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【第二部完結】天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
三葉 主家巡り―槌門家―

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三葉 一節 奇跡の正体


 夢を見ているみたいだった。

 柔らかな花咲の陽光を浴びながら、空に留まる花びら。

 季節外れの山颪に散った花びらが形作った人影。


 ……山神様の“神託”。


 ――そう、あれは私に授けられた神託だと、観衆の目には映りました……。


 今なお大きな歓声が背後へと遠ざかっていく。

 私は、今唯一これが現実だと示してくれる萩太郎の手を握りながら、ぼんやりと考える。

 萩太郎は背後の私を気に掛ける事なく、ただ淡々と拝殿に準備された私の控え室へと導いていた。

 観衆からは相当離れたにも関わらず、まだ耳の奥にあの熱狂的なまでの歓喜の声が残っている。

 扉を出たときに一斉に向けられた何百もの視線も、まだこの身に纏わり付いているようで。


 ――観衆達も、あれを、私への神託だと認めたのに……。


 私には、あれが山神様の神託だとは思えない。


 空いている方の手を強く握り込む。

 あの時は確かに必死だったけれど、それでも覚えている。

 白梅様の祝詞には呼応するように光った白銀杉が、私の渾身の宣誓に対しては全く反応しなかった事を。

 空に留まる花びらに、巫術の光が見えなかった事を。


 ――私の瞳には、山神様のおわす白銀杉の光も、山神様から授けられた巫術の光も見えます……。


 だから、あの花びらに巫術の光が見えなかった以上、山神様が起こした奇跡ではないのだ。

 そう確信した瞬間、再び舞台の上で感じた絶望が胸の中を占めた。


「……もうすぐ控えの間だ」


 絶望に打ちひしがれる私の耳に、静かな声が届く。

 その声は先を歩く萩太郎が、私の方へ振り返って静かに告げたものだった。


「この騒ぎだ。柊哉様が来られるまで、俺も部屋で控える」

「……ありがとうございます」


 初めて付き人らしい気遣いを見せた萩太郎に対して、返答が僅かに遅れる。

 萩太郎はそんな私を気に食わなさそうに一睨みして、再び口を開いた。


「今回の件、全て話してもらうぞ」

「え……?」


 全てを?という私の疑問は、返事は聞かないとばかりに前を向いた萩太郎に黙殺される。

 そして、そのまま何事もなかったかのように控え室へと先導される。


 ――全てを、と言われても、私にもなにが起こったのか理解できてないのですが……。


 萩太郎に手を引かれながら、私はあの奇跡の発端を考えていた。

 平時と変わらない姿の白銀杉に絶望し心が折れかけたあと、萩太郎の猛撃をいなし、爺やが語った山神様が陽葵様を拒絶する言葉に憤って……。


「あ……」


 声が漏れる。

 私の「神託を授けて欲しい」という強い願いとともに起こった暴風と、花の香り。

 その二つに思い当たる事があった。


 ――あの、花の香り……。萩太郎との修練の時と、襲撃の時に香った物と同じ……。


 体中の血の気が引いていく。

 もしかして、あの奇跡を起こしたのは……。


「着きました、菜乃華様」


 萩太郎の声ではっと我に返る。

 目の前には、私にあてがわれた拝殿の控え室の扉があった。

 萩太郎は私の手を離し、扉を開けようとその横に控えている。

 そして、私の背後からは、神託の儀を終えた混じりの姿を見ようと家人達がこちらを見ているのが手に取るように分かった。

 背後の家人達からは、観衆達のような熱狂は感じない。


 ――ここの家人達には、まだ何が起こったのかは伝わってないのですね。


 なら、この控え室にいられるのは儀の全容が家人達に伝わるまでの間。

 それまでに父様達と合流して書庫殿へ戻ろうと心に決め、扉の横に立つ萩太郎に微笑みかける。


「……萩太郎、他の付き人が来るまで、供を」

「かしこまりました」


 そういって、萩太郎を控え室に入れる事にする。

 扉を開けた萩太郎の横を通って部屋に入り、そこに唯一準備された厚畳の上の座布団へと向かう。

 背後で、萩太郎が扉を閉め何かの巫具を作動させる音を聞きながら、私は座布団へと腰を下ろした。

 その瞬間、張り詰めていた気が緩み、大きなため息が漏れた。


「はぁぁ……」

