第14話『思うようにならず、いらだたしい。じれったい。』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 首都中央広場】
<AM09:38>
人混みの中で人を探すのは容易ではない。しかしビスマルクは他者よりもその点は優れているだろう。巨体が多いスコルイヴィー星人を含めて一般人より頭一つ抜けた背丈の彼が少し顎を上げれば、周囲を見回せるからだ。
ビスマルクは朝日を遮るように額に手をかざしながら少し心配そうに口を開いた。
「大丈夫かのぉ兄貴は」
ボソッと告げたつもりだったが、上品な佇まいで彼の隣に立つイレイナは腕に嵌めこんだ端末を操作しながらも聞き逃していなかった。
「端末の位置情報は近いんですが……殿下に何かあったらすべて終わりです。早く見つけないと」
聞かれていた驚きよりも自身と違う心配をするイレイナにビスマルクは思わず口角を上げてイレイナを見下ろした。
「そうじゃのうて帰ったら姐さんにブチ殺されるかもしれん。姐さんがキレたらオラだけじゃ止めきれんからのぉ」
最近のシャインは戦略的な部分でしか行動を控えている。しかし忘れてはならない。ダンジョウと同時に幼少期からビスマルクにトレーニングメニューを課していたのは彼女であり、ビスマルクですら当時は手も足も出なかったのだ。今の自分なら対一戦闘であれば彼女と渡り合う事は可能だろう。しかし、ダンジョウの実力ではどうにもならない事は明白だった。
そんな分析をしていたビスマルクの言葉にイレイナは少し意地悪な笑みを浮かべた。
「ベンジャミンさんがいれば問題ないですか?」
「ハッ! あぎゃん赤だるまなんぞ当てにしちょらんわい! 喧嘩で当てに出来る奴ばカンムとレオナルドくらいじゃけぇ! まぁ、あん赤だるまもせいぜい二人分くらいの力にはなるかもしれんがのぉ!」
「はいはい。そういう事にしておきましょう。……あ、鼻血が」
揶揄うように笑うイレイナは天を仰ぎながら鼻を押さえた。
どうも見透かされたような状況に気恥ずかしさを感じながらビスマルクはハンカチを差し出す。イレイナは「ありがとうございます」と言って微笑むと、鼻を押さえながらビスマルクを見上げてきた。
「そういえば、ずっと聞きたかった事があるんですが良いですか?」
「難しい事は無理じゃぞ?」
小さく笑いながらビスマルクはつま先立ちをすると、イレイナは好奇心を隠すことなく告げてきた。
「ビスマルクさんは何故殿下にここまで尽くされるんですか?」
「唐突じゃな」
不意を突かれた気分でビスマルクは周囲を見回しながら答える。そんな彼にイレイナは話を続けた。
「他の皆さんはなんとなく分かるんです。シャイン様は弟のように可愛がっていらっしゃる。ベンジャミンさんはお家柄や育ちから尽くしたくなる。カンムさんは過去の事件が関わっている。レオナルドさんはマーガレット様の事がある。ジャネットさんとヴァインさんは今一つ分かりませんけど」
「よう見ちょるんやな。イレイナはんは」
「人間観察は私の一つの嗜みなので」
鼻血が止まったのかイレイナは元の美しい顔で微笑む。
ビスマルクはその美しい顔から目を逸らすように再び周囲を見回し始める。そしてまるで誤魔化すように過去を話し始めた。
「今じゃ分からんじゃろうがのぉ。オラはこう見えてセルヤマにおった時はかなりの悪ガキじゃった」
「? いえ? だろうなと思いますけど」
イレイナのツッコミにビスマルクは「ぐぬっ」となるが話を続けた。
「ま、まぁそん頃ば好き放題やっちょった。逆らう奴ば腕っぷしでねじ伏せて従えさせる。七つん頃には近隣の高校生グループなんぞも傘下にしてやっちょった。そぎゃん話ばどこかで聞きつけたんじゃろ。オラのところにマフィアの下っ端が七、八人来てのぉ。六人目までは返り討ちにしてやったんじゃが、さすがにガキのオラにはそれが限界じゃった。当然連中ばマフィアに入れって言ってきてのぉ。ま、何とか切り抜けてそん連中ば後日全員ボコボコにしてやったけん」
「ツッコミどころが多すぎますがここは敢えてスルーしておきます」
イレイナの言葉にビスマルクは思わず苦笑する。我ながらとんでもない幼少期を過ごしたと思いながら彼は話を続けた。
「ばってん兄貴ば違うた。真正面からやりあってオラをぶちのめしたんに、オラに対して言うたんは「弱い者いじめをすんな」っちゅうことじゃった。初めてじゃったわい。下に付け言うたり、オラの力ば利用しようとせんかった人間は」
「……実に殿下らしいですね」
「まったくじゃ。ばってんそん時に気付かされた。それまでのオラも下に付けっちゅうてくる連中と同じじゃった事にな。ばってん、しばらくして兄貴に会いに行ったら兄貴はオラを友達っちゅうてくれた……思ったわい。こい男ばその辺のボケとは違う。兄貴には目に映らん気概と器のデカさがある。そぎゃん男には命を預けるだけの価値がある。そいに……」
「それに……何です?」
ここでビスマルクは何故か不思議と言葉が口から出ていることに気付いた。そこに気恥ずかしさを覚えつつも何故か彼の言葉は止まらなかった。
「オラがこぎゃん腕っぷしが強く産まれたんば何か意味がある筈じゃ。ばってん、頭ん悪いオラじゃそん理由ば分からん。そいなら自分が惚れ込んだ人間にオラん力ば使うてもらう。そい人間がオラにとっては兄貴じゃった。兄貴はオラと違うて世界中にそん名ば残す男じゃけぇ。オラはそん兄貴に付いて行って兄貴ば守り続ける。そいで遠い未来に詳しいやつだけが知っちょるんじゃ。ダンジョウ=クロウ・ガウネリンば守り通した男、ビスマルク・オコナーっての」
スラスラと出た言葉……いや、小さな夢にビスマルクはハッとしてイレイナの方に振り返る。すると彼女は少し複雑な表情を浮かべながら微笑んでいた。
「お気持ちは理解できます」
イレイナがそう告げると同時に緩やかな風が吹いた。その風にかき消されそうな声でイレイナが呟くのをビスマルクは聞き逃さなかった。
「……羨ましいです」
彼女のその言葉が何を意味するのか……ビスマルクには分からなかった。
風が収まると同時に出店の方から悲鳴が響き渡った。
「キャー!」
「おい! 何だ! 喧嘩だ!」
ビスマルクはつま先立ちをしてその方向に視線を投げる。遠くて流石に人だかりが多いので確認はし切れないがビスマルクは元の体勢に戻ると溜息をついた。
「見つかったばい」
「そのようですね」
ビスマルクはそう言ってイレイナに手を差し出した。
イレイナは首を傾げながら彼の手を取ってくるので、ビスマルクは青い肌を少し赤くしながら慌てて手を挙げた!
