07_少女は悲憤する
陽は沈んだ。
最近整備され始めた【光晶石】を用いた街灯が、道の要所要所を照らしている。だがまだその数は少なく、主要道の交差点にポツンポツンをあるだけだ。
暗くなれば人通りは減る。人は家に引き籠る。それが田舎町というものだ。
賑やかなのは酒場だけ。
めっきり人通りの少なくなった通りを、マリアマリアとバルトロメは並んで歩いていた。
マリアマリアの足取りはトボトボと重く、バルトロメもそれに合わせ、ゆっくりと歩を進める。
無理もない。ここまでひとりで頑張って来た捜査から外されたのだ。だがその理由は一切理不尽なものではなく、ひとりで対処するような事態ではないと判断されたからで、それに対し文句を云うこともできない。
それに加え、対処方法が有体に云って外道な方法と成るため、事件解決後、心に傷を残さないためとの、母親の気遣いもある。
さすがに10歳の子供に、殺人犯を仕留めるために、周囲の無関係な人間を軒並み巻き込んで皆殺せとは云えるものではない。
であれば、周囲に誰もいないような場所でことに及べばいいのだろうが、その対象がそれまでに犯す殺人の数だけ強くなっていくことが分かっている。
いや、それ以前に野放しにしておくことは被害者が増え続ける可能性が高いということだ。
なるほど、これは……。
バルトロメはリアの云っていた“犯人”について思い出し、苦々しく思うことしかできない。
厄介にも程がある不死の化け物。
それを倒すために提示された方法を、成人してもいない少女に成せというのはあまりにも酷というものだ。
マリアマリアとバルトロメは会話することも無く、夜道を進んでいく。
やがて治療院が見える通りにまで来たところで、ふたりはその異変に気がついた。
治療院の周囲に集まっている兵士の一団。そしてそれに集まっている野次馬たち。
いったいなにごとであるのか?
「とにかく、行って訊いてみましょう」
ふたりは足早に人垣に向かって進む。
「隊長!? 今日は休暇だったんじゃ?」
人垣を掻き分けようかとしたところで、声を掛けられた。どうやらこの野次馬たちが治療院へと入り込まないように兵士のひとりのようだ。
「アマンド、なにがあった?」
「それが――え、隊長?」
アマンドと呼ばれた兵士はバルトロメの隣にいるマリアマリアの姿を見つけるや、困惑した表情のまま、少女とバルトロメを交互に視線を向けた。
「変な邪推をするんじゃない。こちらは使徒のマリアマリア様だ」
バルトロメがアマンドの耳をひっぱり、小声で説明した。
「こ、これは失礼しました。し……マリアマリア様」
「あー……まぁ、男爵様が変な誤解を受けなくて良かったよ」
マリアマリアがそんなことをいうと、ふたりとも酷く疲れたような顔をした。
「えっと、私はいま治療院でお世話になってるんだけれど、中にはいっていいかな?」
「あ、はい。問題ありません。……現場は確認されますか?」
アマンドが後半を小声にしてマリアマリアに問うた。
「見ておきたいかな。多分、いまなら痕跡を見つけることもできると思うし」
「了解です。参りましょう」
アマンドを先頭に、三人は人垣を掻き分け治療院へと入った。
三人を出迎えたのは、兵士とエルヴィラだった。
兵士は職員たちを聴取しているようだ。
「あぁ、マリアマリア様、大変なことになってしまいました」
すっかり憔悴した様子で、エルヴィラがうなだれた、その顔色は大分悪い。
「えっと、なにがあったの?」
マリアマリアの問いに、エルヴィラはほんの少し少女の後ろに立つアマンドとバルトロメに視線を向け、すぐにマリアマリアを見た。
「エレンが、殺されました」
マリアマリアがまんまるく目を見開き、ぱちぱちと目を瞬いた。
「は? え? なん……いえ、どうやって?」
「わかりません。エレンの看護を担当していたオリヴィアも混乱しています。食事の世話に行っても辿り着けず、それどころか食事を持って行った事実も忘れて厨房に戻る有様で。何度行っても辿り着けないし忘れると、泣き出してしまいました。その報告を受けて私が向かったところ、廊下におかしな魔法が掛かっていたので、それを解除したところ、まったく見えなかった扉が急に現れました。
……えぇ。私もそのおかしな魔法の影響を受けていたようです。魔法を解除しようと試みた時には、エレンのいた病室の事はすっかり忘れていましたから」
アマンドとバルトロメが顔を見合わせた。
「アマンド、この証言はもう取ってあるな。術式の痕跡は確認してあるのか?」
「確認してきます」
アマンドが二階へと走っていった。ややあって、彼は兵士をひとり連れ立って戻ってきた。
「レアンドロ、魔法の痕跡はあったか?」
「痕跡の確認はできました。ですが、私ではそれが限界です」
レアンドロは汎用的な魔法を扱えるレベルの魔法使いである。云い方を変えるなら、ある程度の魔法も扱える兵士であり、決して剣の扱いに長けた魔法使いではない
。
故に専門的な知識が必要なこととなると、細部までは鑑識、解析することはできないのである。
