300 血綿の地
深夜――
「三匹で止められるな」
プレイヤーたちはモニター前へ集まり、賭けをしていた。
「いや、五匹だろ」
別のギルドメンバーが首を振る。
「十匹!」
最後の一人は断言し、革袋へ千竜貨を追加した。
「来るぞ、準備!」
六口弥生はシステム時間のカウントダウンを見つめていた。
「うあああああああああッ!!!!!!」
夜の森へ悲痛な絶叫が響き渡り、ササヤは四肢の長い血屍へと変貌した。
五匹の原基虫が即座に包囲し、力ずくで行動範囲を抑え込もうとする。
ササヤは迷わず迎撃した。最初の一撃で原基虫の前脚を引き裂く。
彼女は虫群の後方へ跳躍すると、一瞬で踏み込み、腕を原基虫の背後から貫通させた。そして灰白色の内臓をまとめて引きずり出す。
「噛め! 遠慮すんな!」
プレイヤーたちは競技観戦でもするように、虫族がササヤを包囲する様子を眺めていた。
血飛沫が飛び散る凄惨な光景は強烈な刺激となり、歓声が次々と上がる。
「グアアアアアッ!!」
ササヤは両腕の鉤爪を広げ、押し寄せる虫の群れへ突撃した。そして一時間にも及ぶ虐殺が始まった。
…
「結果は五十八体……。明らかに武力では倒せないよう設計されてるわね」
六口弥生は結論を出した。
「違う。変身後は悪魔の力を宿した状態になってる。聖職者なら、その状態自体を封印できるはず。少なくとも戦闘力は弱体化する」
かみこ(カミコ)が言った。
「そもそも虫族自体に悪魔属性があるの。でも今まで一度もシナリオで触れられていない。もしかすると、この設定自体に何か隠された意味があるのかもしれないわね」
六口弥生は眉をひそめた。
…
「ササヤ、君の言ってた茶色い綿花って、どんな茶色なの?」
松美は笑いながら尋ねた。
彼は地面へ色鮮やかな果物を何十種類も並べる。
ササヤは困った顔をし、空中で指を迷わせながらも、どれを選べばいいのか分からなかった。
「一番近い色の果物を選ばせて」
ニフェトが会長らしい口調で指示する。
ササヤは淡い色の果物を取り除き、濃い赤や濃い緑のリンゴだけを残した。
「うーん……やっぱり色覚異常みたいね」
ニフェトは腕を組み、考え込む。
「なら簡単じゃない? ワスティン大聖堂とプラムス周辺で赤か緑の綿花樹を探せば、村が見つかるってことでしょ?」
六口弥生は、なぜニフェトが悩んでいるのか理解できなかった。
「彼女の目には、緑も赤も同じ茶色に見えてるはず。
問題は……どうして彼女が“緑色に光る蝶”って言ったのかよ」
ニフェトは意味深に六口弥生を見た。
「そ……そうだ! 彼女には緑という概念自体がないはず!」
「松美、その緑色の果物を見せて。一番薄い色と一番濃い色を選ばせてみて」
ニフェトが言った。
【一番濃いのはこれ……。でも、一番薄いのは……え? 違いあるの……?】
結果、ササヤは一番濃いリンゴは選べたが、一番薄い方は選べなかった。
「この二つのリンゴ、違って見える?」
松美は赤リンゴと青リンゴをササヤの前へ並べて聞いた。
ササヤは首を横に振る。
「もしかして……その蝶、絶滅したんじゃなくて、最初から存在してなかったんじゃない?」
六口弥生は逆転の発想で口にした。
制御室大広間は一瞬で静まり返り、全員が六口弥生を見る。
「一樹が他職にはない隠し視界で自然元素を見ているのと、同じケースかもしれないわ」
「つまり彼女には特殊な知覚があるってこと?」
ニフェトは二つの話が繋がらなかった。
「その特殊性こそが、彼女が選ばれた理由なんじゃ?」
一人のギルドメンバーが不意に口を挟む。
「…………………………」
全員が黙り込んだ。
「彼女が選ばれた理由……。大魔導師が彼女へ手を向けた……つまり魔力に特殊反応を示したってこと?」
ニフェトは、ササヤが魔導士に選別された後、あの浄化儀式へ連れて行かれたことを思い出した。
「……詳しく調べる必要がありそうね。今いる中で最強の魔導士に——」
六口弥生は険しい顔で言った。
…
「魔力の流れ?」
ナスティアは不思議そうに首を傾げた。聞いたことのない言葉だった。
「うん。たとえば、俺にはここに~」
一樹は彼女の耳たぶを優しく撫でる。
「~美女が見える」
彼は調子に乗ってナスティアをからかい、彼女がクスリと笑ったのを見届けてから言葉を続けた。
「空気の中には赤、緑、青の自然元素が漂ってる。俺は普段、それを組み合わせて天候を変えてるんだ。源魔師の視界にも似たようなものって見えるの?」
「いや、私の視界は普通のプレイヤーと同じよ。変な映像なんて見えたことないわ。
でも、魔源の禁書で一つ気になるスキルツリーを見たことがある――破魔師。破魔師の能力は全部、“魔導士殺し”に特化してる。敵の魔力や術式を感知し、自動で逆唱して魔法を打ち消す。それどころか、相手の魔法を暴走させて自爆まで引き起こせるの。私はずっと、それが源魔師の五次職だと思ってた」
ナスティアは、驚くほど重要な情報を共有した。
加奈は即座に耳をそばだてた。あと少しで魔法アカデミーのギルマスと親しくなれそうで、魔源の禁書を借りて四次職になれるところだったのだ。
「じゃあ、ナスティアも似たようなスキル持ってるのか!?」
