↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部完結】天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
二葉 神託の儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/62

二葉 十一節 報復


 ――大変なことになりました……。


 私室で道着に着替えた私は、なずなを伴って書庫殿前の庭へと降り立った。

 手には使い慣れた薙刀を持っているけれど、進む足取りは重い。


「だ、大丈夫ですよ、菜乃華様!爺様もきっと、通しでずっとという訳ではないと……思いたい、ですね」


 なずなが歯切れ悪く言葉を濁したのは、昨日の剣舞稽古を思い出したからだろう。

 昨日の萩太郎は、こちらが全てを指示しなければ何もしなかった。

 そのため、最初は爺やの指導のもと、剣舞の型を萩太郎に教えるところから開始した。ただ、体に記憶が残っていたのか、萩太郎はすんなり型を習得した。

「筋はいいな」と爺やは一言言って、それ以降は私も巻き込まれ通し稽古をしたのだった。


「昨日は、何回通したのだったかしら……?」

「えっと……菜乃華様お一人で五回、お二人合わせては八回ほど……」

「そう……今日はほぼその倍をするのね……」


 気が遠くなる。


「……なずな、夜は頼みましたよ」


 おそらく、いや、絶対一人ではまともに動けないくらい疲れているだろうから。


「かしこまりました……!」

「……ふふっ!」

「……ふふふ!」


 互いに真剣な表情で顔を見合わせてから、互いに笑い合う。

 なずなとじゃれあいながら庭の奥へと進むと、そこには自身も軽装に着替えた爺やの姿があった。


「うむ。菜乃華様、来られましたな」

「はい、爺や。萩太郎は?」

「こちらですぞ。せり!」

「はい、爺様」


 爺やの声に、せりが萩太郎を連れて横に並ぶ。

 私と同じように道着に着替えた萩太郎は、せりに手を引かれてこちらへと来た。

 その瞳は相変わらず、硝子のようにがらんどうのままだ。


「ふむ……まぁ、昨日のうちに合わせて舞えるようになってはおるからな。不幸中の幸い、と言ったところですな」

「そう、ですね」


 そう、確かに萩太郎は舞える。

 けれど、今の萩太郎の剣には、以前の様な覇気が全くない。


 ――それが、少しだけ寂しいですね。


「では、お二人とも始めなされ」

「はい!」

「はい……」


 私の思考を裂くように、爺やの声が庭に響く。

 私は萩太郎と向き合った。

 そして、静かに薙刀を構える。


「……」

「はぁっ!」


 萩太郎の竹刀が、型通りの軌道から寸分違わず振るわれて。

 私も、それに合わせて薙刀を振るう。


「……」

「やぁ!」


 二度、三度と薙刀を振るい、萩太郎の顔を見る。

 萩太郎の瞳には何も映らず、ただ、教えられたとおりに竹刀を振るっている。

 型どおりの剣舞はとても舞いやすくはあるけれど、いつもの修練とはどこか違う。

 違和感は、薙刀を振るえば振るうほど募って。


 ――あぁ、そうね。


 私は、あの、いつ切られるか分からない、あの緊張感が欲しいのだ。

 今の萩太郎では、それは叶わない。

 私は、薙刀を下ろした。


「菜乃華様、どうされた?」


 薙刀を降ろした私に爺やが近づく。

 私は、爺やを真っ直ぐ見つめた。


「これでは、駄目です。このまま型ばかりなぞっても萩太郎は戻らない。神託の儀も……山神様の神託を賜る事はできないでしょう」


 人形のままの萩太郎相手では、私は真摯に舞うことができない。

 合わせる度に募る違和感が、それを肯定していた。


「……では、どうなさる?」


 爺やの紺の瞳が、すっと細められる。

 私は、隅で控えていたせりとなずなへ声を掛けた。


「せり、なずな。神楽殿に防具が置いてあるから取ってきてもらえる?」

「かしこまりました」

「かしこまりましたっ……!」


 二人が揃って神楽殿へと向かった。

 二人を見送って再度爺やに向かい合うと、爺やの目は眇められたままで。


「……今の此奴を、力のまま甚振ると?」


 爺やの静かで重苦しい声が、私を叱責する。


「菜乃華様は、自身に降りかかった暴行を、無力な今の此奴に報復するおつもりか?」

「……いいえ、違います」


 報復、という爺やの問いに、私は否を突きつける。


「確かに、萩太郎には散々痛めつけられました。けれど、彼はいついかなる時も、修練の時にしか手を出さなかった」


 そう、萩太郎は確かに私を目の敵にして痛めつけた。

 けれど、それが修練の枠を超えたことは一度もない。


「そこに、萩太郎の意思があると思うのです」


 修練で、巫術なしの“混じりの仔”に対しても負ける気は無いという意思。

 私が彼に働きかけるとしたら、そこしか無い。


「私が知る萩太郎の意思……信念はそれしかありません。だから、剣舞では意味がありません」


 型どおりの、勝ち負けのないやりとりでは萩太郎は戻らない。

 それが、ずっと萩太郎と手合わせしてきた私の結論だった。


「萩太郎は無力ではありません。勝利にこだわる、一人の剣士です。私が、彼を呼び戻してみせます」


 有無は言わせない、と爺やを強く見据える。

 爺やは黙ったまま私を見下ろし。

 そして、顔を緩ませた。


「……かしこまりました。菜乃華様に従いましょうぞ」

「爺や……!」

「ただし、菜乃華様がやり過ぎていると思った際には、遠慮無く止めさせてもらいますぞ?」

「えぇ。私も、我を忘れるかもしれませんから、その時はよろしくおねがいします」


 爺やの言葉に、笑顔で頷く。

 そんな私に、爺やはそっと耳打ちする。


「……少しばかり制止が遅れても、これまでを思えば致し方無いですな?」

「……えぇ。「少しばかり」は、致し方がないですよね」


 耳打ちした爺やと顔を見合わせて、笑う。

 私の意思も、気持ちも否定しない爺やの気遣いが、ただ嬉しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。