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天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
一枝 虐げられた混じりの仔

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一葉 二十三節 主としての振る舞い

「よろしいですか?桜様、菜乃華様」


 桜様との話が終わったのを聞いていたのか、部屋の外から蘭様のお声が掛かった。それに「どうぞ」と入室の許可を出して蘭様を待つ。一拍の後「失礼します」と蘭様の涼やかな声とともに部屋の戸が開かれる。


「あら……!」

 扉を開けた先、正面に少し古いお仕着せを着たせりとなずなが立っていた。なずなは嬉しそうに前掛けの端を握り笑っているけれど、せりは気恥ずかしそうに視線を逸らして目を合わせようとしない。


「二人とも、よく似合ってますよ」

「ありがとうございます、菜乃華様!」

「……ありがとう、ございます」


 二人らしい感謝の言い方に、思わず私も笑みがこぼれる。

 なずなのお仕着せは蘭様からのお下がりなのだろう、新緑に染められていたはずの木綿が薄くなっている。でも、薄くなったその色が父様や私の瞳の色と同じで、一目で私の付き人だと分かるようになっている。

 せりは、なずなと同じ新緑の着物の下にシャツを着込み、薄鈍色の袴を穿いた書生姿だ。昨日、路地裏にいた少年とは思えないほど涼やかな雰囲気を纏っている。


「蘭様、二人の給仕服を仕立ててくださってありがとうございました。本当なら、私が準備しなければいけなかったのに……」

「気にしないでください、菜乃華様。なずなの物はほとんど私のお下がりですし、せりの物は売れ残りを家から譲り受けただけですから」


 そう言って、蘭様が控えめに笑う。お下がりと言ってくださるが、私からの持ち出しはほとんど無かった。もしかしたら、父様の方に話しているかもしれないけれど……。


 ――いろいろと落ち着いたら、正式に蘭様に感謝する場を設けましょう。


 私が正式に礼を尽くせば、蘭様のお立場を強くすることができるだろう。

 それがいつか蘭様を助けることになると信じて、今は甘んじて蘭様の好意を受け取ることにする。


「さ、微笑ましいのはそこまでにしようか。蘭」

「はい。せり、なずな、給仕を」

「は、はい!」

「分かりました」


 桜様と蘭様に促された二人が一瞬だけ戸の後ろに下がり、盆の上に茶器を持って戻ってくる。せりは涼しい表情をしているが、なずなは少し緊張しているようだ。


 ――いえ、せりも緊張しているようですね。


 盆を支える肩に力が入っている。


「っ、ど、どうぞ!菜乃華様」


 二人してそっくりなすり足で私達の元にたどり着き、せりは桜様に、なずなは私の前に茶器を置いた。溢さないようにと力が籠もったのか、茶器の水面が可哀想なくらい揺れていた。


「ありがとう、なずな。よくできていますよ」


 なずなを安心させるように微笑んでから、茶器に手を伸ばして一口飲む。

 知らないうちに私も緊張していたのだろう。

 慣れた茶の香りに、肩に入っていた力が緩んだ。


 ――私は、ちゃんと主としてできていたのでしょうか……?


 茶器の水面に映る自分の顔は、どこか自信なさげに見えて。

 ふっと、小さくため息が漏れてしまう。


 ――楮乃家とのやりとりは、桜様を真似ることでこなすことができましたけど……。


 蘭様と向き合う桜様を思い出しながら、私もあのように仕えるにふさわしい振る舞いができているかと言われたら、困ってしまう。


「菜乃華様?」

「あ……すみません、少しぼうっとしてました……」


 蘭様の怪訝な声が、私を現実へと引き戻した。

 慌てて意識を部屋に戻すと、せりと蘭様は私を心配そうに見つめているし、なずなに至っては今にも泣き出しそうになっている。


「わ、私、何かしてしまいましたか……?」

「だ、大丈夫ですよ!なずなはちゃんとできてました!」


 手にしたままのお盆で顔を隠そうとしているなずなに慌てて弁明する。ふるふると肩を震わせて涙を堪えようとしている彼女に、胸がきゅっとなる。


 ――やはり、なずなは私が守らないと……!