「いや、無理を云っているのは分かっている。なんらかの魔法が掛けられていた結果、誰もあるはすのモノが認識できなくなった、ということだろう」
「うーん……認識阻害だけじゃないね。記憶の方にも若干の影響を与えてるんじゃないかな? ただの認識阻害なら、扉が見えないだけだもの。あることを知っていて、さらにそこに目的があったのにそれが成せない。ということは、その魔法の範囲内に入った途端に目的を忘れる状態になっていたってことよ。
【認識阻害】と【忘却】の魔法の組み合わせかな?」
三人がマリアマリアに視線を向けた。
「あ、これは私のひとりごととして捉えてね。司法官殿に釘を刺されたからね。私、捜査協力はもうできないことになってるのよ。男爵様は一緒にいたから知っているわよね」
マリアマリアが淡々というと、バルトロメは額に手を当て天を仰いだ。
「は? なにしてくれてんだあの無能! 俺たちの仕事を無駄にして私腹を肥やすだけじゃ足りねぇのか?」
「……呪いますか?」
レアンドロの物騒な言葉を、マリアマリアは聞かなかったことにした。
「やめとけ。無駄な労力は使うな。やるなら3歩ごとに屁が出る呪いにでもししとけ」
「さすがにそんなものはありませんよ」
「音さえでればいい」
「……それなら、できますね。それこそ数十年持続可能です。シンプルですから、痕跡も誤魔化せます」
「やっちまえ」
バルトロメが苦々しい顔で提案し、レアンドロが請け合い、アマンドが後押しした。マリアマリアは聞かなかったことにした。
「えっと現場を見てもいいかな? 建前としては、別々に捜査ってことになるけど。ついでにいうと、今回に限りひごりごとは多いわよ」
「よろしくお願いします!」
レアンドロが誰よりも早く答えた。
「……うん。さっきの予想通りの魔法が掛かっていたみたいね。でも強度はそこまでじゃなかったみたい。いま効果が切れているのは、魔法を解除されたからじゃなく、単に擦り切れて自然消滅しただけね。効果時間はいいとこ鐘ひとつ半ってとこかな」
マリアマリアの解説的なひとりごとが響く。その背後で、レアンドロがしっかりとメモを取っていた。
一通り確認し、マリアマリアたちは扉を開け病室へと入る。
病室は酷い有様だった。周囲に血が飛び散り床はもとより、壁まで朱に染めていた。
これは異常だ。首を切り裂かれたからと云って、ここまで激しく血が噴き出すことはない。
そしてこの現場で最も異様なもの。それはベッドわきの丸い天板の木製テーブル。
中央に置かれたエレンの首、その表情は僅かに微笑んでいるように見える。農場にあったものは、そのどれもが目を見開き、恐怖か、驚愕か、強張った表情を浮かべていたのに。
そしてその首の左側には、綺麗に皮を?かれ、切り分けられたリンゴ。そして右側にはそれを無国に使用したであろう果物ナイフ。
テーブルには、控えめに“実験”、と記されていた。
「マリアマリア様、これは……」
「事件は終わってなかったわね。司法官はどうするんだろ? きっと私に責任を押し付けるのかなぁ? 押し付けるんだろうなぁ。前に担当したのもそんな感じだったし」
マリアマリアは平坦な声でバルトロメに答えた。だが内心は平静なんてものからはほど遠い状態だった。
協会で、まさに目と鼻の先で事件を起こされたのだ。面目なんてものはすべて吹き飛んだといえる。
だがそれよりもなによりも、エレンをみすみす殺させてしまったというのが我慢ならない。
事件後、生存者を追って殺すなどというのは初めてのケースだ。
マリアマリアは屈みこみ、床の血の状態を見る。これだけの有様であるのに、踏まれた跡がない。
首はテーブルの上、体はベッドの上。胸のところで手を組み、仰向けになっている。
農場のギャラリーと比べると、こちらは非常に丁寧に場を整えている。
「アマンドさん、犯人の目星は?」
「被害者エレンの見舞いに、農場主のボルトンが来ています。が、現在ボルトンは行方不明です」
「え?」
ボルトン? さっき普通に話をしていたというのに。確かに、見舞いに行くとは云っていたけれど。
立ち上がり、マリアマリアはバルトロメと顔を見合わせた。
「ですので、現在はボルトンが容疑者となっています」
「あー……そうなっちゃうよねぇ」
マリアマリアがため息を吐く。
「ま、警吏さんたちには期待するだけ無駄ってことだね。フェルナンドさんはまともって評価されてたけど、仲間内からは疎まれてそう。
それはさておいて、ちょっと幽霊を探してみようか。殺害されて数時間なら、いる可能性が高いからね」
マリアマリアはあらためて病室内を凝視した。
エレンの幽霊は見当たらない。養母リアのいう通り、魂を喰われたとしたなら、霊もまとめて喰われたことになる。ならばここに幽霊が存在しないのは納得できる。
だが――
マリアマリアの口元が引き攣れた。
エレンの霊はいない。だが病室の窓辺から、ある外のある一点を見つめ続けている霊がそこにはいた。
中年の、やや筋肉質の中年男性。
「ボルトンさん?」
それは、昼間あって会話をしたボルトンの幽霊であった。




