第15話『思いがけない好運を得ること』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星宙域 衛星マンドラ ライアン研究所】
<AM09:55>
衛星への入星規制が掛かったこのアイゴティヤ星宙域内でこの船は何の問題もなく衛星マンドラに入星を済ませた。それもこれもキョウガが検閲に展開した宰相の指令書のおかげだろう。
船の高度が徐々に下がっていき、やがてライアン研究所のエアポートに降り立つと彼は安全ベルトを取り外した。
「ふぅ……久しぶりに外の風に当たれそうだな」
「フェフェフェ! マンドラはカプセルタウンだもんね。つまり本物の外気とは言えないもんね!」
野暮な横槍を入れるような言葉だが、キョウガは表情を崩さない。相変わらずの無表情のままで彼は同乗していたノヴァ・ホワイトの方に振り返った。
「ラボに入ったらすぐに作業に入ってもらう。よろしいかな?」
「問題ないもんね。そのために優秀な助手にも来てもらったんだもんね」
ノヴァの言葉に呼応するように、彼の隣に座っていたクレア・リルベールが微笑んだ。
「すいません。無理を言ってしまって。ライアン研究所と言えば設立者であるライアン・ブランドの極刑から完全に封鎖されているので、どのようなデータが残っているのか気になりまして」
「フェフェフェ! 確かに。前任の所長は何かしら極秘実験をやっていたもんね。リストを見る権限があったのは……」
「そこまでだ。到着した以上働いてもらいますよ。後方座席にいる二人もお忘れなく」
こちらに振り返って来たノヴァの話をキョウガは遮る。そして心の中に苛立ちを覚えながら乗降口に向かって歩き出した。
「(……この男、やはり少し危険だな)」
キョウガはそう思いながら研究所に降り立つと、出迎えの為に配備されていた帝国兵の隣を横切っていく。たった一年ほど封鎖されていただけだというのに、研究所は少し老朽化しているように見えた。
ライアン研究所とはその名の通りライアン・ブランドが出資して作られた研究所である。表向きは衛星を惑星と同じく大気を持つ星に変換する大気産出論がメインと公表されているが実際は違う。その中で行われていたのは、デセンブル研究所が行う”女神の再生”の為に粒子分解についての研究を行っていた。
「(その事を知るのはアルバトロス・ガンフォール、セイマグル・ヴァレンタイン、そして……)」
キョウガは心の中で言いかけて思いとどまった。そして周囲を見回しながら文字通り子どものようにはしゃぐ二人の子どもたちにチラリと視線を投げた。
ミヤビ・ホワイトはノヴァ・ホワイトと意識を共有しているのだという。それが異端者による神通力かどうかは分からないが、そんな不可思議な能力を持つのだ。となればもう片方の海陽系全種族の特性を持つ少年も奇妙な力を持つ可能性がある。それはもしかしたら人の心の能力を飲むかもしれないのだ。
「(……フ、我ながら神経質なものだ)」
自嘲気味に彼は鼻を鳴らすと目的のメインルームに辿り着き、兼ねてから設定していた指紋認証で自動扉を開いた。キョウガが足を踏み入れようとすると、ミヤビとクジャが隣を駆け抜けていく。何の変哲もないメインコンピュータルームにも関わらず、二人はまるでアスレチックを見つけた子どものようにはしゃいでいるように見えた。
何やら指差しながらはしゃぐ二人を尻目にキョウガはノヴァに視線を向けると、彼はいつものように不気味な笑い声をあげてメインコンピュータに手をかざし始めた。
「フェフェフェ! 思ったよりも状態は悪くないみたいだもんね。リルベール君」
「ええ、中二階にある実証エリアも無事です。粒子分解に関しては面白いものが残っていますね。これなら私の人意AI理論が可能になりますよ。それとあとは……PDB……粒子分解弾?」
リルベール博士の言葉にキョウガは小さく反応した。
PDBと呼ばれる粒子分解弾。それは彼がこのライアン研究所がまだ機能していた時代に考案された大量破壊兵器である。文字通り物質を粒子分解させるものであり、起爆すれば周囲一帯が消滅するのだ。
「……完成しているのか?」
キョウガはリルベール博士に歩み寄ると、彼女ではなくノヴァが二次元ディスプレイを浮かび上がらせながら不気味な笑い声をあげた。
「フェフェフェ! 起爆装置自体は随分前から完成しているもんね」
「……何故言わなかった」
「そりゃあ聞かれなかったからだもんね。何よりこんなのは素人の考える兵器だもんね。仕組みさえ理解すればボクじゃなくてもすぐに作れるもんね」
「この兵器の基礎理論を考案したのは私だ」
「フェフェフェ! 道理で! 全く発想に面白味がない! 副宰相には科学者としての才覚は皆無だもんね!」
帝国トップクラスの権威を持つ人物に対してこの無遠慮で無礼で無作法な言動。それを見ればさすがのリルベールも子どもであるミヤビでさえ怪訝な表情を浮かべている。
しかし、彼の言葉にキョウガは気分を害することは無かった。その証拠に彼はうっすらと笑みさえ浮かべる程に。
「それでいいのだ。凡才が生み出す物が世界を揺るがす……痛快ではないか。ホワイト博士。この粒子分解弾にはあと何が必要かね?」
キョウガの問いにノヴァは先程の無礼さなど忘れたように普通に話し始めた。
「この兵器の最大の欠点でもあるヤシマタイトがあれば可能だもんね。でもそんな貴重なものが易々と手に入る訳ないもんね。ただ、このマンドラの母星であるアイゴティヤには腐るほどあるもんね」
「分かった。私はこれよりアイゴティヤに降りる。博士たちはこのままデータのコピー。あと、本来の目的である“女神の再生”について使えそうなものを持って行ってくれ」
キョウガはそれだけを言い残して踵を返すと再び船に向かって歩き始める。
女神の再生、粒子分解弾……この二つが翌日に……いや長年にわたって海陽系に最悪の悲劇を生み起こす。しかしここにいる人間たちはその事を知る由もなかった。