 これ以上なずなを泣かせないように、言葉選びに気をつける。


「なずなは、ってことは、菜乃華自身に何か気になることでもあるの?」


 せりが給仕した茶器を優雅に傾けながら、何事もないように桜様が言う。

 でも、正面にある金の瞳は私の思考を全て見通しているようで。


 ――桜様に隠し事はできそうにありませんね。


 黙っていても仕方が無い、と私は重い口を開いた。


「些細な事なのですが……私は、ちゃんと主として振る舞えていたのかな、と」

「主として?」

「えぇ……楮乃家には王族として仮初めでも対応できましたが……主としては、まだ心許なくて……」


 自信が持てなくて、思わず桜様に向かって愛想笑いが溢れる。

 ここで弱音を吐いたところで、一朝一夕でどうにかなる物でもないのに。


「早く、桜様と蘭様のような関係になりたいのですが……」

「菜乃華、それは、」

「菜乃華様、それは少し事情が、」


 私の言葉に桜様と蘭様が同時に言葉を発して、二人で見合う。

 それが可笑しくて、つい、笑ってしまった。


「ふふっ!やっぱり、お二人はとても息が合ってますね」

「……まぁ、ね」

「……ありがとう、ございます」


 互いにそっぽを向きながら、それでも否定はしない。

 ぎこちない二人がまた可笑しくて、ついまた笑ってしまう。

 そこに、私達の横で控えていたせりが声を掛けてきた。


「菜乃華様は、」

「はい?」

「菜乃華様は、俺らとどうなりたいんですか?」

 せりの真摯な問いかけに目が点になる。

「どう、とは?」

「えっと、ですね……菜乃華様は、桜様になりたいんですか?それとも、俺らに蘭様みたいになって欲しいんですか?」

「え?!いえ、そんなことはありませんよ?……でも、」


 せりの言葉につられるように、私も自分の思いを二人に伝える。


「……あなた達がこの場にいるのは、私の責任です。ですから、私があなた達を正しく導いていかないと、とは思っています……」

「菜乃華様……」


 自信なく途切れた私の言葉に、せりの横に控えていたなずなが心配そうに私の名を呼ぶ。そして、お盆をその場に置いて私の方へと近づいてきた。

 そして、そっと私の手を取る。


「なずな……?」

「……菜乃華様も焦っているのですね」

「あ……」


 優しく呟かれたなずなの言葉に、確信を突かれて小さく声が漏れる。


「蘭様から、菜乃華様が難しいお立場で過ごされていたと教えていただきました。そして、そのお立場のまま、正式の王族として立たれることも」


 鈴のような可憐な少女の声が、私の焦っていた気持ちを静めていく。


「ですが、菜乃華様。焦らなくて良いのです。だって、まだ私達は出会ったばかりなのですから」

「なずな……」

「この二週間、つきっきりで蘭様に指導していただいたとしても、私は、蘭様の様に動けるとは思えません」


 もちろん、努力はいたしますが、と焦った様子で弁明するなずな。


「ですから、菜乃華様も焦って桜様のような立派な主になろうとしなくても良いのです。むしろ、私は菜乃華様と共に成長していきたい」

「なずな、ですが……」

「なずなに言いたいこと全部言われたな……俺も、同じです、菜乃華様」

「せり?」


 それでは私の立場が、と言い募ろうとしたら、私達の会話を静かに聞いていたせりが話に入ってきた。


「菜乃華様は、まだ俺達を「路地裏を彷徨ってた混じりの双子」として見てませんか?」

「それは……」

「まぁ、それは仕方が無いですよ。まだ出会って二日ですし」


 俺もまだ実感無いですもん、という言葉に、蘭様から言葉づかい、と叱責が飛ぶ。


「失礼しました!んんっ!……お互いまだ実感が無いのに、菜乃華様だけ先に主になろうとしないでください」

「せり、ですが、私はあなた達を守ろうと……」

「それですよ、菜乃華様」


 せりが私の顔を指さす。

「俺達だって自分で立てるし、反撃もできます。暴言の一つや二つ、軽くいなしてやりますよ」

「でも……」

「それに、俺も」


 せりは迷いなく膝をつき、まっすぐに私を見上げた。


