一葉 二十四節 襲撃
桜様の傍らで、微かに舞う緋色の光。
――これは、巫術の!
「……っ、桜様!」
咄嗟に名前を呼びながら桜様に抱きついた。
驚いた桜様の瞳が眼前に迫る中、ばちばちと荒々しい音とともに稲妻が私の髪を掠める。
私はこめかみに熱さを感じながらも、桜様を巻き込みながら地面へと倒れ込んだ。
倒れ込んだ瞬間、土の匂いとともに髪が焦げた匂いが鼻を刺す。
同時に、こめかみに焼けるような痛みが走った。
「つぅ……!」
「ぐっ……!菜乃華、無事?!」
私に押し倒された桜様が素早く身を起こし、痛む私のこめかみに触れる。“癒やしよ”といういつもより短い言葉とともに、触れられた手から白金が舞った。
「ごめん、今は応急処置しかできない。菜乃華はまだ伏せてて」
「は、はい!」
私に指示を出すやいなや、桜様の体が白金の光に覆われる。自身に強化の巫術を掛けた桜様は、学生服の前を外し懐から小刀を取り出した。躊躇う事無く刀を鞘から抜いて、稲妻が飛んできた方へと構える。
その立ち姿に一切の隙はない。
――強い……。
力むことなく、けれど、油断なく構えたその立ち姿に思った事はそれだった。
「菜乃華、光は見える?」
「いえ、見えません……」
まだ少し熱をもったこめかみを抑えながらも、私も身を起こす。そして、桜様の邪魔にならないよう、参道脇の雑木林へとその身を隠す。
下がった先の木はちょうど稲妻を受けた木だったようだった。横目で焦げた表面を捉え、焦げ目の位置が寸分の違いなく私の目と同じ位置で背筋が凍った。
――あの稲妻は、私の目を狙ってきたということですか?!
桜様にこの目の事を教えてもらっていなかったら、今頃私の目は稲妻に焼かれていた。
――一体、どこから……!!
光が飛んできた方向へ目をこらすけれど、参道の向こうは雑木林が広がっているだけで人影は見当たらない。
背後で西日がゆっくりと沈んでいく。
暗闇がすぐそこまで迫っていた。
「菜乃華……僕が合図したら、宮廷まで走るんだ」
「っ!できません!私もご一緒に……!」
「巫術が使えず、得物のない君がいる方が不利っ……!」
桜様がそう言った瞬間、茂みが揺れる。
そして、一人の男が木々の隙間を縫って現れた。
その男は、墨色の警邏隊の服に身を包み、左手に一本の太刀をもっていた。すらりと長い手足をそのままに自然体で立っているが、その立ち方に隙はうかがえない。
そして、その男の顔は桜様と同じ学生帽を被って詳細が分からなかった。
――……桜様と同じ?!
桜様も驚いたのだろう、小さく息を飲んだ。
その動揺を見逃さず、男が太刀を抜きながら距離を詰めてくる。
一歩が想定していた物より、長い。
「桜様!」
「くっ!菜乃華、隠れてて!」
きぃぃんと金属同士……刀と刀が交わる音が山に響き渡った。迅速に距離を詰めた男の剣を、桜様が小刀で受け止める。男は桜様より頭二つ分背が高い上、筋肉もある。力では叶わないと判断したのだろう、桜様の体から眩しいくらいの白金の光が湧き上がった。
「はぁぁっ!」
強化の巫術と同時に桜様の手から突風が湧き上がる。怯んだ男が一瞬で後方に飛んだ。逃がすまいと桜様が距離を詰める。
がきんっ、と強く刃が交わり、桜様の小刀を男が太刀で防御する。
交わった一瞬、桜様からまた白金の光が溢れ出す。
次の瞬間、小刀を持った桜様の手から炎が男へと襲いかかった。
しかし、男はそれを見越していた様にすぐさま体を引いて距離を取っている。
炎は男の体に届く寸前で空中に霧散した。
「っ……!」
――これが、巫術を使った戦い……。
私が萩太郎と行っていたのは、文字通り修練でしかなかった。
小刀を構え荒い息を整えながら牽制する桜様に、隙無く太刀を構えて油断せずにその場に立つ男。ふわりふわりと桜様の体からは絶えず巫術の光が舞っている。
男の方は、と目をやって気づいてしまった。
――この男から巫術の光が出ていない……!