「おい、混じりっ!」


 息をつく間もなく、荒い足音を立てながら萩太郎がこちらへと向かってくる。

 その勢いのまま萩太郎は厚畳の縁に手をつき、座布団に座る私を上から睨みつけた。

 その顔に浮かぶのは、怒りと焦り。


「お前、何故あんなことをしたっ!答えろ!」

「っ!」


 恫喝の如く叩きつけられる怒声に、肩を竦め目を閉じる。

 それに苛立ったのか、萩太郎は荒々しく私の手首をつかみ、引き上げた。


「痛っ!」

「お前はただ、普通に剣舞を終えれば良かったのに……!あんな風に見せびらかす必要はなかったんだよ!!」 

「っ、み、見せびらかしてなんか……!」


 萩太郎に握られた手首の痛みに眉を顰めながらも、そのようなつもりはなかったと否定する。

 すると、控えの扉が開く音がした。


「菜乃華様、ただいま……何をしているのですか、萩太郎様!」

「っ、な、菜乃華様を離してください!」


 その声とともに、せりが萩太郎の手を掴み私の手から引き剥がす。

 なずなが私を守るように萩太郎との間に入った。

 そんな二人を忌々しそうに睨み付けながら、萩太郎はせりに取られた手を振りほどいた。


「ちっ……!近頃は花の異能を使ってなかったから油断した……!目の異能だけなら誤魔化せたのに……!」

「っ?!は、萩太郎は私の目の力を知っていたのですか?!どうして……!」


 花の異能、目の異能、と私の力を示すその言葉に、独り言だと分かっていても思わず声を掛けてしまう。

 萩太郎は何を今更、と言わんばかりに私を睨み付けてきた。


「知ってるも何も、修練の時に使ってただろ。最近は目の異能しか使ってなかったようだがな」

「それは……何故、」

「それくらい見てたら分かる。くだらない問いかけをするな」


 何故分かったのか、という私の問いをくだらないと一刀両断する萩太郎。

 そして、また憎悪がちらつく瞳で私を睨み付ける。

 せりが私となずなの前に構えるように立ち塞がった。


「俺が聞きたいのは、花の異能を神託の儀であんな盛大に使った理由だ!!ただでさえ、混じりの王女で宮廷が緊張している中であの異能……くそっ!宮廷が荒れる……!」


 髪をかき乱しながら、私を詰る体で独り言をぶつける萩太郎。

 そこに、聞き捨てならない言葉が混じっていて、私は萩太郎に話しかけることにした。


「……宮廷が荒れるって、どういうことですか?」

「あぁ?お前も書庫殿にいるなら、今、宮廷内で女王の立場がどうなっているのか知っているだろ?」

「女王の立場?松風様の国王擁立の動きの事ですか?」

「そんな大枠の話だけじゃねぇよ。もっと複雑な動きも、それに伴って宮廷がどう動いているのかも、書庫殿には届いてるはずだ。楮乃家には届いているのに、書庫殿に居たお前が何故知らない」

「何故って、だって、私が読んできた書にはそんなこと……」


 そこまで言って気づく。

 執行人の記載があった書は父様が隠して私が読まないようにしていた。

 それだけではない。私はこれまで、書庫殿で現在の宮廷で起こった政治に関する書を読んだことがあっただろうか。

 振り返ってみると、私が読んできた書は、農作物の収穫量や神居街に限定された商家の取引目録など、不自然なほど五大主家や今の宮廷の動きに触れないものばかりだった気がする。

 神託の儀に関しても、物語調に整えられた歴史書の中で知ったものだった。

 そこまで思い至って、私は戦慄する。


 ――もしかして、この神託の儀に関しても、父様が書を隠しているのでは……?!


「そこまでにしようか」


 たどり着いた推測に愕然とする私に聞こえてくる、父様の声。

 視線を正面に向けると、そこには厳しい顔をした爺やを供に神楽殿を最後に出てきた父様の姿があった。


「父様っ!」

「柊哉様……!」


 私達の呼びかけを受けて、父様が部屋の中央へと歩みを進める。

 そして、横に下がった萩太郎には目もくれず、父様は真っ直ぐ私を見つめてその場に座った。

 私と同じ、新緑の瞳に浮かぶ感情は、焦燥。


「菜乃華……」


 父様はそっと私の手を取った。


「私は……君を、女王にしたくはなかった」


 伏せられた新緑の瞳に、悔恨の色が滲む。


「すまない……」


 労るように、父様の指が私の手を擦る。

 その言葉の意味を理解した瞬間、私の足元が崩れ落ちたような気がした。


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