二葉 五節 力の開示
なずなの空色の瞳が真っ直ぐ私を射貫く。
鬼気迫るその表情に、私も再度居住まいを正して向かい合う。
「……私は、巫術を持っておりません。王族であっても、私の母はアルメリアの出ですから。山神様の慈悲は賜れないのでしょう」
ひゅっと二人が息を飲む音が部屋に響いた。
私は二人の視線から逃げるように萩太郎へと視線を向ける。
萩太郎は相変わらずぼんやりと空を見つめたまま動かない。
――萩太郎にも散々蔑まれましたからね……。
巫術なしの混じり。
その言葉を、一番最初に私に投げつけたのは萩太郎だった。
「なら、どうして……」
なずなの震える声が、沈黙の降りた部屋に再度響く。
「どうして、菜乃華様は山神様を信じられるのですか……?」
その声とともに、なずなの目が潤み出す。
「なずな……」
「私達混血には、山神様の巫術は授けてもらえない。菜乃華様ですら、王族であるのにそれは変わらない……!」
部屋に響くのは、なずなの切実な悲鳴だけ。
その痛切な叫びを、私は止めることができなかった。
「巫術さえあれば、お母さんがあの人に殴られ続けることもなかったし、あのひとの事だって……!」
“せめて巫術を使えたら、父様にこれほど心労を掛けなくて済むのに”
“巫術さえあれば、こんな人達”
あぁ、そうだ。
なずなは、榊様に目の力を教えてもらえなかった、私の姿だ。
「私は……私達は、お母さんが死んでからずっと山神様に祈り続けてました。助けて、って。でも、あの人に襲われた時も、助けてくれたのは兄様だった……」
俯いていたなずなが、顔を上げて私をもう一度強く射貫く。
「どうして菜乃華様は、萩太郎様を救おうと動けるのですか?どうして、いるかも分からない山神様の巫になろうと思えるのですか……?」
教えてください、と問いかけるなずなの横にせりがそっと寄り添う。
そして、なずなと同じように、せりも私を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「僕も知りたいです。菜乃華様がそこまで努力をする理由を」
「せり……」
「萩太郎様は、菜乃華様を蔑んでいた一人。柊哉様との会話から推測するに、ずいぶん長い間酷い態度を取られていた訳ですよね?」
せりは感情を揺らすことなく、淡々と自身の疑問を問いかけてくる。
「そんな人を助けるために、自身が動くことで及ぶ影響を柊哉様から指摘されながら、どうして救おうと動けるのですか?」
「それは……」
なにから答えるべきか、どう説明すべきか。
纏まらず、中途半端な言葉が口から漏れて、止まる。
重苦しい沈黙が落ちる中、せりが小さく息を吐いた。
「……菜乃華様は、榊様を目指しているのですか?」
「え……?」
「僕がお会いしたのは出会ったあの時だけですが、今の菜乃華様は、榊様のあり方を目指しているように見えます。榊様のようになりたいのですか?」
せりが深刻そうに告げた言葉に。
私は、思わず笑ってしまった。
「……ふふっ!」
「菜乃華、様?」
「っ、ごめんなさい、笑ってしまって」
笑われて不満そうなせりに向かって、裾で口元を隠しながら謝る。
そして、息を落ち着かせてから、私はせりとなずなに向かい合った。
「確かに、榊様のあり方に憧れる部分もありますが……榊様のようになりたいとは考えておりません」
だって、榊様と私は決定的に違う。
「あの方は『巫術の申し子』と呼ばれるほど山神様に愛されている方。同じようになりたいと目指しても、混血の私ではなれるはずがありません」
「なら、どうして……」
せりの思わず零れた疑問に、私は笑みを向けて答える。
「私が、山神様の巫になりたいと思ったから、今そうなれる様に努力をしているのです」
私の言葉に二人が息を飲む。
「っ、でも、山神様なんて、本当にいるのか……」
なずなが信じられない、と山神様の存在を否定する。
私は、立ち上がって欄干のガラス戸を開ける。
波打ったガラス戸で柔らかく差していた日の光が、遮るものがなくなって真っ直ぐ部屋へと差し込んでくる。
その眩しさに目が眩んだのは一瞬。
開いたガラス戸の先、神織山の北側に、ご神木である白銀杉が仄かに白く輝きながらそこに立っていた。
「二人とも、こちらへ」
