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猫は死ぬ  作者: 和田好弘
結:青空の下
24/25

※ふたりは道往く


「ばーか」


 リアが子供じみた罵倒を娘にぶつけた。


 そしてさらにひと言。


「死亡一回」


 容赦無く云われ、マリアマリアは泣きそうな顔で養母の顔を見つめた。


「あたしは云ったわよね。ひとりでやるなって。で、この有様よ。なんでひとりでやったの」

「だ、男爵様がいたし……」


 半ば目を反らしながらマリアマリアがそういうと、リアはそれはそれは恐ろしいまでの怒気を孕ませた視線を娘にぶつけた。


「そうね。男爵様がいたから、あんたを連れ帰ってくれたわね。血が足んなくなって死にかけてたのを。あんた、ちゃんと男爵様に感謝しときなさいよ。今回上手く行ったのは、ひとえに男爵様の技量があったからこそよ。でなければあんたは死亡確定。男爵様が次のアレになってたでしょうね」

「え?」


 マリアマリアは目を瞬いた。

 リアは呆れたようにため息をついた。


「マリアマリア、あんた何を聞いてたの。あたしは云ったハズよ。あいつは殺せない。殺しては、死なせてはいけないって」

「だ、だから男爵様には、殺さないようにって――」

「自殺されたら?」

「え……」


 マリアマリアは言葉に詰まった。

 自殺。そのことをまったく想定していなかったのだ。


「アレは自身が死んだ場合、適当な生物に任意で憑依する化け物よ。あたしたち【使徒】の魂は神様のモノだから、強固に守られ、憑依されることはないわ。でも男爵様は?

 マリアマリア、あんた、いったい自分が何をやらかしたか、理解してるの? なんで私が【使徒】を5人も集めて事に当たると云ったと思ったのよ」


 マリアマリアは真っ青になっていた。ソレは自分の下に瞬間的に移動して来た。つまり、距離を取ろうと思えば自在にできたはずだ。距離を獲り、そしてそこで手のナイフを自分の心臓に突き立てるだけでいい。

 そうすればバルトロメに憑依し、マリアマリアと一騎打ちの形になっていたはずだ。


 男爵様と戦う? 殺しあう?


 そんなのできない。


 マリアマリアはぼろぼろと泣き出した。


 その娘の様に、リアは額に手を当て項垂れた。


「あのねぇ、泣きゃいいってもんじゃないのよ」

「だってぇ……」


 ポロポロと泣く娘に、リアは処置無しと云わんばかりにため息をついた。


「はぁ。今更、誰かに付けるわけにもいかないしねぇ。まぁ、でもこのままってわけにもいかないから、鍛えなおすわよ」


 藪にらみする母親にたじろぎ、マリアマリアの涙が止まった。


「な、なにをすればいいの?」

「はいこれ」


 答えず、リアは娘に一通の手紙を渡した。

 蝋できちんと封印したしっかりとしたものだ。

 蝋には、使徒の紋章が刻まれている。


「それ持ってソーマのところに行きな。あんたを鍛えるように書いといたから」


 母親の言葉に、マリアマリアは再び真っ青になった。


「む、むむむ、無理無理無理。無理だよ!」

「なんでよ。あんたソーマとお友達になってたでしょうに」

「そ、そそそ、それはソーマ様が誰か知らなかったからだよ。それこそ若気の至りってやつだよ。いまはソーマ様が何者か知ってるんだよ。畏れ多いよ!」


 リアの目が座った。だが、そこに浮かぶ色は、あからさま面白がっている色。


「たかが十歳が若気の至りとかなに云ってんの。いまも“若気の至り”を続行中でしょうに。だいたいあんたがどう思ってようと、ソーマはあんたと友と認めてるわよ。彼はそういう、相手の本質を見る者を好むからね。

 とにかく、あんたはソーマの友人なんだから、その手紙持って行っといで。友人だったら、たまには顔をだすものよ」


 母の言に、マリアマリアは文字通り頭を抱えた。


 ソーマ。この西方七王国では知らぬ者は無いほどの魔術師だ。“隻眼のソーマ”、“無敵の魔術師”、“竜殺し”と数々のふたつ名を持つ御仁だ。


「最近、とうとう弟子と認める者が出て来たみたいよ。少しは丸くなったのかしらね。んで、なし崩しにこれまでの弟子とは認められていない弟子3人も、晴れて弟子認定されたみたい」

「だからって畏れ多いのは変わんないよ!」

「うっさいわね。四の五の云わずに行け!」


 リアの声にマリアマリアは思わず首を竦めた。直後、切られた首筋の傷に痛みが走り、少女は怯み震え上がった。


「なにしてんのよあんたは。傷口はしっかり塞いでおいたけど、痛みは残してあるんだからね。痛みまで取ったら、あんたのことだから無闇に動いて完治が遅れるだろうからね」


 すっかり見通され、マリアマリアは小さくなった。


「さて、とりあえずどうでもいいことを話しておくわよ。

 まず、あんたが報告にあげてた吸血鬼は仕留めておいたわよ。この町にいたからね。被害者は何人かいたけど、回復可能だったわ。劣化吸血鬼を生み出したことで、多少は自制したみたいね。おかげで被害者全員、処せずにすんだわ」


