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【第二部完結】天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
一枝 一葉 虐げられた混じりの仔

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一葉 二十六節 混血の王族


「っ、思ったより、早かったか……」


 桜様が私の肩を押して身を離す。

 そして、ぎこちなく立ち上がって私を背にかばいながら警邏隊に立ち塞がった。


「どけ、少年。お前に用はない」

「そっちが無くても、こっちにはある……この子は渡さない」


 桜様の体に力が入る。

 私は桜様の外套を強く握り締めた。


「おい!そこにいるのは分かっているんだ!」


 桜様に対峙した警邏隊の長ではない、別の隊員の一人が隊長の後ろから声を上げた。


「答えろ混じり!ここは神聖なる山神様を祀る白杉神社だ!何故ここに来た!」


 言葉の端々から、混じりに対する蔑みが滲み出ている。

 少しだけ外套から顔を覗かせると、言葉を発した隊員がすぐに私を捉えた。

 その目は人を見る目では無く……畑に紛れ込んだ害獣を忌々しそうに見るような……そんな目をしていた。


 ――これが、本当の混じりを見る目……。


 萩太郎はまだ私を……天峰菜乃華を見ていてくれた方だったのだろう。

 それを今、この場で知ることになるなんて思わなかった。


「言葉が通じないのか……?ちっ!これだから混じりは……」

「彼女を侮辱するな、痴れ者が」

「何だと?!ガキの分際で!!」


 桜様と隊員が一触即発の空気を醸し出す。

 そんな中、私の脳裏に浮かんだのはせりとなずなだった。


 ――彼らは、これにずっと耐えてきたのですね……。


「お前達、警邏なのにその態度はどうなんだい?」


 桜様がさらに警邏隊を挑発する。

 桜様の体から、僅かに白金の光が溢れた。


「警邏の仕事は治安維持だ。混血が、神社に参ってはいけないなんて法はない。暇なのか?」

「っ?!控えろ!子供の分際で!」


 おそらく、逆上した警邏隊に隙を突いて巫術を使うつもりだったのだろう。

 しかし、巫術が発動する前に、桜様は正面に立っていた隊長に殴り飛ばされた。


「桜様!!」


 飛ばされた桜様へと手を伸ばす。

 けれど、伸ばした手は桜様へと届く前に隊員に掴まれて届かない。


「お前はこっちだ!手こずらせやがって!」

「っ、きゃあ!」


 隊員は掴んだ手を強引に引き寄せ私を捕らえる。

 生暖かい息が頬に掛かった。


「へぇ……混じりにしちゃ上玉だな……」


 私の顔を覗いた隊員から声が漏れる。 


 ――嫌っ!!


 初めて向けられた欲望に、頭が真っ白になる。

 私は身を捩りながら声を上げた。


「っ、離しなさい!私は……私は、天峰菜乃華!天峰柊哉の娘です!」

「なぁ?!しゅ、柊哉様の娘?!」


 私の言葉に警邏隊全体が動揺したのが分かった。

 手を掴んでいた力が緩み、私は桜様の元へと走る。


「桜様!大丈夫ですか……?!」

「っ、大丈夫……」


 そういう桜様の頬は赤く腫れ上がっていて。


 ――っ、どうして私は巫術が使えないの?!


 何もできない自分自身が心の底から憎かった。

 ならせめて、と桜様に背を向けて立ち上がる。

 警邏隊は、私の言葉にまだ動揺していた。


「天峰……本当に、王族なのか?」

「おい、どうするんだ……?所属不明の混じりという情報は……?」

「このままじゃ牢獄行きだぞ?!」

「牢獄行きならまだましだ!極刑……いや、執行人の刑になるかもしれないぞ?!」


 統率もとれずに、各々顔を見合わせて口々に言葉を発している。


 ――今のうちに、なんとかここを離脱できれば……!


 でもどうやって、と考える私の耳に、低い声が届いた。

「王女なんて、いない、だろ?」


 不気味なまでに冷めた言葉に、その場空気が凍った。

 その場の全ての人が、その言葉を発した一人に集まる。

 言葉の主は、私を害獣のように見ていた隊員だった。


「お前、なにを、」

「ここに王女なんていない!いるのは混じりだ!……混じりの王族が一人消えたところで変わらない、だろ?そこの付き人もろとも、不慮の事故で亡くなったことにしてしまえば……!」


 狂ったように……実際、もう狂っているのだろう……吐き出された言葉は周囲に感染して。

 一人、また一人と頷く。


「確かに、それなら俺達は助かる……!」

「いや、それでも王族に……山神様の巫に手を出すなんて……!」

「でも、今ならここだけの話で収まるぞ……?」

「お前達、落ち着け……!」


 隊長だけが落ち着くように指示を出しているけれど、感染した狂気には太刀打ちできない。


 ――どうして、私を見てくれないのですか……?


