第32話
「これは?」
「この仲介所に手紙を送れば、僕の元に転送されるようになっている。今日はこれで帰るけど、何か伝えたいことがあったら手紙を書いてほしい」
仲介所を通さなければ手紙が届かないとは、彼が他国の人質であることはほぼ間違いないだろう。それなのにこれほど私のことを心配してくれるなんて。彼の前で弱々しい姿を見せればますます心配させてしまうのに、思わず瞳が潤んでしまう。私は、表情を隠すように俯き、小さく「はい……」と呟いた。
「それと残念なことだが、近頃はこれまで以上にやらなければいけないことが多くてね、次に会えるのは二週間後になりそうだ。……本当に、やることが多すぎて嫌になる。でも、またきみに会えると思えば、どんな困難も苦じゃない。クリスタ、僕はきみと再会する日を心の支えにして日々を営んでいくよ」
私は再び俯き、ブライスと同じく、彼とまた会える日を心の支えにして生きて行こうと思いながら、去り行く愛しい背中を見送るのだった。
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ブライスと過ごしたひと時は本当に幸せなものだったが、頭の痛い日々はまだまだ続く。……エリックとウォード家による嫌がらせは、すでに日常茶飯事となっていた。大公様と国王陛下への直訴に対する返答は、いつも判で押したように同じ『隣り合う領主同士、穏やかに事を収めよ』というもの。
「これでは、実際に出向いて陳情しても無駄であろうな」
お父様が沈痛な面持ちで呟いた。……私はもう『諦めないでください』とは言えなかった。お父様の必死の文面から危機を悟ってもらえないのなら、どれだけ陳情しても無駄だろうから。
私は落胆から深いため息を漏らし、やや不敬な発言をしてしまう。
「お父様。正直言って私は失望してしまいました。ウォード家当主ラスールとかかわりのある大公様はともかく、国王陛下までもがこれほどぞんざいな対応をなさるなんて。地方領主の間で不和が起こるのは、陛下にとっても好ましい事態ではないはずなのに……」
その時、『ドンッ』っと大きな音がした。一瞬だけ身がすくむが、それでも驚きはしない。ここ数日、エリックは大砲まで持ち出して来て軍事調練に使っているのだ。砲弾を撃ち出す火薬のお金も馬鹿にならないだろうに、嫌がらせもここまで来るとある意味感心してしまう。私の知る限り、彼は世界一の攻撃的粘着質男だ。
お父様は、私に負けないくらい盛大なため息を漏らし、静かに言う。
「国王陛下も、内心では今回の事態を憂慮しているとは思うよ。しかし、強権であった前国王陛下が急逝され、若くして戴冠した現在の国王陛下には、いまだ十分な経験と統治能力がない。それをいいことに、王都では重鎮たちが派閥争いに明け暮れているというしな。地方のことにまで構っている余裕がないのだろう」
「そんな……」




