一枝 一葉 七節 今私ができること
「さて……」
父様との朝食を終えて、私は一人書庫殿の私室で机に向かっていた。
机の上には私が入れる範囲で持ってくることができた、巫術についてまとめられた書籍が年代ごとに並んでいる。
「父様だけに任せる訳にはいきませんね」
近代分の本の表紙を撫でながら独りごちる。
今朝の父様との話で、私の目はもしかしたら母様から、ひいてはアルメリア国由来の可能性が出てきた。詳しくはお祖父様からの親書の返信を待ってとはなるけれど、だからといって巫術由来の可能性を捨てて良い訳ではない。
そこまで考えてひらめいたのは、この書庫殿だった。書庫殿にはこの天峰国で起こった物事のほとんどが書物となって収められている。事細かく正確にとなると王族以外入室禁止となっている禁書庫にしかないだろうけど、大枠を捉えるだけなら私が入れる範囲内の書物でも事足りるだろう。
もし詳しい事が知りたいとなったら父様に頼んでもいいかもしれない。
「そこまでたどり着けるかはまだ未定、ですけど」
くすりとひとつ、笑みをこぼして私は近代書を開く。
この本は、少し前の傍系王族の一人によって発現が確認された巫術が体系的にまとめてある。
巫術は大きく分けて5つ。
一つ目。豊穣の力。現在は主に薬師寺家に多く発現していて、植物の生長促進や怪我の治癒がこれにあたる。怪我は違うんじゃ?と思ったけれど「生き物を正常な状態に戻すために、怪我部分の骨や身のみを成長させる」という記述になるほど、となった。
ただし、この著者がどうやってその真理にたどり着いたのかは考えないようにする。
ーー観察、したんでしょうね。
詳しく書かれた傷の再生の様子について、あまり想像しないようにしながら書を捲る。
二つ目。水繰りの力。文字通り水を操るだけでなく、風や火、雷などの自然現象を自ら起こすことができる力だ。現在では水の巫術を主に水無瀬家が扱い、水脈を探したり、整えたりに使われている。その他の火、風、雷の巫術の使い手は水瀬家の傘下に多く、強い力の巫術だと警邏隊へ配備されているらしい。ちなみに、父様の風の巫術も水繰りの力に該当する。
最古の時代では、花咲の季節の最後に来る大嵐すら退けるくらい強大な巫術だったみたいだけれど、時代が進むにつれ少しずつ弱くなっているらしい。
何故巫術が弱くなっているかは分からない、だが、この問題を先延ばしにしてはいけないだろうと書では締められている。
ーー確かに、いつかは手を付けないといけない問題ではありますが、私には荷が重いですね。
まずは私自身の力を把握しないと、とてもじゃないけど国全体の問題なんて手が出せない。
ふと、桜様なら手が出せるのでは?とひらめいたので、余裕があったら話してみることにする。
三つ目。膂力の力。自身の体に山神様の力を纏わせて人間離れした力を使うことができる。これは槌門家に多く発現し、強化できる部位や時間は人それぞれらしい。槌門家はその巫術を使って神織山深くまで入り、神織山由来の素材の収集や、木々を切り倒し加工し生計を立てている。神織山はご神体の白銀杉に至るまでは社を建てて整備されているけれど、そこより深いところは槌門家の膂力の巫術を用いないと入るのは厳しくなっている。
私の目が巫術由来だとすれば、この膂力の巫術が一番近い気がする。どこかにより詳しい記述があれば良いな、と思いながらさらに書を捲った。
巫術はこれまで出た三つにほとんど当てはまるらしい。そして、これらの巫術を一つだけ使える者を一芸型と呼び、二つ以上の巫術を使える者を多芸型と呼んでいる。そして、五大主家の残り二つの家である楮乃と紬はこの多芸型が多く所属している。
そして、多芸型が多く持ち合わせてる巫術の一つが平行の巫術だ。文字通り、豊穣と水繰り、水繰りと膂力といった、二種の巫術を平行して使うことができる。また、水と風、といった同種の巫術を同時に使用できる人もこの平行の巫術に当てはまる。
この平行の巫術は紬家が担っている。一芸型に比べたら巫術自体は弱くなってしまう欠点はあるけれど、紬家はそれを家由来の修練を通じて補っている。そして、数多の巫術を駆使して王族用の衣装を糸から生産、布の作成から衣装の製作まで一手に引き受けている。
また、多彩な巫術を使えるという観点から王家の付き人を多く排出している。
そして、その紬家と大きく対立しているのが、最後の巫術の担い手である楮乃家だ。
楮乃家では主に付与巫術を扱っている。無機物に巫術を付与できるその力で、楮乃家はまず自ら生産していた紙に雷の巫術を付与し、とある王女を蛮族の襲撃から守ったらしい。それが、現在天峰国で広く使われている護符の始まりだ。
そこから発展して、自ら付与のしやすい紙の作成から始まり、多岐にわたる護符の作成や護符から発展した巫具の作成へと進み、この国の生活様式を一変する巫具を次々と生み出した。
そして、紙を扱う関係から、文官としても優れた人が多く、今でも宮廷内の文官の多くは楮乃家傘下の家で構成されている。
ーーこうして見てみると、萩太郎って楮乃の家の中でもかなり異質な存在なのですね。
使うのは膂力の巫術のひとつ、強化の巫術だけ。
それもごく短時間の発動しかできない。
付与巫術なんて、使ったところすらみたことがない。
「ある意味、私達はお似合いなのですね……」
巫術なしの混じりの仔と、楮乃の落ちこぼれ。
二人とも、家の理から外れたはぐれ子で。
萩太郎にもきっと、昨日までの私のように胸の奥に貯まった焦りや鬱憤があるんだろう。
ーー萩太郎には、私にとっての桜様のような、光明をもたらしてくれる人は居るんでしょうか……?
「……私が考えることじゃないですね」
横道に逸れた思考を、敢えて口にすることで元に戻す。
主従関係とはいえ、年下の私が萩太郎の事を慮る必要はない。
萩太郎は私と違って両親も健在なのだから、私が踏み込むべき領域ではないだろう。
それに。
「どうして私が萩太郎なんかに気を遣わなくてはいけないのでしょう?」
思い出すのは、修練での勝ち誇った顔でこちらを見下す萩太郎の姿。
あの人のために私の時間を使いたくない。
「さて、早く目の巫術について書かれた記述を探しましょう!」
読み終わった書を閉じて、次の書を開く。
花咲の季節まで……神託の儀まで、あと一月。
私に残された時間は残り少ない。
私の事を虐げてくる萩太郎なんかに関わる余裕なんて、私にはなかった。




