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猫は死ぬ  作者: 和田好弘
其の弐:生存者
18/22

06_養母は警告する

※更新再開します。

※更新再開に伴い、全体的なリライトを行いました。結果、話数がいくらか詰まることとなり、『少年は遭遇する』と、前話『養母は警告する』が新作となっています。


 バルトロメの案内の下、宿屋【ライオン】へと辿り着いたマリアマリアがまずしたことは、受付に立つ青年を脅しつけたことだ。


 だがさすがは高級旅館、そう簡単に彼女が目的とする情報、母親の借りている部屋がどこかは教えてくれない。


 あまりに非常識なことを始めたマリアマリアにバルトロメは思わず呆気に取られたが、慌ててこれ以上酷い状況とならないように取り成した。


 そして母の借りている部屋を知るや、マリアマリはまたしても全力で走り出し、階段を一段とばしで駆け登って行く。


 これまでの様子とまるで違い、まさしく錯乱しているのではないかと思えるほどのマリアマリアの状況に、バルトロメも急いで彼女の後を追った。


 階段を登り切り、その先の通路の一番奥でマリアマリアは足を止めた。


 そこが目的の部屋だ。


 もちろん彼女は突撃すべくドアノブに手を掛け、押し開き入ろうとして扉に激突した。


 当たり前の事だが、扉は施錠されていた。


 思い切り鼻を打ち付け、左手で抑えつつ声ならぬ呻き声を上げたマリアマリアは、僅かに涙を滲ませながら扉に向けて右手を突き出した。


「【烈破】!」


 こともあろうに、マリアマリアは扉を破砕した。魔力を純然たる物理打撃として撃ち出す【烈破】を、躊躇いなく扉に叩きつけたのだ。


 さすがに来れにはバルトロメも唖然とした。


 扉がドア枠ごと木端微塵となり、飛び散った破片や塵が落ち着いたところで、服を抱えた全裸の少年が部屋から飛び出してきた。


 抱えている服から察するに、どうやらこの宿屋で働いている少年のようだ。年の頃は12、3といったところだろうか。


 顔を真っ青にしてバルトロメの脇を駆けぬけていく。


 バルトロメが視線を戻すと、マリアマリアが顔に手を当て天を仰いでいた。


 そして大きく、それこそこの世の不満をすべてぶちまけるかのように大きなため息をつくと、キッと部屋を睨みつけ、木っ端を踏みしめつつ突入した。


「お母さん! なぁにやってんのよ! もうっ!!」


 バルトロメもまた顔に手を当て俯いていた。


 この室内でなにが行われていたのかを察したからだ。


 マリアマリアの母が誰であるのかは聞いている。協会三賢者のひとり、リア・パンサレスだ。


 バルトロメは賢者殿に対するイメージを、どうやら修正しなくてはならないようだ。


 正直なところ、この部屋に入ることに非常にためらいがある。が、入らねばならない。少なくとも、挨拶はせねばならない。


 なにせ自分はこの領地を治める伯爵家の長男であるのだから。


 奮い立たせるように短くひとつ息を吐き、進む。ノックすべき扉の無いことに、僅かに苦笑しつつもバルトロメは入室した。


 入室し、慌てて背を向けた。


 勘弁してくれ。


 思わずバルトロメは心の中で呟いた。






「服を着なさい服を! ちゃんと!」


 ベッドの上であられもない姿をしているリアに、マリアマリアは云った。


「だいたい、なんだって男の子を連れ込んでるのよ!」

「だって、それが仕事だもの」

「違うでしょ! それは大昔の話でしょ! 語り部だったころの! 妍属の慣習みたいなものでしょ!!」

「あら、いまも変わらないわよ」

「そんなわけないでしょ!」


 娘のその言葉に、リアはいたく不服そうに眉根を寄せた。


「いい、マリアマリア、よく聞きなさい」

「え。あ、はい」


 急に大真面目な声になったリアに、マリアマリアは思わず素直に応じる。


「男女双方共に初めてだったりすると、大抵失敗するの。そしてそれは取り返しのつかない事態となって、後々の夫婦生活に――」

「なんの話よーっ!!」


 マリアマリアは顔を真っ赤にして叫んだ。その原因は羞恥か、苛立ちか、はたしてどっちだろう?


