245 「……事実って、完璧じゃないから」
彼らは我先にと飛び出し、やがて大広間は空になった。残ったのは柑々、荒道一狼、そして雨間刻の三人だけ。
柑々は二つの溶岩に挟まれたような状況に立たされ、少しでも誤れば逃げ場はない。
「さあ、座れ」荒道一狼は雨間刻を誘う。
今夜で決着をつける――そう決めていた雨間刻は、ゆっくりと腰を下ろした。
「柑々が好きなんだろう」荒道一狼は単刀直入に言う。
「……ああ」雨間刻はためらいなく認めた。
柑々は一瞬で顔を赤くし、うつむいた。
「お前は忠実だ。柑々のことでは常に一歩引いてきたし、公私も分けていた。だが今日は違う。私怨を外交の場に持ち込んだ。最後の一度だけは見逃してやるが――覚えておけ。柑々はすでにゲーム内で俺様と結婚することを承諾し、現実でも付き合うことになった」荒道一狼は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「結婚だと?!」雨間刻は勢いよく立ち上がり、怒りと驚きに満ちた声で叫んだ。
「知らなかったのか?」荒道一狼は違和感を覚え、すぐに口を閉ざす。
柑々もまた困惑する。なぜ彼が荒道一狼のデザートにそこまで執着していたのか。
「このまま想い続けるか、それとも俺様とやり合うか?」荒道一狼が問う。
「やる。命を懸けて」雨間刻は黒槍を取り出し、ドンと床に突き刺した。
「もうあなたのことは断ったはず……それでいいの……雨間君……」柑々は眉を寄せて問いかける。
「お前には、もっとふさわしい守り手がいる。このクズじゃない」雨間刻は騎槍を荒道一狼へ向け、言い放った。
「ハッ。俺様よりも、お前のほうが柑々と一緒にいる資格があるとでも?」
「俺は柑々を一度も欺いたことがない。お前はどうだ?」雨間刻は鋭い視線で突き刺すように言い放つ。
「誓うなんて子供じみたことを……」荒道一狼は嘲笑し、話題を逸らそうとする。
「誓え。柑々のフレンドリストが削除された事実を、お前は隠していないと」雨間刻は真っ直ぐに踏み込む一撃を放った。荒道一狼は言葉を失い、ついに真実を口にする。
「そうだ、俺様が削除した。あいつが他のメンバーと連絡できないようにして、俺様と一緒に放浪するしかないようにした!」
「でたらめだ、証拠は?!」荒道一狼は納得できず立ち上がり、再び濃い火花を散らす。
「この間、Kanatheonの連中と話をつけてきた。六口弥生が暴走して真子と戦っていた時、そんなことをする余裕なんてなかったってな!」雨間刻は一言一言、力強く言い切る。
「一方的な話だ、ふざけるな!これ以上デタラメを言うなら叩き潰す!」荒道一狼は激怒し、体から金色の光を噴き上げた。
「それが……あなたの言う真実なの……」柑々はうつむき、乾いた笑みを浮かべる。
「信じるな、ハニー!俺様とここまで一緒にやってきただろう、信じられないのか?!」荒道一狼は焦って叫ぶ。
「柑々、俺の言っていることは全部本当だ!」雨間刻はさらに一歩踏み出す。
「ちょっと……悔しいな……」柑々は苦笑し、涙をぽろぽろと頬に流した。
「柑々!惑わされるな!」荒道一狼は怒号とともに拳を振り抜くが、雨間刻に片手で止められる。
二人は激しくぶつかり合い、瞬く間にいくつものテーブルが砕け散った。
「真実……ちょっと、綺麗すぎるよね」柑々は涙をにじませ、苦い笑みを浮かべる。
その様子に二人ははっとし、戦いを止めて柑々のもとへ戻った。
「柑々様、俺と来てください!」雨間刻は手を伸ばし、柑々の腕を掴もうとする。
荒道一狼は即座に両拳を振りかざし、雨間刻を吹き飛ばそうとした――その瞬間、柑々が雨間刻の前に立ちはだかった。
荒道一狼は咄嗟に力を引き、強烈な風圧だけが彼女の髪を揺らす。
「柑々、お前……」
「見ただろう?“彼女のため”なんて言いながら、結局は自分のものにしたいだけなんだ!」雨間刻は胸の内で歓喜し、一歩踏み出して柑々の隣に立つ。
荒道一狼は一瞬で孤立した。
「柑々……俺様を信じないのか?」
「荒道一狼……自分がすごいと思ってるでしょ?」柑々は静かに問う。
「………………」荒道一狼は言葉を失い、ただ彼女を見つめる。
「うん、確かにすごいよ。でもね、嘘をつくのは下手だよ。私でも分かるくらい」柑々は、どこか寂しげな笑みを浮かべる。
「聞いただろう、荒道一狼!柑々だって――」雨間刻は言いかけて、違和感に気づく。
「分かってた……のか?」荒道一狼は驚いて問い返す。
「前に六口弥生に教皇都市の運営を手伝ってほしいって頼まれた時、初めてちゃんと話したの。悪い人には見えなかった。それにニフェトも、六口弥生は私のフレンドを削除していないって直接教えてくれた」柑々は静かに語る。
「三人の中で残るのは真子だけ。でも、あの子がそんなことするわけない。だから……」柑々は微笑み、荒道一狼を見つめた。
「つまり……最初から……俺様がやったって分かっていたのか?」荒道一狼は動揺し、言葉を詰まらせる。
「鈍いだけで、バカじゃないよ」柑々は苦く笑った。
「それで……どうして……俺様と……」荒道一狼は初めて、自分に理解できない相手がいると気づいた。
「だって……事実って、完璧じゃないから」柑々は感慨深く微笑み、涙を拭って雨間刻を見つめた。
「事実が……完璧じゃない?」雨間刻も問い返す。
「事実はね……私、一狼と一緒にいると楽しいの。それも事実。彼が私のフレンドを削除したのも事実。でも……彼を好きになったのも、やっぱり事実なの。だから……事実って、完璧じゃないんだよ」柑々は首を振り、苦く笑った。
――事実は、どれだけ雨間刻が努力しても、どれだけ荒道一狼より優れていても、彼の代わりにはなれないということ。
その言葉は、雨間刻にとって雷に打たれたような衝撃だった。怒りと混乱のまま足元を崩し、その場に倒れ込む。まるで重力のない暗黒の渦に落ちるように、魂ごと飲み込まれていく。
「ごめんね……雨間君……あなたの気持ちには応えられない……」柑々は胸の前で手を組み、真っ直ぐに告げた。
雨間刻はふらりと立ち上がり、ぼんやりと柑々を見つめる。やがて何も言わず、足を引きずるようにして静かに店を後にした――ここはもう、自分の居場所ではない。
二人はその背中を見送り、しばらく言葉を失う。
「柑……」荒道一狼が口を開きかけた瞬間、柑々は自分から彼の胸に飛び込んだ。
「何も言わないで……もう、どうでもいいから」
「……」
「でも、あとでちゃんとツケは払ってもらうからね!」
柑々は不意に荒道一狼の胸元をつかみ、思いきりつねった。
「うわあああ!!!」
皆ならどっちを選ぶ? 雨間くんか、それとも一狼か?
柑柑が不憫すぎる……




