第4話「告発の正体」
神田葵が
「逆手にとった感動スピーチ」で
信者たちの支持を完璧に固めた翌日。
「シンパシー」の社長室で、
葵は冷めたエスプレッソを
口に含みながら、
PCモニターの画面を睨みつけていた。
SNS上は葵の目論み通り、
「#葵ちゃんを護ろう」
「#卑劣な逆恨みに負けるな」
というハッシュタグで溢れ返っていた。
三浦由香からの脅迫メッセージも、
世間から見れば
「悲劇の聖女を苦しめる謎の粘着アンチ」
という枠組み(フレーム)に
落とし込まれたはずだった。
(完璧な初動……のはずよ。)
しかし、葵の胸の奥には、
わずかな違和感がくすぶっていた。
15年間、毎日毎日、
裏アカウントで自分への呪詛を
吐き続けてきた女だ。
単に
「屋上からの飛び降り」や
「15年前の集合写真」程度を小出しにして、
感情的に突っ込んできて
自滅するようなタマだろうか?
その直感は、
正昼の12時に最悪の形で的中した。
「あ、葵さん……!
大変です!
週刊誌じゃない……
YouTubeの
『暴露系超大手チャンネル』に、
動画がアップされました……!」
青ざめた顔で飛び込んできた社員が、
ガタガタと震える手で
タブレットを掲げた。
登録者数300万人を超える、
ネット界最大の
暴露系配信者『ナックル』のチャンネル。
動画のタイトルは——
【緊急告発】
「悲劇の聖女」神田葵の裏の顔。
15年前の真実と、
現在の「被害者ビジネス」内部音声公開。
「……なっ……」
葵の目が、一瞬大きく見開かれた。
動画を再生すると、
画面には黒いシルエットで加工された
「三浦由香」の声が流れていた。
だが、
そこにあったのは
葵が予想していたような
「泣き寝入りの告発」でも、
「感情的な怨嗟」でもなかった。
『みなさん、こんにちは。
神田葵さんに15年前、
屋上で追い詰められた三浦です。
神田さんは昨日の配信で
「私を救えなかった」と
涙を流していましたね。
とても感動的な演技でした。』
由香の声は、
驚くほど冷静で、低く、透き通っていた。
『でも、神田さん。
あなたが忘れていることが
一つあります。
私、飛び降りて重傷を負ったあと、
リハビリの過程で
ずっと何をやっていたか
分かりますか?……
あなたのことだけを、
15年間観察し続けていたんです。』
画面が切り替わり、
衝撃的な「音声データ」が再生された。
《『ねえ、
なんでみんな
「被害者」の言うことなら、
ノータイムで信じちゃうと思う?』》
それは——あの日、
外資系ホテルの控室で、
葵が
マネージャーに向かって吐き捨てた
「肉声」だった。
《『みんな罪悪感を消したいの。
「可哀想な私」に共感して
涙を流すことで、
綺麗さっぱり
洗顔した気になりたいのよ。
私はね、彼女たちに
「いい人になれた気分」を
売ってあげてるの。』》
《『いじめられた過去なんて、
ただの集客コンテンツ。
傷ついた経験?
そんなもの、
ただの
強力なマーケティングツールでしょ。』》
「……っ!?」
葵の顔から血の気が引いた。
(控室での会話……!?
なぜ……盗聴されていた……!?)
『神田葵さん。』
動画の中で、
由香の声が追い打ちをかける。
『あなたが奪ったのは、私の15年です。
あなたが使っている
「被害者のノウハウ」は、
私を壊すことで
あなたが手に入れた悪魔の技術です。
……あなたが世間を騙すために作った
その「悲劇の仮面」、
私が剥ぎ取ってあげます。』
動画の最後には、
葵がプロデュースする
「悲劇のインフルエンサーたち」に
配られていた、
生々しい
「悲劇演出マニュアル(裏指示書)」の
PDFデータまで添付されていた。
「嘘……嘘でしょ……!?」
社員が悲鳴を上げた。
ネット上は大炎上どころの話ではない。
「神田葵の肉声」
「サイコパス」
「全部ビジネス」
「聖女の正体」というワードが
世界トレンドを埋め尽くし、
株価のように信者たちが離れていく。
「葵さん……!
ど、どうするんですかこれ……!
電話が鳴りやまないです!
クライアントからも
契約解除の連絡が……!」
葵はPCの画面を見つめたまま、
微動だにしなかった。
爪が手のひらに食い込み、血が滲む。
胸の奥から湧き上がってきたのは、
恐怖ではなかった。
ドス黒く、ドロドロとした、
凶暴な「快感」だった。
(あは……あははははっ!)
葵は口元を手で覆い、肩を震わせた。
(そう……そういうことね、由香ちゃん。
15年間、
暗闇の中で爪を研ぎ続けていたのは、
伊達じゃなかったってわけだ!)
由香は、
単なる「復讐者」として
立ち上がったのではない。
葵の手口を15年間研究し尽くし、
「どうすれば
神田葵というコンテンツを
最も惨烈に破壊できるか」を熟知した、
もう一人の冷徹なプロデューサーとして
覚醒していたのだ。
「葵さん……?
笑って……るんですか……?」
怯える社員を無視し、
葵はゆっくりと立ち上がった。
鏡に映る自分の顔を見る。
髪は乱れ、目は血走り、
完璧だった聖女の顔は跡形もない。
「……いいわ。最高よ、三浦由香。」
葵はスマホを取り出すと、
震える指で
由香の裏アカウントへ
メッセージを打ち込んだ。
『合格よ、由香ちゃん。
私の作った最高傑作は、
あなただったのね。
表舞台へいらっしゃい。
「偽物の聖女」と「本物の化け物」、
どちらが最後まで生き残るか、
決着をつけましょう。』
送信ボタンを押すと同時に、
会社の固定電話と葵のスマホが
一斉に狂ったように鳴り響いた。
現代社会の最暗部で育まれた
二人の女による、共感と憎悪の殺し合い。
真の地獄が、ここから開幕する。
この後、本日 17:10 に
第5話を投稿します。