 躊躇うことなく私を消し去ろうとした言葉に、そして、それに賛同する言葉に身のうちが冷えていく。


 ――私の声は、届かないのでしょうか……?


 目の前が暗くなる。俯いてその場にへたり込もうとした時。

 背中を、優しく叩かれた。


「菜乃華……菜乃華だけでも、逃げるんだ……」

「あ……」


 振り向いた先には、肩を押さえながらも僅かな白金を纏わせて警邏隊に立ち向かおうとする桜様だった。


 ――私には、桜様がいる。


 桜様だけじゃない。

 幼い私の盾となり、周囲蔑みの目から隠してくれていた父様。

 桜様とともに、私の支えになると誓ってくれた蘭様。

 そして、私の為に全てを捧げると言ってくれた、せりとなずな。

 全員に顔向けができなくなる。


 ――ここで、桜様を残して逃げるなんてできません。


 逃げてしまったら、私は“守られないと生きていけない混じりの仔”に逆戻りしてしまう。

 それは、できない。

 萩太郎を打ち負かしたあの時。

 二度と混じりの仔などと呼ばせないと、誓ったのだから。


「……静まりなさい!」


 まだ錯乱してる警邏隊に向かって声を張り上げる。


「菜乃華?!」


 私の後ろで驚いた桜様が私の肩を掴むけれど、振り返らない。

 なぜなら、私は。


「あなた達がなんと言おうと、私は天峰菜乃華。この国の……陽葵様の血を継ぐ巫の一人です!」


 強く警邏隊を見据えて声を張り上げる。

 この声を、山神様や、陽葵様が聞いてくださっていると信じて。


「あなた達が自身の罪を認めず、あまつさえ隠そうとするのなら、私はあなた達を許すことはできません」


 私を害獣扱いした隊員に視線を定めて言い放つ。

 ……でも、内心は分かっている。

 私を混じりと蔑む者は、これからも現れる。

 それは、この人だけじゃない。

 だからこそ――。


「それでも、私を……混じりの仔をいない物として扱うというのなら、」


 脳裏をよぎるのは金色。

 初めて会ったときから、父様以外で私の存在を認めてくれた人の色。


「私が、混血の王族として山神様の巫となります」


 巫として、お務めを果たして。

 堂々と、その人の隣に立てるように。


「……っ、混じりの獣が、その尊きお名前を口にするなぁ!!」


 激昂した隊員が私に向かい手を向ける。

 鮮やかな黄色の光がその手から溢れ出た。


「よせ!」

「っ、菜乃華、逃げろ!!」


 隊長の焦る声と、桜様が後ろで叫ぶ声が聞こえる。

 でも、私はその場を動かなかった。


「逃げません!」


 煌めく黄色の光が真っ直ぐに私へと飛んできて。

 それを追うように業火の炎が私に向かってくる。


 ――怖いっ!


 放たれた炎の熱さを感じながら、私は目を閉じる。


 ――誰か、助けて……!


 そう、心の底から祈った瞬間。

 強い花の香りと共に、世界から音が消えた。


 ――これ、萩太郎の時に起こった……!


 恐る恐る目を開けて、驚く。


「……え?」


 緩やかに私に向かっていると思った炎は、私の数歩先の時点でぴたりと止まっている。

その炎は風に揺らめく事もなく、熱や光さえもその場で静止しているようだった。


「菜乃華……!やはり、君は……!」


 振り返ると、桜様は静止した炎ではなく何故か私を熱心に見つめている。

 いつもは静かに凪いでいる金の瞳が、今は熱に浮かされたように潤んでいて。


「桜様……?」


 ――やはり、とはどういうことですか?

 まだ、桜様は私に何かを隠している?


「なぜだ?!どうして混じりに届かない?!」

「おい、混じりは巫術は使えないんじゃなかったのか?」

「でも、炎が止まって……」

「あんな巫術、見たことないぞ……!」


 炎の向こうでは慌てふためく隊員達の声が聞こえる。


「即、攻撃を止めろ!相手は王族だぞ?!」


 隊長だけが止める様に指示しているけど、未知の力に恐怖した隊員は止まらない。


「ふざけるな!燃えろぉぉ!!」


 炎に混じって黄色の光が一層煌めく。

 来るっ!と目を閉じ衝撃に備えたけれど、追撃の炎も見えない境界に届いた瞬間、その揺らめきを止める。

 隊員が何度巫術を使っても、炎は数歩先の境界でその動きを止めた。

 そして、終わりは唐突に訪れる。

 黄色の巫術の光がかき消えるのと同時に、炎もまたその場から突然かき消えた。 


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