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【第二部完結】天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
二葉 神託の儀

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二葉 二十二節 神託の儀


 薙刀と真剣が交わる。

 甲高い金属音が神楽殿に響き渡る。

 その音を合図にして、澄んだ笛の音が一音、始まりの音を奏でる。

 打ち鳴らされた鈴の音と耳元で鳴る釵子の音を聞きながら、私は数歩萩太郎から距離を取った。

 そして、薙刀を振るい、舞い始める。

 私が神託の儀に選んだ剣舞は、陽葵様の故事を題材にした奉納舞だ。


「今は昔ー」


 薙刀で空を切りながら舞っていると、雅楽の音に合わせて爺やが朗々と故事を読み上げる声が聞こえてきた。

 今は昔、無名の邑の一人娘であった陽葵様。

 陽葵様は霊峰となる前の神織山にただ一人登り始めた。

 麓から見えた、白き光を目指して。


 ――陽葵様にはきっと、白銀杉の光が見えていたのでしょう……。


 上から下、右から左と、爺やの声と笛の音に合わせて舞の型をなぞりながらも、思考が横滑りする。

 思い出すのは、白梅様が上げた祝詞の終わりに光った白銀杉の姿。


 ――陽葵様は、白銀杉を目指された……。


 救いを求めて。


「いと険しき道を歩み、幾多の獣に襲われながら」


 手にした薙刀を振るい、獣を退治する陽葵様を演じる。

 やがて、道なき道を進む陽葵様の元に、一人の男が現れる。


「その男、陽葵を追い帰さんと、剣を振るいて」


 爺やの言葉に合わせて、下がっていた萩太郎が私に立ちはだかる。

 そして、剣を私に向けて振り上げた。


「疾く、去れ」


 その爺やの言葉とともに、私の目が萩太郎の体から微かに昇った青藍の光を捉えた。

 咄嗟に薙刀で防御の姿勢を取る。


「っ?!」


 その瞬間、練習以上の早さで真剣が振り下ろされた。


 ――どういう、つもりですか……?!


 かろうじて受け止めたそれをいなしつつ、すぐそこの萩太郎の顔を睨みつけた。

 まさかまた操られて、という疑念は、青藍の瞳の奥にある挑発的な光に霧散する。

“これぐらい受け止められないなら、俺はお前を認めない”

 そう、微かに笑いながら訴えていて。


 ――上等、です。


 この期に及んでも、私を打ち負かさんと不意打ちを仕掛けてきた萩太郎に、入ってきた肩の力が完全に抜けた。

 そして、爺やの語りとともに、山神様へ剣舞を舞い続ける。


“雨が降らない”


 風に舞う花びらとともに、高く振り上げた薙刀を振り下ろす。


“食べ物がない”


 花びらを切り裂きながら、振り下ろした薙刀を横に振るう。


“おなかが空いたと泣く子がいる”


 萩太郎と刃を交わし、ひらりと身を翻して萩太郎と立場を入れ替える。


「どうかその力、我に授けおわしませと、」


 その陽葵様の懇願に、山神様は無慈悲なまでに巫術を使って陽葵様を甚振る。


“雨が降らぬなら貯めれば良い”


 振り下ろした薙刀を軽く下段で受け止めて。


“田畑を耕し、実りを育てよ”


 横に振るった薙刀は距離を取られ届かず。


“さすれば子も泣かなくなるだろう?”


 立場を入れ替えた萩太郎は、一度刀を鞘へ仕舞う。

 神楽鈴が一度強く打ち鳴らされた。


「されど、それでも力を求めると言うならば」


 爺やの語りとともに、再度萩太郎が鞘から剣を抜く。


「その身、命をも、この地に捧ぐる覚悟はあるか?」


 萩太郎は強く私を見据えたまま、真っ直ぐ刀を私へ向けた。


 ――この舞の一番の山場……。


 山神様が陽葵様への覚悟を問いかける場面。

 ここは舞手によっていろいろな解釈があり、私も最後までどう表現するか迷った。

 単に先人をなぞったところで「“混じり”が人の真似事を」と言われるのはわかりきっていたから。


 だから、私は。


「娘、陽葵は、男に誓う」


 爺やの語りに合わせて、私はその場に片膝を付いて跪く。

 そして。


「っ?!」

「まぁ……!」


 私は、山神様に扮した萩太郎相手に真っ直ぐ薙刀を突きつけ返した。


「山神様に対して、刀を……?!」

「ふ、不敬であるぞ……!」


 観衆が大きくざわめく。

 けれど、それは十分承知。


「私は、」


 爺やの語りを引き取って、私自身が語り出す。


「私は、この薙刀とともに、この地に骨を埋める覚悟はとうにできております」


 少しだけ語り口を変えて、観衆に宣言したこの言葉。

 山神様に突きつけた薙刀は、私の瞳の代わり。

 この武器とともに、私はこの国で生きていく。

 それが、私の決意。


「山神様には、私の覚悟がお見えになりませんか?」


 そう萩太郎に問いかけながら、萩太郎の背後にある白銀杉を見上げる。


 ――これだけの覚悟を見せたなら、きっと山神様だって応えてくださるはず……!


