二葉 十二節 呼び戻す
「菜乃華様、ただいま戻りました」
「防具をお持ちしました、えっと、これは菜乃華様がお使いですか……?」
爺やと笑い合って数分。
防具を抱えたせりとなずなが帰ってきた。
「いえ、萩太郎に付けてください。あ、面も忘れずにお願いします」
「かしこまりました」
「では、萩太郎様、立ってください」
「はい……」
なずなに言われるがまま立ち上がる萩太郎。
――萩太郎、私が、あなたの意思を呼び覚ましてあげます。
何も映していないがらんどうな青藍の瞳を見ながら、決意する。
胸の前で強く手を握りしめた。
「菜乃華様、準備ができました」
「ありがとう。二人とも、下がってください」
「はい」
二人を爺やの横へと下げて、私は地面に置かれていた竹刀を手に取った。
「さぁ、萩太郎。本気で打ち合いましょう?」
そう言って、手にした竹刀を萩太郎へと投げて寄越す。
「はい……」
竹刀を拾おうと、萩太郎は身を屈めて手を伸ばした。
すかさず、私は側に置いていた薙刀を手に取り、萩太郎の手を狙い振るう。
萩太郎の手首を掠めた薙刀は、小手を打つ乾いた音とともに竹刀を大きく弾き飛ばした。
「あ……」
「拾いなさい。そして、私と修練を」
萩太郎を上から見下ろして、高圧的に言い放つ。
「はい……」
機械的に返事をした萩太郎は、言われるがまま飛ばされた竹刀の方へと向かう。
それを、私は静かに追って。
萩太郎が落ちた竹刀を手に取り、振り返った瞬間。
私は、また萩太郎の手を狙って薙刀を打ち据えた。
再び弧を描いて大きく飛んでいく竹刀。
「っ、」
萩太郎の口から小さく息が漏れる。
打ち据えた手の痛みのせいかもしれない。
けれど、面の向こうの青藍の瞳がほんの微かに苛立ちで歪んだ気がした。
「あら、ご不満ですか?」
苛立ちだと信じて、私は更に萩太郎を煽る。
これ見よがしに、向かい合う萩太郎をせせら笑った。
「でも、以前あなたも私に同じ事をしましたよね?あなたが怒るのは筋違いでは?」
そう、得物を投げて寄越すのも、拾おうとした手を打ち付けたのも、拾いに行った私に更に追い打ちを仕掛けたのも。
全部、萩太郎が先。
「あなたは忘れてるかもしれないですが、された方はずっと覚えていますよ?……さぁ、拾って」
「はい……」
じっと私を見て、警戒しながら竹刀を取りに行く萩太郎。
――そう、もっと苛立つのです……。
苛立ちが嫌悪に変わるほどに。
それだけが、私とあなたを繋いでいたのだから。
「はっ!」
「っ!?」
先ほどと同じように、竹刀を拾った萩太郎を狙って薙刀を振るう。
その瞬間、萩太郎は間一髪で手首を返し、私の薙刀を防いだ。
薙刀と竹刀が交わる音が庭に響く。
「あら、もう対処できるのですね?」
「っ……!」
持てる力の全てを使って薙刀で竹刀を押さえつける。
萩太郎の顔が苦しそうに歪んだ。
――あぁ、やっぱり。
萩太郎の剣への執念はすごい。
「でも……」
私は竹刀を押さえつけていた力を緩めた。
途端に竹刀が跳ね上がる。
その下をかいくぐるように、私は萩太郎の脛へと薙刀を打ち付けた。
薙刀が脛の防具を打ち据える乾いた音が再び庭に響く。
「そこまで。勝者、菜乃華様」
一本を取った私に、静かに爺やが勝利を告げる。
その声とともに、萩太郎の瞳からまた光が消えそうになって。
「終わったと思っているのですか?」
「……え」
人形のようになった萩太郎と出会って三日目。
初めて、萩太郎が自分の意思で声を発した。
「まだやりますよ。さぁ、構えて」
「……はい」
今度の返事には、先ほどまでの機械的な響きがなかった。
面の向こう、青藍の瞳に微かな光が灯る。
それはきっと「私に負けたくない」という、萩太郎の意思の現れ。
「始め!」
「はぁ!」
「っ、はっ!」
一撃、二撃。
これまで幾度となく繰り返してきた修練をなぞるように、薙刀を振るう。
初めは剣筋がわかりやすいようにわざと大振りにしていた薙刀も、何度も打ち合う内に徐々にいつも通りの早さになっていって。
カッカッと、竹刀と薙刀がぶつかり合う音が絶え間なく耳に届く。
けれど。
――こんなものじゃなかった……。
萩太郎の剣は、もっと重くて、鋭い。
「っ、どうして?!」
薙刀を振るいながら、叫ぶ。
「ねぇ、どうしてそんな風にしか攻撃してこないのですか?!」
萩太郎は薙刀の間合いを恐れて近寄ってこない。
こんなの、萩太郎の戦い方じゃない。
「あなたはいつも私の急所を狙っていた!」
萩太郎へ一歩踏み込む。
「そちらの方が間合いが短くても!」
最小の動きで薙刀を構えて。
「私の死角を突いて!」
萩太郎の死角に薙刀を寄せて。
「容赦なく打ち据えて!」
言葉の勢いとともに薙刀を振るう。
容赦なく萩太郎の左側面を突いた。
「ぐっ……!」
「それが、あなたが求めた強さだったのでしょう?!なら、薬ごときに奪わせないでください!」
爺やの制止を待たずに、萩太郎へと詰め寄る。
青藍の瞳が、大きく揺れている。
あと少しだった。
「はぁぁっ!」
大きく振りかぶって胴へと打ち込む。
萩太郎はかろうじて竹刀でそれを受け止めた。
「私は!あなたに勝ちたくて修練を積んだのです!」
言葉とともに薙刀を何度も叩き込む。
萩太郎の竹刀も、かろうじてそれについてくる。
「私の知るあなたの剣はこんなものではなかった!」
その言葉とともに、私は萩太郎から間合いを取る。
「……このままじゃ、あなたはまた“楮乃の落ちこぼれ”と呼ばれますよ」
静かにそう告げた瞬間。
萩太郎の瞳が大きく見開かれた。
「あなたを落ちこぼれと呼んだ家人を見返さなくて良いのですか?」
肩で息をしながら私を睨み付ける萩太郎に、私は一歩踏み出す。
「あなたに罵声を浴びせた三葉様を……お母様を見返してみなさい!この、“楮乃の落ちこぼれ”が!」
その瞬間。
私のこめかみの横を、竹刀が鋭く掠めた。
「……っ、混じりが……!」
面の向こう。
光を取り戻し、私を憎々しげに睨み付ける青藍の瞳。
「混じりが、俺を、落ちこぼれと呼ぶな!!」
肩で息をしながら、萩太郎が叫んだ。
「……あ」
懐かしい。
怒りに満ちたその声も、私を睨みつける青藍の瞳も。
ずっと、待っていた。
「……えぇ」
私は、思わず笑った。
「あなたは落ちこぼれなどではありません」
言葉と共に、一歩萩太郎へと近寄る。
まだ呆然と息を吐く萩太郎の手を私はそっと握り込んで。
「私が知る中で最も強く……」
呆然としている萩太郎に向かって、私は微笑む。
「最も卑怯な剣士です。……おかえりなさい、萩太郎」