 それを聞き、マリアマリアは安心した。


「それともうひとつ。この治療院は閉鎖が決定したわよ」


 リアの言葉に、またしてもマリアマリは目を瞬いた。


「えっと、それって殺人が起きたから?」

「いえ。ここの司法官が馬鹿だからよ。あんたも散々にクソみたいなこと云われたんでしょ? あたしも吸血鬼のことを、一応報告だけはしてあげたのよ。そうしたらまぁ……。で、そのことをエルヴィラに云ったら激怒してね」


 マリアマリアは目をそばめた。


「お母さん、そうなることは分かってて話したでしょ?」

「もちろん。だから話したんだもの。だいたい、石投げつけられながら奉仕活動することなんてないでしょ。ふざけるなって話よ。

 引っ越し先も斡旋したから、すぐに決定ってものよ。当然、協会がロンバルテスから撤退する理由を噂で流すから、きっと司法官は面倒なことになるわよ。なにせこの町で行われるあらゆる祭事から【使徒】は手を引くから。ま、治療院に関していえば他にもあるけど、ここより腕は悪いし料金も高い。サンベール伯はどうするかしら。ま、どうでもいいわ」


 うわぁ。


 屈託のない笑顔(演技)を浮かべる養母に、マリアマリアは口元を引き攣らせた。


「あと2、3日で引っ越し準備が終わるだろうから、それに合わせてあんたもウィランに向かいなさい。その頃には首も問題なくなってるわよ。なにせ私がしっかり治療したからね。

 でもあんたは半年くらいは仕事を離れて、大人しく生活すんのよ。血が足んないんだから。わかった? ……ん。よろしい。

 さてと、それじゃ私は行くわよ。一応、まだ他に吸血鬼が紛れていないか確認だけはしていくから、安心しときなさい。

 それと、ちゃんとソーマのところには行くのよ。それじゃあね」


 軽い調子でいいながら、母親は娘に向けて手を振り病室から出ていった。


 その手にしっかりとリンゴを取って。


 包帯の巻かれた首筋に手を当て、マリアマリはひとつため息をついた。


 マリアマリアは起こしていた身をベッドに横たえると、目を瞑った。すぐさま眠気が襲ってくる。とにかく体が休息を求めているのだ。


 いまのマリアマリアにとっては、風に乗って聞こえて来る町の喧騒も、子守唄でしかなかった。






 二日後。マリアマリはは飛甲獣に乗って、ファラン王国に向かって進んでいた。目指すはソーマが住んでいる街ウィラン。


 重い。懐にいれてある手紙がとてつもなく重い。マリアマリアはとてつもなく憂鬱だ。なにせこの手紙を渡すべき相手は、帝国の皇帝陛下ですら頭を下げるような相手なのだ。


 幼女だったころの自分を取り押さえて、これでもかと云い聞かせたい気分だ。


 だがそんな感情を表に出す訳にはいかない。なにせ、隣りにはバルトロメが馬に乗って並走しているのだ。


 ロンバルテスを出てからもう大分経っている。そろそろ次の町も見えてきそうだ。


「あの、男爵様、そろそろロンバルテスに戻ったほうがいいんじゃないの?」

「大丈夫ですよ。このままお供しますので」

「お供?」

「えぇ。仕事を辞してきましたから。ついでに爵位も父に返してきました」

「は?」


 マリアマリアは目を瞬いた。


「あ? え? なんで!?」

「使徒様の守護役など、大変な名誉ですからね。リア様からもお願いされましたし」

「なにやってんのお母さん!?」


 マリアマリアが頭を抱えた。


「まぁ、血のことで家のほうでも色々ありましてね。異母弟(おとうと)は私に伯爵位継がせてのほほんとしたかったようですが、面倒事を失くすには私ではなく異母弟が継いだ方がいいんですよ。隊の方も問題ありませんしね。弟が副隊長をしていましたから。隊長職も爵位も押し付けてきましたよ」


 晴れやかに話すバルトロメに、マリアマリアは僅かに眉根をよせた。


「えーっと、東方人の血が入ってるから?」

「そういうことです。父もそうしたかったようですしね。ですが慣例と云うのはなかなか破るのは面倒でしてね。こういってはなんですが、使徒様の守護役というのは、口実としても丁度良かったんですよ。この上ない名誉ですからね」

「……爵位、いらなかったの?」

「ハナから信用されない領主になんの価値があります?」


 青空を鳥が優雅に飛んで行く。あれは鷺だろうか?


「え、えっと、それじゃ、よろしくお願いします?」

「はい。こちらこそ。よろしくお願いします」


 馬と飛甲獣に乗ったふたりが街道をのんびりと進んでいく。


 少なくともこれから半年ほどは、死者から離れた生活をすることができるだろう。


 とはいえ、ウィランではもうひとりの姉貴分のジルが、面倒な揉め事を引き起こすのであるが、それはまた別のお話。



 

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