第12話『それらは彼女の手に余る』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 首都より数キロ先の森林 フローズヴィトニル号】
<AM09:12>
アイゴティヤ星に入ってから数時間。今回の一件における戦皇団の目的はアイゴティヤ星の衛星マンドルから協力を取り付け、徐々に全衛星と協力体制に入り、アイゴティヤ星を外から掌握していくことにある。その事実を噛みしめながらシャインは頭の中にあった四十八パターンの行動を文章化して再び頭の中に叩き込んでいた。
今回の一件は特段難しい内容ではない。ただ、宰相派のお膝元であるアイゴティヤ星宙域内での行動となれば慎重に慎重を喫する必要があるだろう。その事を改めてシャインは頭の中で反芻した。
「シャイン殿、こちらを」
黙考していたシャインの傍らにあるサイドテーブルに湯呑が置かれる。それを持ってきた白い羽織袴のような出で立ちのカンムを見てシャインは小さく苦笑した。
「ありがと。しっかしいきなり厄介なことになったよね」
シャインの言葉の意図をカンムは瞬時に理解したのだろう。彼は眉間に皺を寄せながら小さく頷いた。
「ええ、よもや衛星への直接入星が規制されているとは……」
「協力者の代表……あ、コードはフクロウか。フクロウさんから連絡が入ってから計画練り直しまくりよ」
マンドルの協力者、コードネーム・フクロウは最近になって発覚した名称である。協力者側も体制に反旗を翻すのだ恐らく行動には相当神経を使っているのだろう。
カンムは自身の湯吞を啜るとシャインの苦労を労うように口を開いた。
「しかし、衛星への入星規制は厳重でしたが惑星自体には随分あっさりと入れましたね」
「星の質量が違うからね。裏ルートが腐るほどあんの。監査軍時代の伝手もあったからね」
「確か、これから衛星に向かうには……」
「うん、首都にある起動エレベータから直接向かうしかないね」
「そこまでの距離は?」
「ここから徒歩で三十分くらい。フクロウさんが用意してくれた偽造IDが使用できるのは十時になった瞬間から。その後は二十分で使えなくなるからそれまでにそれぞれ起動エレベータに乗らないとね」
「使用制限が二十分ですか……中々シビアですね」
不安材料の一つに唸るカンムを見てシャインは改めて現在の状況を確認した。
現在アイゴティヤ宙域内の衛星に直接入ることは出来ない。協力者がいる衛星マンドルに向かうには、惑星と衛星を繋ぐ軌道エレベータでしか向かうことが出来ない状況だった。なぜ急にこのような事態になったのか? その答えをシャインが再度頭に浮かべる前にカンムが口にしてきた。
「この衛星への入星規制……キナ臭いですね」
彼の言葉にシャインは少し試すように微笑む。部下である彼らの育成はシャインにとって常にある任務のようなものだったのだ。
シャインはディスプレイから視線を離さずに頬杖を突きながら口を開いた。
「そうね。どこらへんが変だと思う?」
「はい。本日このアイゴティヤ星では他星へヤシマタイトの支援を行うという式典があると聞いています。その防衛を名目としていますが、出席者については明かされていません。恐らくは相当なVIPが来ることが予想されるでしょう」
「ほうほう。それで?」
シャインはさらに先の返答を求める。カンムであれば自身の予想に辿り着いていると期待しての言葉だったが、カンムはそれに応えるように再び言葉を連ねた。
「ですが、それならば惑星内の防衛にのみ特化すればよいはずです。それを衛星の入星規制までかけた警備態勢に入るというのは……恐らく宰相派は我々に対しての防衛策を張っているように思えます。」
カンムの考察にシャインは小さく俯いた。
シャインはここでニコリと微笑みながらホバリングする椅子を回転させてカンムの方に振り返った。
「カンム君。君はやっぱり筋がいいね。アタシもそう思ってるんだ」
「恐縮です。しかしこれまで隠密に動いてきた我々に対してこの警戒ぶり……レオンドラとカルキノスがダンジョウ様に下った事を宰相派は気付いているという事ですね」
「そうだね。それに戦闘の中でビス君とベン君の暴れっぷりが一部で噂になってるっぽいし」
「私とは違い元々あのお二人は小規模な戦場で収まるような方ではありません」
自嘲気味にそう苦笑するカンムに対してシャインは初めて苛立ったような表情を浮かべた。
「カンム君。君はどうも過去の事件のせいで自分を下げる癖があるよね。過信するのは良くないけど自信を持てないのはもっとよくないよ? お世辞抜きに言うけど、アタシは君とレオ君に仕事を任せるのが一番安心感あるんだからね」
「御冗談を……私もレオも戦闘面においてはビスマルク殿、ベンジャミン殿に遠く及びません。運営や外交において言えばイレイナ殿やヴァインに後れを取り、航宙技術や戦略の面でいえばジャネットの方が優秀です」