萩太郎の様に見にくいだけなのかと目をこらしても、あの緋色の光は微塵もなくて。
――では、あの男は巫術なしで桜様の攻撃を防いでいると……?!
桜様に伝えなきゃ、と言葉を発しようとした瞬間、桜様の体から一際強く白金の光が溢れ出した。
桜様はすさまじい早さで男に肉薄し、首を狙う。男はそれを読んでいたとばかりに最小限の動きで太刀を動かし、桜様の小刀を受け止めた。が、読んでいたとばかりに桜様の手から強い光が舞う。
ばちりという音とともに、稲妻が男の目に向かい放たれた。
至近距離から最速の稲妻の巫術、防げるわけがない。
だが、男はそれを僅かな首の動きで避けてしまった。
桜様の目が驚愕に見開かれる。
次の瞬間、予備動作なしに男の足が桜様の脇腹を捉え、蹴り上げた。
「ぐぅ……!?」
「桜様!!」
こちらに向かって倒れ込んだ桜様の背を支える。桜様は、息も絶え絶えとばかりに、それでも蹴られた脇腹に手を当て癒やしの巫術を使っている。そして、そんな桜様に向かって男が一歩一歩近づいてきた。
「っ!来ないで!」
「なのかっ!よせっ……!」
私は手を広げ男の前に立ちはだかった。
そんな私に構わず、男は一歩また一歩と距離を詰めてくる。
俯きそうになる顔を気力で持ち上げて男を睨む。
帽子の巫具のせいで顔の詳細が分からない男が、こちらにゆっくりと迫ってくる。刀を構えた男を見つつ、帽子の下、隠れていない鼻梁がやけに整っているなと確認していたら。
背後から、光の巫具で照らされた。
「なに……?!」
男が目の前にいるにもかかわらず、思わず振り返る。
そこにいたのは、光の巫具を持った男が二人。
ここです!と声を掛けようとした瞬間。
「いたぞ!金の髪の混じりだ!」
「捕らえろ!」
光で眩んだ目では気づかなかった。
男達の服は墨色。
警邏隊だった。
「くっ……!菜乃華、こっちだ!」
痛みに顔を顰めながら、桜様が私の手を取って走り出す。
目の前の男に突風を浴びせかけ怯ませながら、桜様と私は参道を外れ、山の中へと走り出した。
「逃がすな!追え!」
逃げた私達を警邏隊が見逃すわけもなく。
男達はすぐさま私達の後を追ってきた。
「これでも、喰らえ!」
走りながら、後ろへと向けた桜様の手に白金が舞い落ちる。
一際強い暴風が木々を揺らした。
「うわっ!」
「ぐっ……!こざかしい!」
暴風に男達が怯んだ一瞬隙を突いて距離を離す。
けれど、日々訓練を積んでいる警邏隊にとって、桜様の突風はほんの僅かな足止めにしかならなかった。
闇雲に走る私達の後を、距離はありながらもぴたりと付けてくる。
追いつかれるのは時間の問題だった。
「しつこい、な!」
もう一度、桜様の手に白金が微かに舞う。
今度は雷が男達の足下へと飛んでいった。
飛んでいった先、男達の顔ぶれを見て、気づく。
――帽子の男がいない……?
追いかけて来ているのは光の巫具を持った二人だけだった。
――あの男は、どこに?
また隠れてこちらを狙うのか。
初撃は私達が参道を歩いていたからそれでも良かったけど、闇雲に走っている現状、私達がどこに向かうのかは分からないはず。
なら、どこに?
