一枝 一葉 三節 修練
初代女王である陽葵様は、巫術だけでなく武術や体術にも優れており、巫術と掛け合わせて山神様を奪わんとする蛮族を一人で退けたという逸話が数多く残されている。
そんな陽葵様の逸話にちなんで、天峰国の王族と五大主家の子弟には巫術、武術、体術の修練が義務づけられている。場所は山神様に見てもらえるようにと拝殿北側、本殿との間に立てられた神楽殿だ。
神楽殿は文字通り、山神様に神楽を奉納する場所でもある。私たち天峰国の王族は十五歳の花咲の季節に神託の儀という、山神様から神託を授かるための儀式を行う。神楽殿にて武芸や神楽を奉納し、山神様から神託を賜ることで初めて王族として認められるのだ。
ーーその神託の儀で認められなければ、私は。
よぎった考えを首を振って彼方へと放り投げる。
本来なら、王族男子が武芸を、王族女子は神楽を披露すればいい儀式である。なのに、私が萩太郎と一緒に武芸の修練をしているには訳がある。
「ほら、やるぞ。さっさと支度しな」
私服から道着に着替えて重たい足取りで神楽殿に向かうと、生き生きとした萩太郎から薙刀を押しつけられた。萩太郎は反対の手で持っていた竹刀を軽く振り、今か今かと待ち構えている。
萩太郎の周りには、楮乃家傘下の貴族から集められた子弟達が嫌な笑みを浮かべながら私を見下していた。
そんな萩太郎達から背を向けて、私は入り口横に置かれた私専用の防具を着けていく。
これが私の命綱になる。
「早くしろよ、混じりの癖に待たせんなよなぁ」
ぶんぶんと竹刀を振り回しながら煽る萩太郎に返事はしない。
垂れを腰に巻き付け、胴を胸に固定、すね当ても膝下に着けてそれぞれに付いた紐でしっかり固定する。少しでも緩んでいたら即、私の命の危機だ。
結っておいた髪を頭の上でひとまとめにしてその上から手ぬぐいで固定する。それから面をかぶって頭の後ろで縛る。視界が狭まるのが辛いけど、萩太郎は容赦無く顔面を狙ってくる。面がないとまともに戦えやしない。
最後に、小手を両手にはめて準備完了だ。
大きく深呼吸を一つ。肺に貯めた息を吐ききって正面で薄ら笑っている萩太郎を睨み付ける。
ーー今日こそは絶対、勝ちます!
防具を着ける時に壁に立てかけた薙刀の柄をぎゅっと掴む。
「……よろしくお願いします」
「今日も、とことんしごいてやるよ」
まぁ、混じりに巫術が授けられる訳ねぇけどな。
私を蔑む萩太郎の声が、私の胸を抉った。
陽葵様は山神様から数々の巫術を授けられたが、一度にすべての巫術を賜った訳ではない。
まず授かったのは、豊穣の力。草木の芽吹きを助け、成長を促し、豊作に導く力を賜った。
次に授かったのは水繰りの力だ。天峰国は一年に一回、南の地からやってくる激しい暴風雨に見舞われる。農作物からその被害を逸らすため、雨風を操り、水源を作り、河川の流れを整える力である。
そして、膂力の力。山神を奪わんとする蛮族に対抗するため、風のように早く動き、大岩さえ持ち上げる力。
膂力の力は陽葵様が危機に陥った時に山神様に授けられた力だ。そこで、父様は楮乃家から私に萩太郎を付けたいと申し出された時に、逆に楮乃のご当主様にお願いしたのだ。
私が巫術を授けられるように、萩太郎とともに武術を仕込んでほしいと。
自身を厳しい状況に追い込むことができれば、もしかしたら山神様の慈悲を賜ることができるかもしれないから、と。
そして、十歳から萩太郎と修練を重ねてもうすぐ五年。
山神様の慈悲は、まだない。
「おらおらおら!どうしたぁ!」
