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見えない魔王——歪みきった征服ゲーム  作者: 純白
【第二部】 第二十二章——冷戦
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287 見えない毒

カチャ……カチャ……


「キ……キティ様……」

薄暗い地下牢で、一人の団員がキティの部屋の扉を叩いた。


返事はない。


ガチャ、ギィィ――

鉄扉がゆっくり開くと、鼻を突く化学薬品の酸臭が一気に地下牢へ広がった。


扉の奥の闇の中から、一対の血のような目が彼を見つめている。


「キティ様。鉄耳山脈の入口と山道で、不審な死体が発見されました。火野良様は、これ以上団員に被害が出ないよう、調査をお願いしたいとのことです」

団員は早口で一気に言い切り、この場から一秒でも早く離れようとしていた。


血の目がゆっくり瞬きし、ただ黙って彼を見つめ続ける。


「も……問題なければ、自分はこれで……」

団員は口実を作り、すぐ逃げようとした。


「待ちなさい――」

扉の奥から、キティのしゃがれた声が響き、団員は怯えて足早に去ろうとする。


その瞬間、浮き上がった石畳を踏み抜いた。


周囲の壁穴から黄色い麻酔毒ガスが一斉に噴き出し、団員はその場で気絶した。


地下牢に、鎖を引きずるジャラジャラという音が響く。

キティは鎖鎌を持ち、気絶した団員へ近づいた。


「チッ、弓使いか」

キティは失望したように呟く。


闇の中からひょっこりと姿を現したマイロが、キティの声がしゃがれている理由をついに口にした。

「弓使いでもいいでしょ~。じゃなきゃ毎回、自分で薬を試すことになる。いつか本当に声が潰れるわよ」


「いや、いや、あいつを殺したら面倒になるだけだ。火野良への余計な言い訳はしたくないしな。それに、あいつは悪くない男だしね」

キティは笑いながら、弓使いの両足を麻縄で縛った。


「アンドリア以外を三回も褒めたことなんてなかったのに。火野良はもう二回目よ。もしかして惚れた?」

マイロは意地悪そうに笑った。


「まさか~。もし本当だったら、それはそれで面白そうだけどねぇ!」

キティは大きく口を裂くように笑い、鎖鎌を撫でながら不気味に笑った。


「早く行って早く戻ってきなさい。できれば一人、生け捕りにして連れてきて」

マイロはそう言うと、地下室の鉄扉を閉めた。


「面白そう、だよねぇ~」

キティは笑いながら繰り返し、弓使いを地上へ引きずっていった。


「あの死体はあそこです~」

団員はキティを森の脇の草むらへ案内し、膨れ上がった腐乱死体を指差した。


キティは死体に触れようとせず、慣れた様子で死体の周囲を歩き回り、周辺に怪しい痕跡がないか確認する。


案の定、死体に結ばれた黒い髪紐を見つけた。

それは木の裏へと伸びている。


キティは鎖鎌を抜き、透明化して木の裏へ瞬時に回り込んだ――しかし誰もいない。


彼女は慎重に黒紐を切断し、ようやく死体の調査に取り掛かる。


「道の真ん中まで運んで」

キティがそう告げるが、団員は恐怖のあまりそれが自分への命令だと気づかず、その場に立ち尽くしていた。


「運んでぇ~?」

キティは笑いながら死体へ向けて両手を広げ、団員を招くようにお辞儀した。

団員は青ざめ、慌てて死体へ飛びつく。


キティはすでに影の旅団の最重要人物となっており、その威圧感は火野良すら上回っていた。


火野良とハク以外、誰もキティとまともに会おうとせず、皆彼女を避けていた。


キティは鼻に薬膏を塗り、毒素を吸い込まないようにしてから、死体の横へしゃがみ込み解剖を始める。


鎖鎌で腹を裂いた瞬間、腐った肉とカビ臭さが一気に噴き出し、団員は吐きそうになる。

だが彼女はすでに死臭に慣れ切っており、集中したまま解剖を続けた。


手際よく作業を進め、ついに胃袋の中から緑色の気泡を発見する。


キティは鎖鎌をしまい、黒く崩れた肉へ慎重に指を差し込み、気泡を掘り出して掌の上で観察した。


「そ、それは……?」

団員は驚いて尋ねる。


「前の二件と同じなら、新しい気体型麻酔薬ね。混合されてる毒素自体はよくあるものだけど……今回は少し青寄り……」

キティは眉をひそめ、その気泡の中に未確認の毒素を見つけた。


「はい、持ってて~」

キティは気泡を団員の前へ差し出した。


団員は慌てて息を止め、顔を真っ赤にしながら、指先でそっと気泡を摘まむ。


プシュッ――


ひんやりした生臭いガスが顔に吹きかかった。


団員は驚いて振り返る。

すると数メートル先に立つキティが、小針を投げて気泡を破裂させていた。


団員の全身は瞬時に赤く染まり、涙が滝のように溢れ、そのまま地面へ倒れて昏倒した。


キティは悠然と草むらへ歩み寄ると、巨大な葉を一枚摘み取り、緑色のガスを払い散らしながら団員の観察を始めた。


「皮膚の紅潮、涙腺暴走、HP……減少なし。たぶん、兎牙蝙蝠の唾液……」

キティは考え込み、自分の毒物ノートを取り出して調べ始めた。



「キティ、グズの黒森へ行くのか!?」

火野良は驚いて尋ねた。


「うん」


「理由は分からないけど、最近ずっと羅刹教がうちを狙ってる。黒森はちょうど羅刹教の縄張りの境界付近だし、危険すぎるよ」

ハクはキティを止めようとする。


「毒素は毒物から直接採取するしかない。兎牙蝙蝠みたいな、経験値もドロップアイテムも無い魔物は誰も狩らない。つまり毒液も市場に出回らない。黒森なら、もっと手掛かりが見つかるはず」