「あ、兄貴の軌道エレベーターのチケットじゃ! イレイナはんは姐さんと合流してくれ」
「あ、そ、そういうことですね!」
イレイナも少しどぎまぎした様子でチケットを差し出してくる。
彼女からチケットを受け取るとビスマルクはニカリと笑った。
「そいじゃ、軌道エレベータでの」
「ええ、殿下をお願いいたします」
イレイナに見送られる形でビスマルクは小さく屈む、そしてCSも装着していないにもかかわらず、人々の頭上を軽々と飛び越えて行った。
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【星間連合帝国 アイゴティヤ星 首都中央広場 裏路地】
<AM09:50>
木を隠すなら森という言葉があるように人を隠すなら人込みである。そう考えればこの状況は身を隠すにはうってつけの状況だった。
人を掻き分けて路地裏に隠れたダンジョウは袋詰めされていた串焼きを食べながら叫んだ。
「おいガキンチョ! 俺はシンチョーに行動しなきゃなんねーんだよ! それがこんな騒ぎになっちまって! この後ババアに殺されるかもしれねぇんだぞ!」
「ほうはんへふか。ほへはふいふぁふぇん」
図々しくも両手で串を持ちながら交互に肉を頬張る少女に負けじとダンジョウもまた袋から串を四本取り出して片手で二本持ちながらむしゃぶりついた。
「大体テメー何で盗みなんか働いた! いいか? あんな差別連中でもな。家族養うために商売やってんだよ! オメーの万引きでどんだけ苦労するか分かってんのか? 正直俺もよく知らねーけど」
ダンジョウがそう告げると少女は租借速度を上げて口の中の肉を飲み込むと、下品なゲップをしてから口を開いた。
「仕方ないじゃないですか。私も合成じゃない食品を口にしたのは一週間ぶりなんです。今じゃ衛星は食糧不足なんですよ」
「衛星ってどこだよ?」
「マンドラです」
そう言って上を指差す少女を見てダンジョウは周囲の人だかりが増えてきたことに気付いた。
ダンジョウは串焼きの入った袋を手にすると、少女に立つよう促して移動を開始した。
「おいガキンチョ。今日は何か祭りなのか?」
少女は串焼きをまだ食べながらダンジョウの隣を早足で歩いていた。
「はい。何でもヤシマタイトの支援式典があるらしいです。知事さんとかも来るらしいですよ。そのおかげでマンドラとか衛星への支援が滞ってるんです」
「なんだぁ? 間違ってねーけど他の星を助けるために自分たちの星の人間苦しめたら意味ね―じゃねーか。……あれ? オメー今マンドラから来たって言ったよな?」
「はい。衛星のマンドラです。食べ物盗ったらすぐに帰ろうと思ってたんです。偽造の軌道エレベータパスもあるんで。この式典が始まればゴタゴタに紛れ込めますしね」
少女の言葉を聞きながらダンジョウは歩を進めたまま少し思い返した。
マンドラ……それはシャインに会議の中で言われた協力者との合流場所である。ダンジョウはその事を思い出しながらももっとも単純な目的を思い出していた。
「おいガキンチョ。その式典は何時からだ?」
「十時って聞いてます」
少女の回答を聞いてダンジョウは時間を確認する。
時刻は九時五十二分……式典の開始まで充分に間に合う事に気付いたダンジョウはほくそ笑んだ。
「よし、んじゃ支援止めた知事野郎をぶっ飛ばすか!」
「え?」
ダンジョウは不敵に笑うと少女に対して告げた。
「今からオメーは俺のダチな。名前なんてーんだ?」
「え、あ、スーザン、スーザン・ハルフです」
「ハルフ? 何か聞いたことあるよーな……まーいいや。スーザン、その式典やルステージまで案内しろ」
「は、はいです!」
ダンジョウは拳を握り締める。
子供が物を盗まざる得ない状況……そんな状況を作り出した人物を見逃すほど彼は大人でもなければ馬鹿でもなかったのだ。