「くっ…っ、えい!」
私より三つ年上、十八歳になる萩太郎は身長が伸びたのと同時に筋力も強くなった。勢いよく何度も降り降ろされた竹刀を、私は薙刀のしのぎの部分でなんとか払う。萩太郎の体制が崩れた一瞬の隙を突いて背後に下がり、刃を萩太郎の方に向けて牽制する。
薙刀の方が柄が長い分、距離を取った方が有利。
懐に入られたら最後、防具の隙を縫って繰り出された突きに気絶させられたこと数知れず。
ーー冷静に、冷静に。
この五年、ただでやられてきたわけじゃない。
攻撃をかわされた萩太郎は、頭に血が上る。それ以降の攻撃はより単調になるから、近づけないように牽制しつつ、小手を狙えれば……。
「……合わせるの、だりぃわ。終わらす」
萩太郎が呟いた直後。
面越しの狭い視界から萩太郎が消える。
「っ?!」
かろうじて視界の端を通り過ぎた萩太郎の青藍色を追って体を捩ろうとするも、間に合わない。
左側背後、利き手とは逆方向に回り込まれた私は、むき出しの肩に容赦なく突きを喰らって倒れ込んだ。
「そこまで!勝者、楮乃萩太郎!」
わぁ、と歓声が上がって萩太郎の周囲に人だかりができる。
「さすが、萩太郎様!見事な強化の巫術でした!」
「混じりを油断させてからの一撃、素晴らしいです!」
楮乃家傘下の子弟達が萩太郎を持ち上げる言葉を吐いているのが聞こえる。
その一方で、楮乃以外の主家傘下の子弟達がひそひそと囁いているのも聞こえてきた。
「素晴らしいとは言っても、奴はあの一瞬だけしか強化の巫術を使えないじゃないか」
「しっ!聞こえたらあの落ちこぼれに絡まれますよ」
「そうですよ。落ちこぼれでも楮乃です。絡まれたら面倒ですよ」
「しかし、混じりはまだ巫術を使えないのか」
「仕方が無いですよ、なんせ名の通り“混じりの仔”なのですから」
「外の国の混じりの仔が、神聖なる山神様の慈悲を賜ろうとするのがそもそもの間違いなのでしょう」
「神託の儀を待たずに放逐すればいい物を」
「それをすれば槐様の顔が立たんだろう……」
「ま、どのみち花咲の季節を過ぎれば放逐でしょう?ようやっと混じりを見ることがなくなって清々するわ」
がやがやと、私の頭上で交わされる言葉がうるさい。
ーー私の名は混じりじゃありません。菜乃華という名前があるんです。
そう叫んでもここにいる子達には届かないだろう。
ーー悔しい。
私に巫術があれば、こんな人達。
「……だめ」
陽葵様は、そんな野蛮な思いから巫術を欲した訳じゃない。
頭の中によぎった考えを振り払う。
いつか、真面目に修練していればきっと山神様は応えてくれるはずだから。
そう父様が信じてくれているんだから、私だって。
ーーでも、それは一体いつになるの?
「……っ」
ただでさえ狭い視界が涙でさらに狭くなる。
でも、泣きわめいたところで、周囲の彼らに付け入る隙になるだけ。
ぐっと喉の奥に声を押し殺して、私は手放してしまった薙刀をもう一度握り混む。
目を瞑り深呼吸を一回。頬に流れた涙は汗にまみれて分からなくなるから。
だから、もう一度。何度だって。
「もう一度、お願いします!」
立ち上がって萩太郎に頭を下げる。
「おぉ、何度だってやってやるよ」
私をいたぶる強者の声に怯える自分も確かにいるけれど。
「……次こそ」
山神様の慈悲があるかもしれないから。
怯える心を見ないふりして、私はもう一度萩太郎と向き合った。
初投稿はここまで。続きは1週間後に投稿します。
どうぞお付き合いをお願いします。




