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【第二部完結】天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
閑話 落ちこぼれの奮闘

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一葉裏 一節 得体のしれないあいつ


 混じり……菜乃華の付き人になって、次の花咲の季節で八年になる。


「いってくる」

「はい」


 家人に外出を告げるけれど、帰ってくるのは素っ気ない返事だけだ。

 とても嫡男に対する態度ではない。

 けれど、それが父上、母上の意向なのだ。


「……」


 家人の態度を咎めることなく、俺は屋敷を出る。

 目指すのは白杉神社の書庫殿。

 ……混じりの下だ。


「は……」


 あの日……混じりと初めて会った時、衝動的に払い除けた手と吐き捨てた言葉。

 あれが、俺の楮乃家での立場を決定づけた。

 俺の言葉に泣き出した混じりをヘレナ姫が連れ出し、怒り心頭といった柊哉様に頭を下げた父上と母上。

 そして、屋敷に帰ったと同時に放り込まれた座敷牢。


 “お前がそこまで考えが足りないとは思わなかった”

 “しばらくそこで頭を冷やせ”


 これが、父上が俺に向けた最後の言葉。

 座敷牢から出された後も、父上はもちろん母上とも顔を合わせていない。

 そして、家人達の俺に対する態度も悪化した。


 ――それでも、俺は、楮乃家の嫡男だ。


 父上からの最後の命。


 “書庫殿にいる柊哉様に取り入り、王族の情報を抜くこと”


 ただ、それだけを果たすために、俺は毎日神織山を登る。


「……さて」


 一時間ほどかけて白杉神社の入り口に着く。

 幾多の鳥居を抜けて、拝殿を右へ。

 途端に狭くなった道を駆けること、さらに十五分ほど。

 書庫殿に着いた。

 昼を告げる鐘の音を聞きながら、一息吐く間もなく混じりの私室へ向かう。


「……」


 ――今日もまた、あいつとの修練か……。


 気が進まない。

 けれど、投げ出すこともできない。

 たどり着いた私室の扉を、遠慮なく開く。


「菜乃華!修練の時間だ……」

「分かっています。時間になれば向かいますよ」


 いつもと違う、芯のある声で毅然と言い返される。


「……はっ!混じりの癖に生意気なんじゃねぇの?」


 咄嗟にそう言い返すけれど、混じりの態度は変わらない。

 俺を真っ直ぐ見つめる新緑の瞳には、揺らがない意思を持った強い光が宿っている。


 ――誰だ、こいつは……。


 二度とこの目を見ないように、徹底的に痛めつけたのに。


「口を慎みなさい、萩太郎」


 俺の態度に怯むことなく、混じりは淡々と答える。


「私は、天峰菜乃華。国と同じ字を持つ者です」


 菜乃華の言葉が、俺の頭を殴りつける。


「混じりと蔑まれる謂れはありません」


 ――お前は、混じりだろう?!


 瞬間的に怒りがこみ上げた。


「……上等だ。混じりじゃねぇって言うんなら証明してみろよ」


 俺の言葉に俯くこともせずに、混じりは俺を静かに見つめたまま口を開く。


「……えぇ。望むところです」


 その言葉に、嫌な胸騒ぎを覚える。

 返事もせずに俺は私室の扉を乱暴に閉じる。

 そして、神楽殿へと足早に向かった。


 ――準備しねぇと……!


 あいつは、巫術が使えない混じりだ。

 それはここにいる人間誰しもが知る事実だけれど。

 俺だけは、知っている。


「あ!萩太郎様!」

「ごきげんよう、萩太郎様」


 神楽殿に着き、俺にごまを擦ろうと傍家の奴らが近づいてくる。

 それを一睨みして黙らせて、俺は手に馴染んだ竹刀を手に取った。

 そして、素振りを始める。


 ――お前らに構っている暇はない。


 俺の殺気をまともに耐えられない奴なんて。


 ……そう。俺の殺気を真っ向から耐えて向かってきたのは、今も昔も混じりだけ。

 あいつだけは、どんだけ殺気を向けても怯まずに向かってくる。


 ――それに……。


 体に馴染んだ型をなぞりながら思い出すのは、混じりとの修練の日々。


 ――あいつは、巫術を使うことができないのに、身体能力だけで俺の攻撃を躱し続けてきた。


 あいつと修練を重ねて八年。

 今では、俺の攻撃は巫術を使わなければあいつに当てることすらできない。

 面の向こうの新緑の瞳は、常に冷静に俺の太刀筋を読んでいる。

 そして、脳内で軌道を予測しているのだろう、薙刀で、身のこなしで、俺の攻撃を避け続ける。

 その異様さに気づく人間は、この場にいない。


 ――あいつの身体能力の高さは化け物だ。


 それに気づきもしない奴らと、馴れ合っている暇はない。

 型の反復を終えて、竹刀を下げる。

 それと同時に神楽殿の扉が開いた。


「待ってたぞ、混じり」


 無駄に喚く奴らを無視して、俺は混じりに視線を向ける。

 菜乃華は応えることなく防具をしまってある一角へ向かった。

 そして、面に手を伸ばしかけて逡巡し、結局面はつけずに小手を装着する姿に。

 全身に鳥肌が立つ。


 ――何があったんだ、こいつに……!


