二葉 六節 狙い
時は過ぎ夕方。
父様と爺やが戻るのと入れ替えに、せりを楮乃家へ送り出した後、私は父様の私室で萩太郎と三人で夕食をとっていた。
「ごちそうさまでした。父様、爺や、私の分まで準備していただいてありがとうございます」
「なに。この爺、久しぶりに菜乃華様の給仕ができ嬉しかったですぞ」
食後のお茶を下げつつ、爺やが茶目っ気混じりに返す。
私はそんな爺やの気遣いを小さく笑って返した。
「そう、気にすることはない。この状態の萩太郎君をなるべく人目に晒したくはないしね。食事はこうやってまとまって取るに越したことはないさ」
父様が気にする事はない、と首を振る。
「人目に付かないようにするのは、萩太郎の名誉の為、ですか?」
「それもあるけど……」
そう言いながら父様が軽く爺やに視線を向ける。
爺やは無言で頷き、懐から風音の巫具を取り出して部屋の入り口に設置した。
それを確認してから、父様が声を落として話し出す。
「この状態の萩太郎君が、楮乃家単独の再教育の結果なら警戒すべきは楮乃家だけで済むんだけど……」
父様が表情を引き締めて私を見る。
「この萩太郎君といい、この前の警邏隊といい……狙われているのは菜乃華の方かもしれない」
「え?」
思いもよらない指摘に声が出る。
「でも、警邏隊は「所属不明の混血がいる」という通報を受けたから動いただけで……萩太郎も、楮乃での再教育の結果でこうなっているだけでしょう?」
狙いが私ということが納得できなくて反論する。
すると、父様は小さくため息をついて仕方がないと言うように私を見た。
「警邏隊そのものは確かに通報で動いたよ。でも、その通報をしたのは誰?君は、榊君と蘭寿君に守られお忍びで行動していたはず。どこからばれたんだろうね?」
「あ……」
確かに、私が宮廷を出た事を知っていたのは父様と榊様、蘭寿様だけ。
――誰かに見られていた?
得体の知れない視線を想像し、ひやりとしたものが背中に落ちた。
「それに、警邏隊とは別に先に襲撃されただろう?その襲撃者はまだ捕まっていない」
「父様は、その襲撃者が警邏隊に通報し、萩太郎の教育にも関与した、と?」
「可能性として、そういう線もあると考えている。さらに、複数で動いている可能性も捨てきれない」
父様の指摘に、宮廷で出仕している人々の視線を思い出す。
――あの中に共犯者が?
そうでなくても、あの大勢の中に紛れ込まれたら侵入者であっても判断が付かない。
「そして、萩太郎君は、内情はともあれ菜乃華の婚約者であって一番近くにいる従者だ。その従者を操り人形に仕立て上げたのなら、指示次第で寝首を掻きたい放題だ」
よそ者に命令を吹き込まれて、なんてこともあるかもねと父様が萩太郎を一瞥する。
「だから、なるべく人目に付かない方がいい。幸いにも、一週間後の神託の儀や花咲の奉納でこの書庫殿の人も出払っている。入ってこようとしたら、その者の方が目に付くぐらいにはね」
だから、無理には入ってこないだろうと父様はお茶を飲みながら話を締める。
私はそんな父様を見ながら、自分の手の中にある茶器に視線を落とした。
「そんな、得体の知れない者がいるかもしれないところに、せりを送り出して大丈夫だったのでしょうか?」
萩太郎の件と襲撃の件を合わせて考えるなんて、思いつきもしなかった。
自分の視野の狭さのせいで、せりが今危険な目に遭っているかもしれない。
「兄様なら、大丈夫ですよ」
焦る私の肩に優しく手が乗せられる。
「なずな……!でも……!」
「大丈夫です。菜乃華様。兄様は、確かにまだ未熟者ですが、お役目はきちんと果たして戻ってまいります」
なずなが私を安心させる様に笑う。
「菜乃華様が「屋敷には入るな」と命じております。兄様は功を焦って身を滅ぼすような人ではないです。信じて待ちましょう」
「はい……」
なずなはそう言ってくれるけれど、私の考えが足りずにせりを死地へ向かわせた事実は消えない。
――もっと、思考を巡らせないと。
それができなければ、私は宮廷に呑まれる。
「……さて、菜乃華様や。もう十分茶も楽しまれたでしょう。今日はここでお開きとしましょうぞ」
重くなった雰囲気を変えるように、爺やが手を叩きながら宣言した。
「そうだね。菜乃華、萩太郎君を用意した部屋へ送ってくれないかい?爺、供を」
「おや、それだと柊哉様がお一人になってしまいますなぁ」
「なずな君にここに残ってもらうよ。それで良いだろう?」
「え、えぇ?!え、えぇっと……、か、かしこまりました!」
父様と爺やのやりとりで、あっという間に私が萩太郎を部屋に送ることが決まってしまう。
――一人になって冷静になれ、ということでしょうか?
確かに、今のこのざわついた胸中をなんとか治めなければ、なずなに対しての主の振る舞いがうまくできない気がする。
それを見越して、父様と爺やがわざと気の置けないやりとりでなずなと離してくれたのだろう。
「わかりました。では、萩太郎、行きましょうか」
「はい、菜乃華様」
私のかけ声に、萩太郎が返事をし立ち上がる。
けれど、一向にその場から動こうとはしない。
「萩太郎……?」
「はい」
声を掛けるけれど、萩太郎はその場から動かない。
どうしたのだろうと思っていたら、隣にいるなずなからそっと耳打ちされた。
「あの、萩太郎様は手を引かれないと歩かれません……」
「え?そうなの?」
「えぇ。先ほどの菜乃華様の部屋からこちらに移動するときも私が手を引いて参りましたので……」
「そう……」
思わず、萩太郎を見つめてしまう。
萩太郎は相変わらず、表情の抜け落ちた顔のままその場で佇んでいた。
――仕方がありませんね……。
「こちらですよ」
あまり近づきたくないのだけれど、と尻込みしながら萩太郎の手を取って、驚いた。
萩太郎の手の皮は厚く、指先はまめができては潰れを繰り返したのか、傷だらけだった。
――あなたは、こんなになるまで剣の稽古を止めなかったのですか……?
楮乃家の嫡男で、巫術持ちのはずなのに、どうして。
「あなたは……」
――あなたは、何を思っていたのですか?
問いかけようとした言葉は、口に出す前に消えてしまった。