キティは答えた。


「影鬼を一隊、お前に同行させようか?」

火野良は提案する。


「なに? 私じゃ任務を果たせないとでも?」

キティは眉をひそめた。


「違うよキティ。お前の能力を疑ったことなんて一度もない。今のお前は、もう影の旅団にとって重要な存在なんだ。俺もハクも、こんな小事で危険を冒してほしくないだけだ」

火野良は困ったように言った。


「ふふふ……心配してくれてるの?」

キティは眉を軽く吊り上げ、笑って尋ねた。


「君の毒物ノートを暗殺者たちに貸してくれれば、代わりに兎牙蝙蝠の巣穴を探せるだろ!」

ハクはさらに提案した。


「無理。毒物ノートは毒剤師が自分で毒を研究しながら積み上げた結晶。私の声帯がこんな風になったのも、この経典のせい。誰にも貸さない」


「……分かった。この件はもう追わない」

火野良は眉をひそめ、決断した。


キティとハクは同時に驚いて火野良を見る。


「死体は前から出続けてる。それに毒性もどんどん強くなってる。相手の毒学知識は、たぶん四次職レベル。私でも解毒できない毒を作ってくるかもしれない」

キティは険しい顔で言った。


「それに、ようやくプラムス周辺の小ギルドと交易関係を築き始めたところだ。流通路を潰されたら信用問題になる」

ハクも火野良へ追跡を勧める。


「いや。俺はキティを危険な場所へ置かないと決めた」

火野良の意思は固かった。


キティは唇を尖らせ、笑っているのか怒っているのか分からない表情で火野良を見る。


「火野良~、君ってさぁ――――」

ハクは頭を抱えながら言った。


キティは三本の赤い布を火野良へ投げ渡す。


「羅刹教徒の印? どこで手に入れた?」


「死体の近くで拾った。この件、少なからず奴らと関係してる」


「まさか羅刹教、わざと騒ぎを起こして俺たちを誘ってるのか?」

ハクは赤布を見つめながら考え込む。


「手口が雑すぎる。西城勇はこんな愚かな男じゃない。一度戦えば分かる」

火野良は眉を寄せた。


「大事って、小さな始まりから生まれるものだよ」

キティは緑色の毒泡を取り出し、二人を脅かすように見せつけた。


「火野良、この件は放っておけない」

ハクは重い声で言う。


火野良は赤布を見つめ、深く息を吐いた。


「……分かったよ、キティ。ただし条件が一つ。ステータスをオンラインにしておけ。せめて転送くらいはできるようにな」


【システムメッセージ: フレンド キティ ログイン】


「ほ・か・に・ご・要・望・は?」

キティはわざとらしく小首を傾げ、妖しく微笑んだ。


火野良とハクは顔を見合わせる。


「ついでに羅刹教の動きも探ってこい」

火野良は言った。


「殺していい?」


「ダメ! 絶対に羅刹教と交戦するな!」

ハクは即座に釘を刺した。


「あなたたちの期待に応えてあげる……」

キティは微笑み、ギルドホールを後にする。


彼女は静かに鉄扉を開き、振り返って火野良を見つめた。


「良い報告を期待しててね……いい男……」



教皇都市の私有庭園――――


「わぁっ、荒道一狼! これ見て!」

柑々は教皇都市オークションの帳簿を開き、声を上げた。


「旦那様って呼べって言ったのに、まだ言わないのか?」

荒道一狼は後ろから柑々を抱き寄せ、笑った。


「今はそれどころじゃないって、ほら!」

柑々は帳簿を荒道一狼へ押しつける。


「月光木、卵花木、熱松、鉄葉柏、紅魔鉱……」

荒道一狼は眉をひそめて考え込む。


「でしょ!? 値段が四倍まで跳ね上がってるの! 急いで北の森へ伐採に行こうよ!」

柑々は大喜びした。


「愛しい人よ~、価格が急騰した時点で大量のプレイヤーが供給に動く。今さら伐採しても、最初の利益には間に合わないさ」

荒道一狼は笑った。


彼は帳簿を閉じ、柑々へ微笑みかける。

