二葉 二十節 侮られる王族
「“山神様の神託を賜らんことを”」
冷淡に、嘲笑とともに投げつけられた言葉は、いとも容易く私の心を凍りつかせた。
――榊、様……?
何故、そんな冷えた笑みを浮かべているのですか?
確かに、榊様は上に立つ者として厳しい態度を取られる事はあった。
けれど、私には柔らかな笑みを浮かべてくれていた。
そう、つい昨夜だって、わざわざ書庫殿にまで訪れてくれたのに……。
「何?“混じり”はまともに会話もできないの?」
立ち尽くしている私に、榊様が更に辛辣に言い募る。
皮肉にも、その言葉で私は我に返ることができた。
「いえ……失礼しました。どうやら、“巫術の申し子”の前に圧倒されてしまったようです」
動揺を隠すため、裾で口元を隠しながら視線をそっと榊様から外して床へと落とす。
――榊様のこの態度は、私と面識があることを悟られない為なのでしょうけど……。
それでも、胸の中を渦巻く嵐は消えない。
「言祝ぎの言葉、感謝いたします。榊様」
「ふっ……いいよ。下がりな」
再び投げつけられた嘲笑を受け止めて、私は頭を下げ榊様の前を辞す。
そして、あらかじめ父様から告げられていたあざみ様の横へと並びその場で待機する。
左斜め前にいる榊様を、視界に入れないようにしながら。
――どうして……。
確かに、榊様は『天峰榊として君に接する』と言っていたけれど、まさかそれが榊様からの“混じり”の呼びかけとは思わなかった。
……思いたく、なかった。
――王族としての『天峰榊』は、私を“混じり”と蔑むのですね……。
それが、王族の中での私の評価。
分かっていたはずなのに。
――榊様に突きつけられるなんて……。
私への“混じり”の呼びかけも、嘲笑も、冷徹な瞳も、全ては面識がないことを偽るための演技。
それは分かっているのに。
――榊様にだけは、呼ばれたく無かった……。
感情の逃げ場がなく、思わず顔を伏せそうになった瞬間。
儀式の開始を告げる鐘の音が、神社中に二回、三回と響き渡った。
「……時間ですね」
鐘が鳴り終わり、閉じていた目を開いて白梅様が静かに呟く。
「参りましょうか」
そう言って、松風様の手を取り立ち上がる。
そのまま二人並び立って扉の前まで歩みを進める。
しゃりん、と白梅様の釵子が鳴った。
「扉を開けよ」
松風様が部屋の外にいる家人達に告げる。
ゆっくりと扉が開いた。
「白梅様のお通りだ。道を空けよ!」
家人達が声を張り上げる。
花咲の奉納に参加できるのは、王族とその配偶者と五大主家のみ。
おそらく、一目でも王族の姿を見ようと、他の家の者が集っているのだろう。
静謐な拝殿に似つかわしくない喧噪が、扉の向こうから聞こえてきた。
――いよいよ、始まる……。
静かに息を飲み込む。
白梅様が部屋を出た。
途端に湧き上がる歓声に緊張がより高まる。
天峰国は女王制。
そのため、少なくとも王族においては、男性より女性のほうが尊重される。
白梅様が神楽殿に入ったことを家人が告げる。
それを聞いて、私の隣に立つあざみ様が扉へと向かった。
あざみ様は、控えの間から出てきた濃茶の髪の男性の手を取って神楽殿へと向かう。
そして、次は。
「私の、番……」
小さく囁いた声が震える。
何度も息を吸っては吐いているけれど、空気が薄く感じて、苦しい。
家人が、あざみ様が神楽殿に入ったことを告げる。
そ私は、一歩また一歩、歩みを進め開いた扉へと向かった。
――怖い……。
外の人々に、この姿を見られることが。
なんて言葉を投げかけられるのか。
榊様から投げつけられた冷ややかな“混じり”の声が耳にこびりついて、離れてくれない。
――それでも私は、ここで、この宮廷で生きていくと決めたのに……!
板の間に視線を落とし歩く。とてもじゃないが正面を見据えて歩く勇気が出ない。
そんな私の元に、柔らかな春告風が吹き込む。
その風に微かに乗った懐かしい花の香りに、思わず視線を上げる。
――母様?
「あ……」
上げた視界の先、見慣れてしまった青藍の持ち主が、無表情で私を待っている。
――萩太郎……。
彼の姿を見た瞬間、ふっと肩の力が抜け、息が吸えるようになった。
――あぁ、そうですね……。
何も恐れる事は無い。
“混じり”という蔑称は、幼い頃から私とともにあったのだから。
私は、真っ直ぐに正面を見据えたまま扉をくぐる。
――それを、萩太郎の姿を見て思い出すなんて……。
思わず、笑みが溢れる。
歓声が止む。
目の前に迫った萩太郎の目が、驚きに見開かれた。
「萩太郎?」
「いや……なんでもない」
短く切られた言葉とともに手が差し出される。
その手に自身の左手を乗せて、私達は神楽殿へと続く回廊を歩き出した。
回廊の両脇には思った通り、神楽殿に入れない家の者達が鈴なりに立ち並んでいる。
一瞬止んだ歓声も、私が歩き出した後再びざわめき出す。
「金の髪……!」
「じゃ、この子が例の……」
「瞳は柊哉様のものだけれど、でも……」
ひそひそと交わされるのは、案の定、私の容姿についての言葉ばかりで。
――それでも。
私は、そちらには視線を向けず、ただ正面を見据え歩みを進める。
――私を蔑み、侮る言葉に、私は揺らいだりなんかしません。
それを体で示す為に、私は歩みを続ける。
先行するあざみ様の背中が神楽殿へと消え、回廊に残されたのは私と萩太郎だけ。
本来なら静謐な空間になるはずのこの場所で、隠す気もない不敬な囁きが続く。
「“混じり”の容姿だけれど……立ち振る舞いは凜々しいですね」
「確かに……」
「なりそこないの白梅様や、字を奪われたあざみ様よりよっぽど次代を担えるのでは……?」
「まだそう断言するのは早い。神託の儀の結果を見なければ……」
「そうですね。あざみ様のようにまた字を奪われるかも……」
「いや、あれは松風様の我が子かわいさの苦肉の策だろう。この“混じり”に対して行われるかは……」
密やかに、けれど容赦なく交わされる言葉の端々に浮かぶのは、王族に対する侮りの言葉。
――どういう、事なのですか?
白梅様がなりそこない?
あざみ様が字を奪われた?
そんなこと、書庫殿に居たときには聞いたことが……。
「っ、」
繋がれた手が強く握られ、痛みで思考が霧散する。
静かに視線を上に向けると、萩太郎は視線こそ正面に定めているけれど、その顔は険しく苛立っていて。
――集中しろ、ということですか。
言われなくとも、と握られた手に力を籠めることで応え返す。
数歩先の視線の向こう、新たに塗り直された朱色の柱が二本、そびえ立っている。
――白杉神社、神楽殿。
修練で通い慣れていたはずのその場所が、今はただ、荘厳な威圧感を伴って私を待ち構えていた。