「あぁ、もうっ! いいから! とにかく服を着なさい服を!!」

「そんなこと云われる筋合いはないわよ。ここはちゃんとした部屋の中よ。なにも問題ないでしょう。あんたがドアを吹っ飛ばして入って来たよの。

 はぁ……ノックでドアを吹き飛ばすような娘に育てた覚えはないのに」


 そういいながら首を伸ばし、丁度マリアマリアの影になって見えないバルトロメに視線を向けた。


「……へぇ」

「な、なに? お母さん」

「あんたも隅に置けないわね。いい男引っ掛けたじゃない」

「お母さん!!」


 マリアマリアが叫んだ。


「男爵様はそういうんじゃないわよ!! 失礼だよ!!」

「あら、というと、サンベール伯の嫡男かしら?」

「背を向けたままで失礼します。サンベール伯が一子、クアドラード男爵バルトロメと申します。以後、見知り置きを」


 リアは、考えるように人差指を己の口元にあてた。


「お母さん?」

「うん。さすがにこれは問題だわね」


 いまさらながらに自身の状態に軽く肩を竦め、リアはベッドシーツを手繰り寄せて体に巻いた。


「とりあえずこれで十分でしょ」

「なんでそんな適当に巻いたのにドレスみたいになってんの?」

「慣れ?」


 いいながら、今度は軽く指を振る。


 するとたちまちマリアマリアが破砕した扉が、時間を巻き戻し方彼のように元通りに修復された。


「……相変わらず出鱈目」

「あんたも出来るようになるわよ。

 バルトロメ卿、もうこちらを向いても大丈夫ですよ」


 そういってリアは姿勢を正した。途端、纏っていた雰囲気が凛としたものに変わる。


 バルトロメを見るリアの視線が厳しい。


「……お母さん?」


 その様子に、マリアマリアは不安になった。なにせ、ほんの少し前まで自分と同年代と思われる男の子を連れ込んで、あれやこれやをやらかしていたのだ。


 心配にもなろうというものだろう。


「マリア」

「な、なに?」

「あんた、絶対に逃すんじゃないわよ。使徒なんて売れ残ること必至なんだから。正直、ブロンウィンが嫁げただけでも奇跡なんだからね」

「なんの話!? 違うよ! というか私、まだ十歳。正確にはあと2ヶ月でやっと十歳だからね!! そもそもこんなソバカス顔のちんちくりんなんていらないでしょ!」

「……やれやれ。まぁ、それに関して、バルトロメ卿の意見を求めるのは止めておきましょ。倫理と礼儀の板挟みにするのは可哀想だし」


 リアがマリアマリアの両頬を摘まみ、きゅーっと引っ張る。マリアマリアは痛い痛いと騒いでいるが、抵抗は一切していない。


 やがてリアから解放され、マリアマリアは頬をさすりながら恨めしそうに母を見つめた。


「さてと、母娘のじゃれあいもこのくらいにしましょうか。

 マリア、あんたなんてもんを送りつけてくんのよ。思わず足元に叩きつけたくなったわよ」

「ご、ごめんなさい……?」

「自分で読んでしっかり確認するのがいやだからって、私に丸投げするのはやめな」


 マリアマリアはリアから目を逸らした。リアは容赦なく娘の頭をパシンと叩いた。対して痛くはないだろうが、やたらといい音がした。


「んで? なんでこんなもんを送って来たの? 多分、あんたがいま追ってる連続殺人犯関連だと思うけど。事件資料がなかったら焚書にしてたわよ」

「それは最初の被害者と思われる錬金術師のグリモア。犯人の後は追えるも姿が見えない。推測は立てた。でも確証が持てない。見立ては“憑依型の特異怨霊”」


 ブツブツと愚痴りながら、マリアマリアは犯人が憑依型の霊ではないか推測していることを告げた。


「……なるほど。それがコレに繋がるのね」


 サイドボードの上に置かれたアロンゾの研究資料の写しを、ポンポンとリアは叩いた。


「この唾棄すべき無駄に優秀な愚か者の実験記録を」


 本当に嫌そうにリアは顔を顰めた。


「結論からいうと、この記録にあることをなぞらえても、記録にあるホムンクルスモドキを生み出すことは出来ないわ」

「へ?」

「手っ取り早く、サーマに連絡を取って確認してもらったから確か。ここに記してある手順では生命は生み出せない。だが実際生まれたということは、恐らくは……アロンゾだっけ? そいつの意図していないイレギュラーがなにかしら有った結果、生み出されたみるべきね。で、あんたはそれが怨霊であると見立てたと」

「うん。殺して、次世代に移行したところで知性、知能? が上がってると記録にあるわ。だから、単純に次代の体へ乗り移ってるだけかと思ったんだけど」

「なるほど、そこで憑依型のナニカ、とみたわけか。確かに、それが一番らしいわね。一緒に送られてきた事件記録を見ても、その推理が妥当になるわね。

 毎回毎回行方不明がひとり、そしてその行方不明者は、次の事件現場で死んでいる、となればね。でもここで追いついたんでしょ。ボルトン農場のことは聞いているわよ」

「行方不明となっていたふたりも確認してる」


 マリアマリアの言葉に、リアが微かに目をそばめた。


「みつかったの?」

「協会の治療院で療養してる。ひとりは今朝方意識を取り戻して、もうひとりはまだ意識不明のまま」

「視たの?」

「視た」

「結果は?」

「問題なし。だからおかしいの」


 リアはグリモアの下に敷かれた研究資料を手に取り、ページをめくる。


「そうね。事件資料を見るに、あんたの見立ては妥当だわね。その上でありえる可能性はこれくらいかしら。

 ひとつは、この事件が別の犯人によって行われた。……まぁ、これはあり得ないんでしょ?」

「うん。これまで犯人が残してきた【実験】のメッセージがあったから」

「なるほど。となると、単に犯人は人間で、よくわからない理由でひとり連れ去り、次の事件現場で殺している。今回は捕まえる前に逃げられた」

「それはあり得ないかと。エレンの証言では、ボルトン農場に立ち寄ったのは黒づくめの痩せぎすな無精髭の男ひとりのみ、とのことでしたので。この男は農場の食糧庫で遺体が発見されています」