白銀杉が見える位置に二人を呼ぶ。
二人は眩しそうに目を細めながら私の横へ並んだ。
「あなた達には、白銀杉はどう見えますか?」
「え?」
「どうって……大きなご神木だな、と」
「そう……」
――やっぱり、そうだったのね……。
巫術の光が見える私だけが、白銀杉が光って見える。
不思議そうに私を見つめる二人に、私は、目の力を打ち明ける事に決めた。
「私には、白銀杉は名の通り白く光って見えるのです」
「え?」
「そんな……!」
「それだけではありません。私の目は、人々が使う巫術の光が見えます。使う人によってその色は異なり、おそらく、山神様への信仰が深いほど、光は強く、鮮やかに輝いて見えるのです」
ずっと考えていた。なぜ、萩太郎の光が弱く、桜様の光は強いのか。
最後の欠片は、桜様が榊様だと知ったことだった。
「『巫術の申し子』である榊様の光は、誰よりも鮮やかで強い。白く光る白銀杉と、榊様の巫術の光が、私に山神様の存在を信じさせてくれました」
呆然と私を見つめる二人に、私は困った様に笑う。
「だから、私は王族としてこの宮廷で生きると決めたのです。混血であっても、山神様の巫として山神様の言葉を伝えたいと……山神様は、ちゃんといらっしゃるのだと伝えるために」
私の言葉を、多くの人々に伝えるために。
だから私は努力しているのだ。
「この目の力を教えてくれたのは榊様です。私は、この目の力について調べるために神居街に下り、あなた達に出会ったのです」
「そう、だったのですか……」
「巫術……光……本当に……?」
「……二人とも、無理に理解しなくても構いません」
まだ、私の言葉を飲み下せない二人に、私は首を振って無理をするなと告げる。
「私の目は、ご神木を輝かせ、巫術を授ける存在……山神様が確かにいらっしゃると告げています。ですが、それを見ることができるのは私だけで、二人が信じられないのも分かるのです」
だから、と私は言葉を続ける。
「また山神様の存在を信じられなくなったら、私に尋ねてください。私は何度でも山神様はいます、と伝えます。それが、私が山神様の巫を目指す理由ですから」
あまりの話の大きさに、驚いたまま言葉が出ない二人。
しばらく時間が必要だろうと、ガラス戸を閉めようとしたら、せりが大きく息を吐いた音がした。
「せり?」
「……正直、話してもらっても、まだ信じられません。……でも、僕達の話を聞いてくれるのは、出会ったときからそうだったから信じられます」
せりの空色の瞳が柔く緩んだ。
「だから、菜乃華様がそう言うなら山神様は本当にいるのかもって……信じられると思います」
「せり……」
「私も!」
なずながよく響く声で声を上げる。
「私も、菜乃華様なら信じられます!あの日、私達に手を差し伸べてくれたのは菜乃華様だから」
なずなの空色の瞳もまた、柔く緩む。
「……いつか、菜乃華様が見ている景色を見てみたいです」
「……私も、あなた達に同じ景色を見てもらえる日がくるよう、励みますね」
なずなと顔を見合わせて笑い合う。
「そういえば、せり」
なずなの横で安心したように笑うせりに、私は声を掛ける。
「なんでしょう?」
「まだ答えてない質問がありましたね。私が、萩太郎の自我を取り戻す理由です」
「あぁ、ですがもう……」
「いえ、誤解されたままでは嫌なので……」
「誤解?」
不思議そうに笑うせりに、私は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「私は、別に萩太郎を救おうと動いている訳ではありません」
「は……」
「私は、萩太郎に一言文句を言いたいのです。『あなたが蔑んでいた混じりの仔は、ちゃんと山神様の巫として宮廷にあり続けています』と。自我を失ったままでは、意味がないじゃないですか」
「……っ、ははは!」
私の言葉を聞いたせりが大声で笑い出す。
「っ、く、な、菜乃華様って、意外としたたかですよね!」
「当然です。私は聖女みたいに慈悲深い人間じゃありませんから。しっかり萩太郎には報復しますよ!」
「っ、ははは!強い!」
「……ふふふ!」
春の柔らかな光が差し込む部屋に、私達の笑い声が響く。
まだ何も始まっていないけれど、この三人なら乗り越えられるような気がした。




