤは、再び魔法陣の上へ戻り、呪いを解こうとした。
数百年に及ぶ、孤独な放浪の果てに……彼女はついに、我が家へと帰り着いた。
「ありがとう……勇者様……」
ササヤは涙を流しながら、自ら松美へ抱きついた。
松美の鼻先は赤くなっていた。ほんの数日だったのに、別れが辛い。
「さよなら、いい子だったよ」
ナスティアは静かに溜息を吐き、薔薇水晶の杖を魔法陣へ突き刺した。
魔法陣は瞬時に強烈な光を放ち、そのまま光の粒となって崩れ始める。
【十二の月が集う時、古の封印は解き放たれる。
異世界の力は解放され、裏切りし者たちは裁きを受ける。
信仰を取り戻すか、異端へ堕ちるか。それが世界の運命を決める】
ササヤが突然そう告げた。
ナスティアは動きを止め、呆然とササヤを見る。
「古の封印って何なの?!」
「万魔殿……」
ササヤは答えた。
「万魔殿って……魔女の神殿の事じゃない?!」
全員が同時に叫ぶ。
「ササヤ! お前、万魔殿へ連れて行かれたのか?! 場所はどこだ?!」
松美は即座に問い詰めた。
「地下深く……詳しい場所は分からない……。でも、湿った道を通って……暗い森を抜けた……。あと……壁にエルフの文字が刻まれてたのを覚えてる……」
ササヤは答えた。
「他には?! 魔女を見たのか?!」
ナスティアがさらに問いかける。
「時間が………もう………お母さん? 本当にお母さんなの? 弟も! 今行くね…………………」
ササヤは魔法陣の光塵と共に消えていった。
その場には、白布で縛られた一体の骸骨だけが泥の上に残されていた。
彼らは地面に残された骸骨を呆然と見つめた。
ササヤの、あの珍しい笑顔が誰の脳裏からも離れない。
松美はそっと骸骨を拾い上げる。
【システムメッセージ: 最後の生贄——ササヤの骸を入手】
「ササヤ………」
松美は骸骨を見つめ、胸の奥に静かな怒りを燃やした。
…
「十二の月が集う時、古の封印は解き放たれる。
異世界の力は解放され、裏切りし者たちは裁きを受ける――」
ニフェトはその言葉を繰り返し、六口弥生と即座に視線を交わした。
「異世界への転送門………俺たちが本体を転送してきた場所!!」
ササヤ、どうか安らかに眠ってくれ……
次章、一触即発の危機! 乞うご期待!