「なずなと同じように、菜乃華様と共に立ちたいと思っています」


 せりの真摯な言葉が私の胸を打つ。


「俺だって菜乃華様を守ります。そりゃ、菜乃華様に守ってもらう事もあると思いますが……俺は、守り守られ、共に立てる存在になりたい」


 せりの言葉になずなも大きく頷いている。


「……それじゃ駄目ですかね?菜乃華様」

「……ふふ!」


 困ったように首を傾げたせりが可愛らしくて、思わず笑ってしまった。


「な!なんで笑うんだよ!」

「せり、言葉づかい……!」

「いや、でも!」

「ご、ごめんなさい!笑うつもりはなかったのですが、つい……せり、なずな」


 私の呼びかけに、二人が同時に顔を私に向ける。

 二対の空色の瞳には、私への信頼がありありと浮かんでいて。


 ――あぁ、頑張らないといけませんね。


 主として、この二人に報いれるよう。


「……私も、頑張りますね」


 そう言うと、二対の空色がさらに輝いた。


「「はい!」」


 にこにこと笑うなずなと笑い合う。

 そこに、愉しげな少年の声が割り入った。


「……さて「美しきかな、主従愛」……で、感想はあってるかな?」

「あ!……し、失礼しました、桜様!」

「「桜様、申し訳ありません」」


 すっかり存在を忘れていた桜様に向き合って頭を下げる。せりとなずなも、私と桜様の間に割り入った事を謝罪して、私の後ろへと下がる。

 桜様とその後ろの蘭様は、私達の会話の間そっと見守りに徹していたようだった。


 ――恥ずかしい……!


 熱くなった頬を隠すために、袖口で口元を押さえる。

 もっとも、すでに遅いような気もするが。


「まぁ、菜乃華をからかうのもこれくらいにして……焦ることはないよ」


 愉しげな雰囲気を抑えて、桜様が泰然と語り出す。


「主としての振る舞いも、さっきみたいにはったりでいいんだ。使っていく内に、もともと自分の物だったように身につくからさ」

「……はい!」


 桜様の励ましの言葉に強く頷く。

 そして、後ろに控える蘭様と目が合った。

 眼鏡の向こうの新緑が優しく緩む。


「私の仕草が菜乃華様のお役に立てたなら光栄です……これからも、参考にしてください」

「……ありがとうございます、蘭様!」


 ――ねえさまに褒められるってこんな感じなのでしょうか?

 さっきまで自信なくしおれていた感情が、今は気力に満ちている。

 改めて二人に頭を下げて、茶器をとり上げた。



 ****



 穏やかな空気のまま茶会を終えて夕方。

 私は、桜様とともに宮廷に戻るため参道を歩いていた。


「桜様、今日はありがとうございました。せりだけではなく、私にも付き合っていただいて……」

「いいよこれくらい。剣舞も懐かしかったし」


 茶会を終えた後、私とせりは桜様に修練を付けてもらった。せりは基礎を見てもらい、私は剣舞の型を確認していただいた。正直、萩太郎より合わせやすかった。


 ――萩太郎は、素直に型どおり動いてくれるでしょうか?


 その疑問は桜様も同じだったようで。


「菜乃華、確認なんだけど」

「はい」

「菜乃華の目は巫術の光を捉えるだけ。菜乃華はその光を頼りに回避するしかないんだよね?」

「そうですね……」

「そっか……」


 桜様が少し考えるそぶりをする。

 そして、すぐに顔を上げて話し出した。


「防御だけでもできたらね……」

「防御、ですか?」

「うん。萩太郎が型どおりに動かなかった時、避けたら剣舞の型が崩れるから……型さえ崩れなければ、儀式は成立する。できれば対策したいね……」


 そう言って、また桜様が思考の淵へと沈む。


 ――確かに、今までは私だけを守れば良かったですが、共に居るせりとなずなには避けるすべがないですね……。


 私も何か対策を、と考えようとしたその時。

 桜様の傍らで、微かに緋色の光が舞った。


「……っ、桜様!」



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