↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部完結】天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
閑話 楮乃の落ちこぼれ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/62

前葉裏 一節 楮乃の落ちこぼれ

 楮乃家。

 山神様から賜った巫術を、家で作っていた和紙に籠め護符を作る事に成功した、この天峰国に古くからある五大主家の一門。

 そんな楮乃家当主長男として生まれた俺は、恵まれた人生を歩むはずだった。

 あの日、俺が巫術を賜るまでは。


「わぁぁ……!」


 巫術を賜ったのが嬉しくて、その勢いのまま庭にあった黒松のてっぺんまで登った四歳の俺。

 開けた視界と頬を撫でる風を堪能していたら、黒松の根元に母上がいるのに気づいてしまった。


「母上!」


 黒松の上から声を掛けると、一瞬探した後に上を向き俺を見つけた母上。

 大きく開いた茶色の瞳に映った感情を、当時の俺は察することもできず。

 見つけてもらったことが嬉しくて、賜ったばかりの巫術を息を吸うように使って黒松から駆け下りた。

 そして、静かに佇んだままの母上に駆け寄った。


「母上!見てください!巫術をたまわりました!」


 褒めて欲しくて、喜んで欲しくて、声を張り上げ顔を上げた先にあったのは、光を宿さない濃茶の瞳。


「母上……?」


 怖くなって声を上げた俺に対し、母上の手がそっと肩に添えられる。

 そして、そのまま力なく崩れ落ちた。


「どうして……?」


 俯いた母上から力なく言葉が溢れ落ちる。


「どうして、膂力《りょりょく》の巫術なんか……付与の巫術は?!護符は?!楮乃の嫡男でしょう?!」


 掴まれた肩が痛い。

 景色を捉えられないほど強く体を揺さぶられて気持ち悪くなる。


「い、いたい!はなして!」


 咄嗟に巫術を使って母上を突き放した。


「きゃぁぁ!」


 気づいた時には、母上の体は縁側まで飛ばされていて。


「あ……」


 真っ白になってしまった俺の目に映ったのは、絶望に染まった母上の顔。


「どうして……あなたは楮乃の一人息子なのに、どうして……」


 か細く震えた声で母上が呟く。

 母上が呟く度に、濃茶の瞳から光が消えていく。

 謝らねばと息をするも、喉の奥に絡まった声は最後まで出ることはなく。

 母様の絶叫が庭に、屋敷に響き渡る。


「乱暴者の巫術なんて……この、楮乃の落ちこぼれが!!」


 ざんばらにほどけた髪の隙間から覗く、絶望から憎悪に変わった濃茶の瞳に。

 喉も裂かんとばかりに叫ばれた“落ちこぼれ”という言葉に。

 俺の中の何かが壊れた音が聞こえた気がした。


 ****


 膂力の巫術しか持たない“楮乃の落ちこぼれ”

 それでも、俺は母上に認めてもらおうと必死に努力した。

 巫術の制御だけでなく、剣術や棒術、暗器の扱いやそれらの体の使い方。

 家業である製紙業も宮廷での文官業務も、できる範囲で資料を取り寄せて自分の物にした。


“全てを完璧に熟すことができれば、もう一度、母上に認めてもらえる”


 その一心で、剣を握り、暗器で血を流し、目の下に隈を作って書を読み漁る日々。

 そう信じて努力した俺が打ちのめされたのは、母上の慟哭から五年後の深眠の季節。

 もうすぐ春告風が吹きそうな時期だった。


「婚約者……?」


 寒々としたがらんどうな部屋。

 私物がなく、あるのは備え付けの文机だけ。

 部屋の持ち主である父上も、どこか部屋に馴染んでいないように感じる。

 そんな、持ち主ですら入るのが久しぶりな父上の私室に呼び出された俺は、ついさっき父上に告げられた言葉を繰り返して呟いた。


「正確には従者兼婚約者候補、だ。間違えるな」

「っ、申し訳ありません!」


 重く、俺の頭を押さえつけるような威圧感のある声に、勢いよく頭を下げた。

 父上はそんな俺を一瞥することもなく、文机に置かれた茶器を手に取る。

 かたりと、茶器が置かれる音だけが重苦しい空間に響いた。


「お前、王族の名をどこまで知っている?」

「は。現女王白梅様、王配松風様、長男槐様、長女あざみ様、槐様の長男榊様、そして白梅様の甥、柊哉様です」

「ふん、さすがにこの程度の常識は持ち合わせているか……」


 墨色の瞳が俺を値踏みしている。

 内心の焦りを隠して、俺はその目を見返した。


「アルメリア侵攻は?」

「七……いえ、六年前に槐様が単騎でアルメリアに侵攻した事件、ですよね?」

「あぁ。その時、槐様はアルメリアから一人、姫君を連れて帰ってきた」

「え……?」


 初めて明かされた事実に、思わず声が出る。

 その声に向けられた父上の冷たい一瞥に、慌てて口を引き締め直した。


「連れてこられた姫……ヘレナ姫は柊哉様と婚姻を結び、侵攻から一年後に赤子を産んだそうだ」


 これだから蛮族は慎みが無い、と父上がぼやく。


 ――俺が付くのは“混じりの仔”なのか……?!


 混じりの仔。

 蛮族と交わって生まれた、獣の仔。

 それでも、父上の手前、喚く訳にはいかない。


 ――父上には何か考えがあるはず……!


 俺は静かに父上が話を進めるのを待った。


「王配の松風様は紬の傍家の出、槐様には紬の当主が侍従として付き、妻の芙蓉様もこれまた紬の傍家……榊様にも紬の一人娘が付くそうだ」


 歴代、平行の巫術を駆使して王族の側付きを多く輩出してきた紬家。

 文官として王族の政治を支える楮乃家にとって、王族の身辺を支える紬家は長年に渡る天敵である。

 そう、家人が話すのをずっと聞いてきた。


「あざみ様に取り入れれば良かったが、この花咲の季節に神託の儀だ。時間が無い。ヘレナ姫の娘……菜乃華様は幸いお前と三つ違いだ。上手く娘を通じて柊哉様と繋ぎを作り、王族の情報を流せ。それがお前の役割だ」


「……はい!」


 ――父上の狙いは、娘ではなく柊哉様だった!


 書庫殿の番人、柊哉様。

 天峰国の公文書の全てが集まるのが書庫殿だ。そこに息子である俺を送り込みたい。


 ――父上は俺を認めてくれている!


 父上の為にも励まねば、と意気込んだ俺に温度のないため息が投げられた。

 ため息の出所は、目の前に座る父上で。


「落ちこぼれでも、せいぜいそれぐらいの役には立て」

「は……」


 何を言われたのか、理解できなかった。

 凍り付く俺の横を、父上は一瞥することなく通り過ぎて。

 部屋を出る刹那、背を向けた父上が告げた言葉が。

 俺を絶望へと突き落とした。


「混じりの仔程度なら落ちこぼれでも釣り合う……いい厄介払いができた」


 その言葉とともに閉じられた障子が、外から光も閉ざして。

 視界が、暗くなる。




 その日から数日後。

 俺は、“混じりの仔”と初めて会うことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。