第11話『万死一生』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星宙域 衛星マンドル 第八カプセルタウン 支部長会議室】
<PM22:08>
『急遽連絡事項があるため会議の実施を通達する。会議開始時刻は帝国標準日時十九時』
この通達が届いたのが本日の十八時四十八分の出来事である。しかし現在二十時を廻ったにもかかわらず未だ会議は開催されていなかった。
衛星マンドルの支部長であるミューラン・ハルフは会議用のデスクに腰を下ろしながら再びホログラム式の通信機に視線を落とした。そこにセドリックのホログラムは無い。かれこれ数時間、「NO IMAGE」という立体文字が回っているだけである。
「(相変わらず舐められてるなー)」
ミューランは心の中で思わず呟く。恐らく他衛星の支部長も同じことを思っているだろう。セドリックが浮かぶはずのホログラムの隣には複数人の待ち疲れをした他衛星の支部長たちの表情が浮かんでいたからだ。
ゆっくりと漂うようにそれでいて規則性のある動きで回転する「NO IMAGE」のホログラムが消える。それは通信先の相手が通信体制に入ったことを意味するのだが、ミューランを含め他の支部長たちが背筋を正すことは無かった。この三時間余りの間にその光景を何度も見ていたからだ。当然、誰もがまだ来ないと高を括っていたが、ミューランを含む全員の予想は覆される結果となった。セドリックの上半身が浮かび上がったのである。
『待たせたようだな』
自らの指定時間に三時間も遅れておきながら、セドリックは悪びれる素振りも見せずにそう告げる。しかし副知事という権力を持つ彼に逆らえる者はおらず、全員が慌てて背筋を正した。
誰かが言葉を発する訳でもない。セドリックはまるで時間通りに来たと言わんばかりに尊大な態度で淡々と口を開き始めた。
『先に通達していたように支部長たちに通達事項がある。昨今帝国内に騒乱を招いているテロリスト、戦皇団の襲撃に各星々が備える事となった。それに伴い、我がアイゴティヤ星は各星々にヤシマタイトの支援を行う事になっている。第一陣として七月七日に襲撃予想が目されるフマーオス星への支援物資の供給を行い、その支援式典が行われることになった』
「支援式典?」
ミューランは眉を顰める。しかしそんな彼女の心情など知る気もないであろうセドリックはまるで興味のない様子で話を続けた。
『詳しい説明は出来かねるが、戦皇団なるテロリスト共の魔手は今や帝国内にそこはかとなく伸びている。現状ではレオンドラ星とカルキノス星の一部が戦皇団の手に落ちている可能性があるのだ。その証拠にレオンドラ星からの食糧輸入量が今大きく下降している』
セドリックの言葉にミューランは益々不安感を募らせる。そして無情にも彼女の予想と同じ内容をセドリックは口にし始めた。
『これは帝国建国以来の危機であるだろう。もはや、有事と言っても過言ではあるまい。となれば帝国民として危機意識と戦略的な意識改善が求められるのだ。その上で、衛星に卸す食料と水、カルキノス制の精密機器の調整などは当面の間、遅らせることになる』
明確な言葉にミューランは思わずギョッと目を見開く。
衛星の扱いは各星々によって違う。というにもこれには深い歴史があった。ラヴァナロス星のように衛星をひとつしか持たない星と違い、海陽系の他惑星には無数の衛星を持っている。当然だが、衛星には大気や水が無く、過酷な環境であることは言うまでもないだろう。遠い昔、ラヴァナロス以外の惑星では開拓事業と称して多くの人々を衛星に向かわせた。しかしそれが惑星都合による口減らしだったのは誰もが気付いていた。事実、衛星に向かわされたのは当時奴隷種族だったスコルヴィー星人や低所得者たちだったのだ。そんな背景は今でも根強く残っており、今でも衛星に住まう者を劣等人種の子孫として軽視する者が多くいたのだ。
セドリック・ガンフォールはエリート意識が強く野心家である。その事は周知の事実だった。そんな彼がレイシストであると言われても誰も疑いはしないだろう。何より、今の発言がミューランの中にあった「副知事はレイシストかもしれない」という疑惑を確信に変えさせていた。
『あの、ガンフォール副知事、よろしいでしょうか?』
ミューランは意を決して挙手をすると、更に彼がレイシストであることを決定付けるかのようにセドリックは早々に手を前に出して彼女の発言を止めに入った。
『後にしたまえ。先にも言ったようにこれは決定事項だ。何より、君のようにスコルヴィー星人の肉体的強さがあれば多少の食糧不足は補えるだろう?』
心無い言葉にミューランはしばし呆然とする。状況と気心が知れた仲という条件があれば今の発言は称賛とも冗談にもなっただろう。しかしこの状況下ではあまりにも不適切と言わざる得ない。
ミューランへの暴言と衛星軽視の通達に続けてセドリックは更に無茶な言葉を連ねて行った。
『また、宰相府から各惑星に対して戦皇団に対する防衛措置を取るよう指示を受けている。フマーオス星に侵攻するとの推測はあるが、各衛星内で式典前日の六日までに防衛網をまとめた資料を提出するように』
「(六日? ……なるほど……枢機卿が来る式典ともなれば海陽系に中継される……その時に備えて衛星も襟を正しておけって事か……アイゴティヤの権力アピールなんてちっぽけなものの為に……)」
『通達は以上だ。では、また六日に連絡を入れる』
セドリックは言いたい事だけを告げると、ミューランたち支部長の意見を聞く前に通信を切ってしまった。彼のホログラムが消え去り、またしても「NO IMAGE」の立体映像だけが宙を舞いながら回り始めている。
強制的に終わらされた会議の中で他支部長たちの行動は様々だった。頭を抱える者、手を組んで顔を伏せる者、額を擦りながら唸る者、間違いなく言えるのは誰しもが今回の件について悩んでいる事だろう。ミューランも同じく頭を悩ませていた。しかし、彼女は他支部長と違いどこか決意した面持ちでいた事に周囲に気付く者はいなかった。