 私の時が止まる。

 白梅様が祝詞を上げた時のように、強く光ってくれると信じていた白銀杉は、平時と変わらず淡い光を放つだけだった。


 ――これでも応えてくださらないの……?


 胸を占めるのは僅かな焦りと、応えてくれさえしない事への不条理感。

 その次に感じたのは、それらを塗り潰してしまうほどの無気力感。

 突きつけたままの薙刀を支える腕から力が抜けていく。


「っ?!」


 反射だった。

 強く振り下ろされた真剣を、薙刀で防いだのは。


「足らぬ、足らぬぞ」


 爺やの声と、怒りの籠もった萩太郎の斬撃が、私を無理矢理現実に戻した。


「覚悟が足らぬ」


 爺やの言葉に合わせて、萩太郎扮する山神様が陽葵様の覚悟を問う場面へと切り替わった。

 萩太郎は、青藍の瞳に怒りを滾らせながら舞の型とは違う動きを所々に散りばめながら私を翻弄する。

 右に、左に、時には上から振るわれる真剣を、ただひたすらに、交わし、いなし、受け止める。

 息が上がる。

 剣撃を防いだ腕が酷く重たい。

 視界が、剣の銀と、花びらの桃と緋だけに染まっていく。

 視野が、狭まる。


「その小さき体では、我が力の欠片も受け止められぬ」


 山神様の言葉に合わせて、萩太郎が小さく笑う。

 その姿が、ただ、悔しくて。


「……はぁ!」


 袈裟懸け、一閃。

 不意を突いた私の一撃は、萩太郎が下段で刃を流した事で不発に終わった。

 ぎりり!と刀同士が擦れ合う醜い音が神楽殿に響き渡る。

 互いの刃を下げたことで近くなった萩太郎を見据える。

 眉を顰めて私を睨む萩太郎を負けずに睨み返して、笑った。


「……まだ、これからでしょう?」


 私は、まだ折れていない。

 萩太郎にだけ聞こえるよう、小さく呟いた言葉に。

 青藍の瞳に映る感情が、憤懣から歓喜へと変わるのが見えた。

 そして、再び乱闘にも思える激しい剣舞の応酬が繰り広げられる。


「我が力を欲するならば、まずは強き心を」


 山神様の、陽葵様の覚悟を問う問いかけはまだ終わらない。

 互いに攻め手と受け手の立場をこまめに切り替えながら、真剣を振るい、薙刀を構える。

 狭い視野の中、刀を正面で構えた萩太郎から一段濃い青藍の光が散るのが見えた。

 それを捉えられたのも幸運だったのだろう。

 萩太郎がすさまじい早さで私に肉薄する。

 あえて防御の姿勢を取らずに、目の前に迫る剣先を静かに見つめ続けた。

 そして、その剣先は寸分違わず萩太郎が狙った場所へと突き抜ける。


「きゃぁぁぁぁ!」


 観衆から悲鳴が上がった。

 釵子から垂れた組紐と頬のほんの僅かの隙間に、萩太郎の渾身の突きが突き抜けていた。

 巻き込まれた数本の髪が、風に乗って散っていく。


「お前と私は、姿も、形も、生きる時の長さも違う」


 悲鳴が消え、笛の音すら止まった。

 今この場に響くのは、場違いなほどに冷静な爺やの語りだけ。


「いづれ、お前も消える」


 その言葉とともに剣を下ろした萩太郎に、私は思わず声を荒げた。


「っ、私は!例え、この国の全ての人に背を向かれたとしても!」


 青藍の瞳が大きく見開かれる。


「あなたのっ!お側におります……!」


 だから、と手にした薙刀を床に置き、萩太郎へ……白銀杉へ平伏する。


 ――私に、あなたの言葉を……山神様の神託を、お授けください……!


 そう、強く願った瞬間。


「きゃあ!」

「うわっ!」


 頭の上から……白銀杉から吹き下ろしたであろう暴風とともに、強く広がる花の香り。

 そして、耳に届く観衆の悲鳴。

 一体何が、と恐る恐る頭をあげた。


「……っ?!」


 開けた視界に入ってきたのは、空に止まったままの桜の花びら。

 一枚だけではない。

 視界の端、いまだ神楽殿の外では季節外れの山颪(やまおろし)が吹き荒れる中で。

 神楽殿へ舞い込んだ幾千枚もの花びらだけが、まるで絵の一部になったかのように空に留まっている。


 ――これは、一体……?!


「……神託」


 神楽殿の回廊の向こう、誰かの震える声が聞こえる。


「山神様の……神託だ……!」


 その言葉が観衆の耳に届いた瞬間。

 神楽殿を揺らすほどの歓声が沸き起こった。


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