カンムはそう否定するが、シャインにとってはそんな言葉は予想通りだった。だからこそ彼女は得意気な表情で話を続けた。
「そ、ウチの面子ってホントに個性豊かだよね。でもさ、みんなの能力値を項目分けして六角形のレーダーチャートにしたとするじゃん? そしたらみーんな一部の項目が突き抜けちゃうんだよね。でもカンム君とレオ君は六角形のバランスが完璧だよ。他のみんなは特化した一部の任務しか任せられないけど、君たち二人は全部の面で活躍してくれる。そういう人ってアタシからすると助かるってわけ。ま、その代わりに面倒事を任せることが多くなるけどね」
素直に称賛の言葉を並べてシャインは自分でも珍しいと思った。しかしその話を聞いていたカンムは少しホッとしたような表情で微笑んだ。
「お心遣い感謝します。私もレオも他のメンバーと違い、ダンジョウ殿のお力になれているのか少し不安を感じていましたので」
「あのバカは果報者だね。海陽系どこを探したって君たちみたいなメンバーは早々集まんないよ。で、そのバカをこれからどうするかって話なんだけどこれね」
シャインはそう告げると無数の二次元ディスプレイを宙に浮かび上がらせた。
目線だけを動かして大小様々な二次元ディスプレイの中身を確かめる。そして目的の内容が書かれたディスプレイを確認するとシャインはそれを摘まんで「ほい」とカンムに差し出した。
「こちらは?」
「一応今後のプラン。協力者との合流が十一時予定だからそこは遅れないようにしとかないとね。ま、それ以前に十時の起動エレベータに乗れなきゃアウトだけど」
シャインはそう言ってようやくカンムが持ってきてくれた湯呑に口を付ける。カンムは内容を確認するとディスプレイに視線を落としたまま口を開いた。
「起動エレベータの出発時刻が十時五分……は式典の開始が十時なので観衆の注目はそちらに集まる。好都合ですね」
「そ、式典があるって聞いた時は厄介に思ったけどその状況を利用すればこちらも行動しやすくなるってわけ」
シャインの補足に納得したようにカンムは頷くと、更にタイムテーブルを読み上げていった。
「三十分に行動開始。ダンジョウ殿とシャイン殿、ビスマルク殿とイレイナ殿の二手に分かれて起動エレベータに向かい、私は船で宇宙に上がり宙域内で待機ですか」
「うん。惑星内とはいえなるべく少数で行動した方がバレないしね。私とバカなら姉弟、ビス君とイレイナならカップルって言う風に見えるでしょ。カンム君は帰還の足の確保をよろしくね。いざという時はマンドルに強行で降りて私たちを拾って帰還。連絡は随時入れるけど状況判断は任せるから」
「承知しました。ではそろそろ後方で待機するメンバーに」
カンムがそう言いかけたところでシャインが肘を付いていた機器が鳴りだした。
一瞬――シャインの中に嫌な予感が走った。それが的中しない事を祈りたかったが、こういう時の彼女の勘が外れたことが無いというのをシャインは自覚していた。だからこそ通信を許可するボタンを押す時に彼女の表情は少し訝し気になってしまったのだろう。
「どしたの?」
『シャイン様! 申し訳ありません!』
後方の別室で待機していたであろうイレイナの声に……いや、一言目から飛び出した謝罪にシャインは自身の予感が的中したことを察した。
「何があったの?」
『私とビスマルクさんが一瞬目を離した隙にダンジョウ様が! ダ、ダンジョウ様が! その、外に出られてしまい……』
「…クッ……!」
シャインは思わず目頭を襲えて項垂れた。
恐らく隣に立っているカンムも同じ気持ちだろう。彼が眉間に皺を寄せている事を察しながらシャインは話を続けた。
「んで?」
『はい! ビスマルクさんはすぐに連れ戻してくると外に向かわれました! まだ船内にいらっしゃった時にアイゴティヤ名物を食べてみたいなどと仰っていたので近くの市場に向かわれたかと』
「分かった。あのバカは帰ったらぶちのめすわ。イレイナ。ビスマルク君と連絡を取ってすぐに二人と合流して。協力者との合流地点で落ち合いましょ。あ! これ以上は絶対に目立たないようにね!」
『承知しました!』
慌てた様子のイレイナの返答を最後に通信は一旦終了される。
シャインは早速のトラブルに大きなため息をつく。そして先程纏めた四十八の行動パターンが記載された二次元ディスプレイに視線を向けた。
「これで内二十二パターンに陰りが見えたわ」
「……心中、お察しします」
カンムの慰めともとれる言葉を合図にシャインは立ち上がると、左手首にこれまでのデータが入った腕時計型の通信機を装着し、右足には愛用の三節棍があるのを確認した。
「カンム君は予定通りにお願いね」
「はっ」
頼りがいのある返答にシャインは少し救われる気分で微笑を浮かべる。
巨大惑星の衛星、その衛星との協力体制を取り付けるそこまで難しくない任務である。しかしこれが戦皇団にとって初の敗北を齎す戦いになるとは流石のシャインでもまだ予想は出来ていなかった。