一樹は目を輝かせて尋ねた。
「ちょっと見てみるわね……」
ナスティアは長大なスキル一覧を開き、空中のウィンドウをフリックしていく。
二分経っても終わりが見えない。魔導士系スキルの数は、全職中でも圧倒的だった。
「あ~、あった。『魔力共鳴』。周囲に残留する魔力を探知して、敵の魔法罠を見つけるスキルね。かなり使いづらいわ。実戦中にのんびり共鳴なんてしてる暇ないもの」
ナスティアは苦笑した。
「それだ! すぐプラムス周辺へ向かって、強い残留魔力がある場所を探そう!」
一樹は嬉しそうに叫ぶ。
「月羅族の村跡に残留魔力があるって思ってるの? でも地下に魔力が残ってるなんて珍しくもないわよ。たとえば土に埋まったアンデッドだって、魔力共鳴に反応するし」
「いや! もう場所は絞れてるんだ!」
一樹は自信満々に笑った。
「そんな馬鹿な……。あの情報だけじゃ何の手掛かりにも――」
「違う! 俺たちは月羅族が色覚異常だって突き止めた! それにムー大陸に緑色の綿花なんて存在しない。あるのは赤い血綿だけだ。
そして、ワスティン大聖堂とプラムス周辺で血綿が生えてる場所は一か所しかない――ここだ!」
一樹はナスティアの地図上にある、密林の中の小さな草地を正確に指差した。
ナスティアは信じられない思いでそれを見つめ、本サーバーのプレイヤーたちの能力に密かに感心する。
そして意味深に微笑んだ。
「すごいわね。でも、あなたたちはまだ一番重要な“異世界転移門”を見つけてないわ」
…
プラムス――
「ヴァシリ様、明日には教皇が選出されます。しかし聖白花大聖堂の枢機卿団は、もはや我々の支配下にありません。もし正式に教皇が誕生すれば、教廷への支配権を完全に失います!」
一人の枢機卿が不安げに訴えた。
「私が恐れているのはそこではない。教皇が誕生すれば、“神の恩賜”が再びムー大陸を祝福し、均衡の力を取り戻すかもしれん。そうなれば異端の魔巫王を召喚できなくなる」
ヴァシリは眉をひそめた。
「ヴァシリ様、それは所詮伝説です。それに、“鍵を持つ者”を見つけたところで扉を開けられるだけでしょう? あなたは巫王を召喚する方法すら知らない。そもそも、その扉がどこにあるのかも不明です。諦めてください。今は教廷を取り戻すべきです! 教皇を操れれば、プラムスを拠点に我々のサーバーを再建できます!」
枢機卿は焦ったように説得した。
「駄目だ! 遅すぎる! 私は巫王の力で、反対勢力をすべて踏み潰す!」
独善的なヴァシリは、まるで聞く耳を持たなかった。
枢機卿は内心でため息をつき、黒獅子軍へ加わる考えが頭をよぎり始めた。
…
「ササヤ~」
松美はすでに彼女と親しくなっており、声を聞くだけで駆け寄ってきた。
「出発するよ」
松美は笑った。
【どこへ?】
ササヤは嬉しそうに尋ねる。
「帰るんだよ……家へ」
松美は優しくササヤの頭を撫でた。
ササヤは“家”という言葉を聞いた瞬間、喉を詰まらせた。
嬉し涙を流しながら、何度も力強く頷く。
そして松美と共に歩き出した。
二人はナスティアの部隊へ合流し、幽語の森を後にする。
「彼女……本当に大丈夫なの?」
ナスティアは道中、何度も振り返ってササヤを盗み見た。
「安心してください。変身するのは深夜だけです。それ以外は優しい少女ですよ」
萌僧は黄皮のゴブリンを使いながら答えた。
「アンデッドと一緒に行動するなんて……ラロ神に怒られるよ……」
ニーナは不安そうに呟く。
「安心しろ。ラロはとっくにそのアンデッドへ罰を与えてるさ」
カスターは軽薄そうに笑った。
「どんな罰?」
ニーナは興味津々で聞く。
「数百年前、ラロは人間を送り込んで、彼女の一族を虐殺した。
母親は目の前で陵辱され、弟は首を斬られた。
俺たちは今、その家族を埋葬するために故郷へ連れて帰ってるんだよ~」
カスターはニーナの耳元へ顔を寄せ、嘲るように囁いた。
ニーナは青ざめ、言葉を失う。
ナスティアは即座にカスターを蹴り飛ばした。
「ニーナを怖がらせないでよ!」
…
部隊はゆっくりと、血綿花の群生地へと近づいていく。
やがて主要街道を避け、小道へ入った。そして途中、炎上するNPCの農村を通りかかる。
複数の衛兵が略奪と虐殺を行い、大勢のNPC少女たちを捕らえていた。
一行はすぐに森へ身を隠し、様子を窺う。
「前方の雑魚を、お掃除しましょうか?」
セランは切裂魔の身体を操作しながら、隊列中央へ現れて尋ねた。
「……全員殺そう」
松美は眉をひそめて言う。
「了解、では――」
セランが動こうとした瞬間、カスターが呼び止めた。
「おい、そこのお前。やってみるか?」
カスターは松美へ手招きした。
「どういう意味?」
松美は驚いて聞き返す。
「虫族でこの二十人を殺すとか退屈すぎるだろ。
俺、暇すぎて死にそうなんだ。せっかくだし、一緒に“芸術”を研究しないか?」
カスターは短剣を人差し指で回しながら、ニヤリと眉を上げた。
松美は嬉しそうに笑い、なまくらの短剣を抜く。
「望むところだ!」
危うくて、それでいて美しい何かが、今にも始まろうとしている──(笑)