「菜乃華!こっちだ!」
桜様が私を呼ぶ声にはっと我に返る。
あの雷の牽制でさらに距離ができたのだろう、男達を巻くことになんとか成功したようだった。
桜様と私が逃げた先は西側だったようで、桜様に手を引かれて身を隠したのは、白波瀬川へと下る急な下り坂だった。斜面に身を隠しながら、二人して荒れた息を整えていく。
そんな中、桜様は懐から小さな蛍石を出してその場にあった岩に叩きつけた。蛍石は一瞬だけ強く光り、衝撃に耐えきれず割れる。
「それは……?」
「緊急用の巫具だ。叩き割ったら、片割れの石も割れる。片割れは蘭が持ってるから、そのうち蘭が来るはずだ……」
荒い息のまま、桜様は脇腹に手を当てた。ふわりと弱くなった白金が手から零れ落ちた。
――桜様の光が、先ほどより弱い……。
帽子の男との戦いから桜様は巫術を使いっぱなしだ。巫術を使いすぎると体力の方も疲弊していくとどこかの書で読んだことがある。
――これ以上、桜様に頼る訳にはいかない。
「桜様、警邏隊に私の正体を明かしましょう。そうすれば、彼らも攻撃を止めるはずです」
警邏隊は金の髪の混じりと言っていた。つまり、彼らが追っているのは私だ。彼らが何故、金の髪の混じりを追っているかは分からないけれど、その混じりが王女だと分かれば攻撃してこないはずだ。
けれど、桜様は首を横に振る。
「だめだ……」
「どうして?!私が王女菜乃華だと明かせば彼らは……」
「やかましく喧伝するだろうね『混じりの王女が宮廷を抜けだし、警邏に捕まった』と……菜乃華の名に傷が付く……」
「ですが……このままでは、桜様の体が持ちません!」
私の体面なんてどうでもいい。
――今はただ、桜様が心配なだけなのに……!
それでも、桜様は再び首を横に振った。
「僕は、少し休んだら大丈夫……もう少ししたら、僕が囮になって奴らを引きつけるから、菜乃華は先に……」
桜様の眼前に黄色い光が舞う。
桜様の名前を呼ぶより先に、巫術の炎が桜様の肩を焼いた。
「っ、あぁぁぁ!!」
「桜様?!」
肩を焼かれた桜様から悲鳴が上がる。
「いた!やはり斜面に身を潜めていたか!」
「降りるぞ!」
私達の頭上から警邏隊の男達の声が聞こえる。
迷ってる暇はなかった。
「失礼します……!」
桜様に肩を貸して、さらに斜面を下る。
今はただ、逃げるしかなかった。
「っ、桜様、どうして、避けなかったのです……?!」
だんだんと悪くなる足場に気を取られつつも、桜様に問いかける。
――桜様だって、巫術の光が見えているのに……。
黄色い光、おそらく警邏隊の一人が放った巫術の光は桜様の眼前にも舞っていた。
避けていれば、こんな大けがを負わずにすんだのに。
「っ、きゃぁぁぁ!」
余計なことを考えていたのが悪かったのだろう、足を踏み外した私は桜様とともに体勢を崩して斜面を転がりながら落ちていく。
幸いにも、落ち葉が緩衝材になってそのまま白波瀬川の近くまで滑り落ちる。
仰向けになった視界の先、眩しいくらいの星空が広がっていた。
途端、同じようにとなりで仰向けに倒れた桜様が笑う。
「はははっ!……あーあ、ばれちゃった」
「え……?」
今の状況に似つかわしくない言葉に、桜様を振り返る。
桜様は痛みに顔を顰めながらも、穏やかな顔をしてそこにいた。
「ごめん、菜乃華……一つだけ、君に嘘をついていた」
「嘘……?」
「うん……」
金の瞳が何故か悲しげに歪む。
「僕には、巫術の光は見えない」
その言葉を聞いた瞬間。
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