第33話
「過去の歴史を紐解けば、こういう時に、各地の豪族とでも言うべき有力な地方領主が、勝手に争いを起こして領地を広げてしまうことがある。それだけは何としても阻止しなければならん」
「まさか、ウォード家が我がフォーリー家の領地を切り取るために私争を仕掛けてくるというのですか?」
自分で『まさか』とは言ったものの、十分にあり得る話だった。何せ、向こうの兵士はもう嫌というほど訓練を済ませており、監督者である大公様も国王陛下も咎める様子がない。この様子では、攻めてこない方が不自然なほどだ。
「いや、さすがに何かのきっかけがない限りは、いくら強引なウォード家とはいえそこまでのことはできないだろう。地方領主同士の恣意的な私争は国法に違反するからな」
「逆に言えば、何かのきっかけがあれば、攻めてくると」
「そういうことになるな……。うぐぐ……ストレスで胸が痛む。この時期はもともと体調がすぐれないことが多いが、こんなことは初めてだ。何かの拍子に心臓が止まってしまわないか心配だよ。ワシももう若くないからな」
「そんな、縁起でもない……」
その時だった。私たちのいる当主室のドアが乱暴に開け放たれる。今まで相談していた話が話なので、一瞬ウォード家の私兵たちが突入してきたのかと思ったが、入って来たのはフォーリー家の門番だった。私とお父様は顔を見合わせてホッとし、それからお父様がちょっとだけ口を尖らせる。
「ど、どうしたんだ、ノックもしないで。心臓が止まるどころか、爆発するかと思ったぞ」
「も、申し訳ありません。緊急事態……あああ、これまでにない緊急……緊急事態で……俺……わたし……わたくしめは……慌てて報告に……ああああああ……どうすればいいのでしょう……!」
普段は落ち着いている彼が、青ざめた顔で要領を得ない話し方をするので、報告を聞かなくてもとんでもないことが起こったのはすぐにわかった。ただちに仔細を聞きたかったが、緊張で喉が渇ききった彼に水を飲ませ、心が一応は落ち着くまでに三分もかかってしまった。
大急ぎで報告をしにきた門番がこれでいいのかとも思うが、フォーリー領はこれまでトラブルらしいトラブルもない、平和で牧歌的な世界だった。彼もここ最近はずっと不安だったに違いないし、そこで『緊急事態』なるものが起こったら、これほど取り乱すのも無理はないことなのかもしれない。
お父様が、改めて彼に問いかける。
「落ち着いたか? それでいったい、何が起こったのだ?」
門番は瞳を閉じ、口ごもった。まるで『緊急事態』の内容を口にするのを怯えているようなそぶりである。……つまり、言葉にするのも恐ろしいことが起こったということか。それでも、ずっと黙っているわけにはいかないと覚悟を決めたのか、彼はゆっくりと唇を開いた。
「ウォ、ウォード家の私兵団と、フォーリー領の農民たちとの間で、戦闘が始まってしまいました……」
それは、世界の終わりを告げるような、残酷な現実だった。
次回は少しだけ時間をさかのぼって、
キャロルの視点で物語が進行します。