その瞬間、すべてを見抜いていた。


「じゃあ、今回の金儲けのチャンスは諦めるの?」

柑々はがっかりし、不満そうに荒道一狼の腕へ抱きついて甘えた。


「愛しい人よ~。経済ってのは因果を見るんだ。価格高騰は何を意味する?」

荒道一狼は問い返し、辛抱強く柑々に教える。


「需要が増えた?」


「その通り~。じゃあ、なんで需要が増えたんだ?」


「知らないよぉ……森林減少? 人類が環境破壊して木を伐採しすぎたとか?」


「うーん……違うな。急に特定素材だけ高騰する時は、必ず共通点がある」

荒道一狼は苦笑した。


「共通点? 全部木材だよね? あと紅魔鉱」

柑々はすぐ答えたが、まだ首を傾げている。


「これらは全部、逆十字武器とスタミナ増幅アクセサリーの素材だ。つまり狂信者の定番装備ってこと」

荒道一狼は丁寧に説明した。


「そっか!!! でも……原因が分かっても、お金は稼げないじゃん……」

柑々はまた眉を下げ、自分の薄っぺらい財布を思って落ち込む。


「愛しい人よ~。異端者ってのは元々マイナー職だ。そんな職の素材需要が急激に市場価格を動かすほど増えると思うか?」

荒道一狼は人差し指で自分の頭を叩き、柑々に考えさせる。


「つまり、昔からいる狂信者プレイヤーたちが大量に武器素材を買い込んでるってこと?」


「正解。じゃあ誰か分かったか?」

荒道一狼は期待するように言った。


柑々は必死に考え込み、耳から脳みそが焼けたような黒煙を噴き出す。


「羅刹教だ」

荒道一狼は鼻で笑い、自分の髭を撫でた。


柑々はようやく気づく。


「つまり羅刹教は、影の旅団へ大規模侵攻する準備をしてる。だから装備強化のために素材を買い漁ってるんだ。愛しい人よ~、もし稼ぎたいなら何を買うべきだと思う?」

荒道一狼はさらに問いかけた。


「鉄系素材? 影の旅団って剣士系が多いし、装備も鉄中心だから!」

柑々は嬉しそうに答えた。


「ハッ! さすが俺のハニーだ~。だが不正解! 奴らは鉄耳山脈を持ってる。鉄なんて買う必要あるか? バカめ。買うなら黄魔鉱だ。物理防御を上げる鉱石が絶対必要になる」

荒道一狼はそれ以上引っ張らず、答えを明かした。


柑々は感服しきりで、何度も拍手する。


「じゃあ伐採班を止めてくる!」


「早いな。誰を行かせたんだ?」

荒道一狼は軽く笑いながら尋ねた。


柑々は瞬時に顔面蒼白になる。

その反応だけで荒道一狼には答えが分かった。


「またあいつ、お前につきまとってるのか?」

荒道一狼の声は一気に冷え込み、さっきまでの優しさは跡形もなく消え去った。


「でも……ずっと私を守ってくれてたし、何度も助けてくれたの!」

柑々は慌てて雨間刻を庇った。


「交流するなとは言わない。だが、妙な期待を持たせるな。俺から直接釘を刺そうか?」

荒道一狼は左腕に力を込め、白い机をバキバキと軋ませた。

今にも砕けそうだ。


「だ、大丈夫! ちゃんと気をつけるから!」

柑々は急いで荒道一狼を宥め、そのまま密信を書き続ける。


「で、黄魔鉱だよね~黄魔鉱! どこで採れるの?」


「グズ周辺だ。あとは自分で探させろ」

荒道一狼は明らかに雨間刻へ嫌がらせするつもりで、鉱山の場所までは教えなかった。


柑々は頬を膨らませながら、再び書き続ける。


【密信 柑々:雨間君~もう伐採しなくて大丈夫だよ~。グズで黄魔鉱を採掘してきてくれない? ――05分前】


「…………はぁ」

雨間刻は木斧をしまい、百本以上の木材を地面へ投げ捨て、落ち込みながらNPC労働者たちを連れてグズへ向かった。



一体、どっちが嘘をついているんでしょうか……?

皆さんはどちらの言葉を信じますか?

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