 バルトロメの言葉を聞き、リアは静かに目を閉じた。


 そして待つこと呼吸13回分。


「あー……。もうひとつ思い当たるモノがあるわね。でもそれは最悪なもの。とはいえ、可能性として浮上した以上、無視するわけにはいかない。遭遇記録は――確か4回。被害は思い出したくもないわね。

 マリア、あんたこの事件をひとりで対処するのは止めな。私の権限で最優先で何人か呼ぶ。最低4人」

「は?」


 マリアマリアは目を見開いた。


 5人? 最低で? 使徒が?


「ちょ、え、そんな大事なの!?」

「大事。最悪の場合、犯人は殺せない。殺してはならない」

「どういうこと?」

「“魂喰い”。憑依型怨霊と似て非なるモノ。その名の通り、憑りついて、対象の魂を喰らい同化する。そのため使徒の目でも視ることができない。そうやって渡り歩き、喰らった対象の記憶、経験、能力を身に着けていく。乗り換え回数が増すごとに厄介になっていく。そしてその特性上、さっきも云ったけれど殺せない。殺せば憑りつかれる。使徒であればそれに対抗はできる。私たちの魂は神の物だからね。守られている。でもそうなると、私たちは“魂喰い”を取り逃しかねない。いえ、多分、逃げられるわね。あんたも知性をもったアンデッドが逃げに徹したら、どれだけ面倒臭いか知ってるでしょ?

 ヴァンパイアとか、ノーライフキングとか」


 マリアマリアの顔が引き攣る。以前、母と一緒に行った上位ヴァンパイア討伐戦の、ひたすら面倒臭かったことを思い出したのだ。


「だから、そんな奴を絶対に逃がさない方法を取らないといけない。使徒が扱う術で、一番ロクでもない術。

 生きていようがいまいが対象を問答無用で【冥界】に送り込む儀式。さすがに忘れてないわよね? 冥府の使徒の使う【楽園解放】、奈落の使徒の使う【奈落開口】、そして地獄の使徒の使う――」

「【獄門開錠】」


 え、でもこれって――


「そうよ。術の範囲内いるすべての命を片っ端から生きたいようがいまいが【冥界】へと送るもの。とばっちりの被害が尋常じゃないわ。直近だと、22年前に町をひとつ丸ごとあの世に送った事件があるわね。結構な数の無関係な者が犠牲になったわ。云ったでしょ。被害は思いだしたくもないって。

 だから、あんたはこの事件から引きなさい。無駄に業を背負う必要はないわよ」


 事件から手を引くように命じられ、マリアマリアはぎゅっと手を握り締めた。握り締め、悔しさにギシリと歯を食いしばった。


「対処は私とサーマ。それと……できれば隠居したケネック爺さんとか呼べればいいんだけど。さすがに年かな」


 ひとりそんなことを云いだした母親を尻目に、マリアマリアは足を踏み鳴らすようにして部屋から出ていった。


 そしてそれを面白そうに、ニヤニヤとしながらリアは眺めていた。


 バルトロメはこの状況にどうしたものかと考えていると、リアから声を掛けられた。


「男爵殿」

「なんでしょう? 賢者殿」

「悪いんだけれど、今しばらくアレの面倒を見てくれないかしら。絶対に私の云うことなんか聞きゃしないだろうし、確実にやらかすだろうから。まぁ、ここらで少し痛い目を見た方がよさそうだしね。実力は問題ないんだけれど、どうにもまだ甘っちょろいのよ。

 とはいえ、身内だとどうしてもうまく教育できない部分でね。情だのなんだのでなあなあな感じが抜けないのよ。厳しくしても、受け取られ方が歪んでしまうわ」


 リアがため息をつく。バルトロメには、彼女の云わんとすることがよくわかった。とかく、血縁のような近しい間柄での教育関係と云うのは、うまく行かないのだ。

 それは父と弟の関係を見てよく理解している。その弟はもう成人して立派な大人だというのに、いまだに親に対しては反抗期真っただ中な小僧っ子のようであるのだ。


「自分は護衛としてついているくらいしかできませんが」

「えぇ。十分よ。どうしたって、他人の前では格好つけたくなるものよ、それが自分の自身のことならなおさらね。あの娘がここロンバルテスにいる間だけでも一緒にいてくれると嬉しいわ」

「お任せを」

「ありがとう」


 バルトロメは一礼して部屋をでた。


 さて、マリアマリア様を探さなくては。協会へ戻っているといいのだが。


 足早に廊下を進んだところ、1階へと降りる階段の途上で立ち尽くすマリアマリア見つけた。


「マリアマリア様」


 バルトロメが呼ぶ。その声に応えるように、マリアマリアが振り向き彼を見上げた。


 その顔はどうみても10歳の少女のようには見えなかった。疲れ果て、生気を失ったような表情に、虚ろめいた瞳がバルトロメを見上げていた。


「帰る」


 少女はただひとこと、そう云った。




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