 俺の勘が告げる。

 徹底的に潰せ、と。


「っ、よろしくお願いします!」

「はっ!目ん玉抉らねぇように気をつけろよぉ、混じりぃ!」


 わざと声を荒げ、怯む己を鼓舞して混じりに突っ込んだ。

 下段で構えた竹刀を素早く構えて突きの構えを取る。

 狙うのは、菜乃華の左目。


 ――目さえ潰してしまえば、こっちのもんだ……!


 その狙いは、当然混じりには読まれている。

 軽く振るわれた薙刀で、渾身の一撃がいなされる。


 ――まだだっ!


 あいつの身体能力は高いが、所詮は女。筋力は俺が上。


 ――卑怯ではあるが、力に物を言わせて抑えつけるっ!


 腕に力を込めて、混じりに肉薄する。

 その瞬間、冷静に俺を見つめる新緑の瞳とかち合った。

 こんな中でも凪いで冷静なその瞳に、さらに苛立ちが募る。


 ――っ、恵まれているお前に何が分かる?!


 自身を抱きしめてくれる母が居て。

 あらゆる中傷から守ってくれる父が居て。

 俺より、遥かに恵まれているのなら。


 ――“混じり”と蔑むくらい受け入れろ!!


「よしっ!」

「っ、調子に乗るな!」


 あいつが小さく漏らした言葉に更に苛立ちが募る。

 容赦はしない、と一段攻撃の手を強めた。

 けれど、いつもなら攻撃を強めた瞬間に恐怖や怯えの感情が新緑の瞳に浮かぶのに、今日のこいつは、一番重要な面を着けていないのに怯えもしない。

 むしろ、一層深く俺の剣筋を読もうと沈んだ表情に、俺の中の警戒心が最高潮に達する。


 ――あれが起こる前に勝負をつける……!


「っ、小手先だけで躱せると思うなよ!」


 距離を取って一呼吸。

 体に力を巡らせて跳躍する。

 巫術は俺の思いに応えて、瞬く間に混じりとの距離を詰めた。


 ――貰ったっ!


 狙うのは、不気味なほどに澄んだ新緑の瞳。

 利き目を潰せば、こいつは表舞台に立てなくなる。

 そうなれば、あの異様な力が露見する事も……。

 その刹那、花の香りが鼻腔を刺した。


「……っ!!」


 ――こいつ、また、これを……!


 重くなった竹刀を力ずくで突き立てながらも、奥歯を噛みしめるのを止められない。

 脳裏によぎるのは初めてこの力と遭遇した時。

 あの時も、こいつの生意気な目が気に入らなくて怖がらせてやろうと目を狙った。

 その瞬間、ほんの僅かに花の香りが漂って。

 竹刀の周りの空気だけ重さを増した感覚がして、思うような速さで突き出せず。

 その間に、こいつは俺の竹刀の軌道を読んで致命傷を避けていた。


 それ以降、俺が目だったり喉だったり急所を狙う度、花の香りと空気の重さに阻まれた。

 あいつは予測が当たってかろうじて避けられたと思っているだろうが、俺には分かる。


 ――この力は異様だ。


 巫術なんかではない、もっと強大で、異質な何か。

 それが、こいつを中心に世界そのものへ干渉しているような、得体のしれない力。

 それに気づいたときの恐怖は、きっと俺にしか分からない。


 ――だが、その力を持ってしても膂力の巫術を使っている今の俺を捉えることはできないだろう?!


 竹刀を振るう腕と踏み込む足に力を回す。

 俺の意思に応えた巫術は、重くなる空気の中でも力をもって俺の体を推し進める。

 そして、竹刀を右目に突き立てようとして、戦慄する。

 混じりの目は、酷く緩慢だが、迷い無く俺の足と腕を見比べる動きをした。

 それは、この重い空気の中初めての事で。


「っ?!」


 ――こいつ、巫術を行使した場所を確認した……?!


 動揺した瞬間。

 空気の重さが元に戻る。

 混じりは紙一重で俺の竹刀を躱した。

 それでも避けきれなかったのか、頬から血が飛び散る。

 飛び散る鮮血の赤さで我を取り戻した瞬間。


「やぁぁ!!」


 混じりの薙刀が俺の胴を打ち付けた。


「そ、それまで!」


 審判の声が響く。

 遠くの方で喚く声がうるさいが、それどころじゃない。


 ――あいつは、巫術を見ることができるのか……?


 ありえない。

 巫術は、陽葵様が山神様から賜った奇跡の術。

 言い換えるなら神の力の行使。

 その神の力を、単なる人間が知覚できるはずがない。


 ――それに、もう一つ、気になる事がある。


「私は……私は、天峰菜乃華。初代陽葵様の血を継ぐ、この国の巫の一人です」


 大声で喚くだけだった傍家の奴らに凄む混じりを観察する。

 花の香りから始まる、空間の支配。

 支配された空間の中で、菜乃華が自分の意思で動いたのは今回が初めてだった。


 ――強く、なっているのか……?


 あの、異質な力が。


 傍家の奴らに修練を促した混じりが床に落ちた自身の血を拭って、屈めた体を起こす。

 その新緑の瞳に射竦められた瞬間。

 体中の血が凍りついた気がした。


「……さようなら」


 固まった俺を一瞥することなく神楽殿を去った混じり。


「……はっ」


 そこでようやく、俺は詰めていた息を吐いた。


 ――あいつは……“混じり”は、一体何者なんだ……?


 ただただ、異質なあいつが受け入れられなかった。


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