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天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
一枝 虐げられた混じりの仔

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一葉 二十節 帰路


「よし、なら、すぐに動こうか」


 手を取った私達の姿を確認して、桜様が立ち上がる。

 帽子を深くかぶり直して部屋の出口へと歩いてく。


「桜様、どちらへ……?」

「根回し、だよ。こういうのは、早めにやっとくに越したことはないからね」


 私の問いかけにくるりと振り向いた桜様は苦笑しながら答えを返してくれた。


「柊哉様には神居街の視察としか告げてない。それなのに、いきなり『新しく付き人候補を二人見つけました』なんて言っても困るだろう?それに、楮乃に話を通すなら柊哉様にも協力してもらった方がいい。萩太郎を付ける代わりに、菜乃華に修練を付けてもらえるよう頼んだのは柊哉様だから」

「それは、確かに……」


 また、先のことを考えられて自分に落ち込みながら、桜様に頷く。桜様も「広い視点を持つことは大事だよ、ま、追々でかまわないけどさ」と笑っている。


「んんっ!……父様に知らせるなら、私が……」

「いや、菜乃華は後から蘭と一緒に帰ってきて。双子達の詳細も決めなきゃだし、巫術を使って登った方が早いから」

「あ……わかりました」


 巫術が使えない私は後で、と暗に言われ、少し落ち込みながらも頷く。

 そんな私を見かねたのか、くすりと一つ笑いを零してこちらへ戻ってきた桜様。

 そして、温かな手がそっと頭へ乗せられる。


「菜乃華は、菜乃華しかできないことをするんだ。いいね?」

「っ、はい!」


 頭に乗った温かな手と帽子の向こうで柔く緩んだ金の瞳に、落ち込んでいた気持ちが霧散する。


「よし……双子」


 私に笑いかけた後、身を翻して双子に向かい合う桜様。

 私に向けたのとは違う、ひやりとした呼びかけに、なずなの肩が怯えたように跳ねる。すぐにせりがなずなの前に立ちはだかった。

 そんな自身を警戒する双子を気にすることなく、桜様は淡々と言葉を紡ぐ。


「君たちの身柄は、僕の付き人である蘭の預かりとなった。菜乃華の為にも、早急に付き人の技術を身につけるんだ」


 冷えた金の瞳がぴたりと二対の空色を縫い止める。


「できない、なんて言わせない。……じゃあ、僕は行くよ」


 そう言い残して、桜様は部屋を出て行った。

 その瞬間、双子の肩から力が抜ける。


「はぁ……なんだよ、あいつ……」

「怖かった……」

「せり、“あいつ”ではなく、今は桜様と呼びなさい」


 桜様の威圧から解放された二人の口から、思わず本音が漏れる。

そして、早速蘭様の付き人指導の一環として、呼び方に指摘が入った。

 せりは「失礼しました、蘭様」と頭を下げてから私に向き合う。


「なぁ、菜乃華様、あいつ……桜、様?っていつもあんな感じなんです?」

「あんな感じ、ですか?」


 せりのあんな感じ、が分からず首を傾げる。


 ――確かに、少し怖いときもありますが……。


 私を見る金の瞳はいつも柔く緩んでいる。

 それを思い出して、少しだけ頬が熱くなった。


「そ。俺達も混じりだからさ、酷い扱いには慣れたもんだけど、あいつはその中でも特に酷い。何というか……物扱い、みたいな?」

「せり!言葉を慎みなさい!」


 蘭様がせりの言葉を強く窘めるけれど、私はせりの言葉に確信を突かれたような気がした。


 ――せりの言うことは間違ってない……。


 思い出すのは、孤児達に向けていた何の感情も映さない金の瞳や、処刑に興奮する群衆を見つけたときの、感情を失った能面のような顔。


 ――桜様は、何故あのように民を見るのでしょうか……?


 桜様が分からない。


「……桜様の目は、確かに怖いですけど、私達をいじめてきた人たちとは違う気がします……」

「なずな?」


 せりが蘭に叱られている中、ぽつりとなずなが漏らした言葉に皆が注目する。

 なずなは、少し驚きながらも、真っ直ぐに私を見つめて話し出した。


「私達をいじめてきた人たちの目は、えっと、嫌な感じがしてたんですけど、桜様にはそれがないと、思うんです……」


 必死に言葉を紡ぎながら考えを巡らせるなずな。

 空色の瞳の輪郭がぼやけて、どこか遠くを見つめるものに変わっていく。


「あれは……桜様の目は……拒絶?」

「っ?!」


 なずなの言葉に蘭様が息を飲む。

 その音に、私達は蘭様へと向き合った。

 蘭様の深緑の瞳は大きく見開かれ、驚愕の視線をなずなへと向けている。


 ――なずなの指摘が正しかったのでしょうか……?


 正しいとしても疑問は残る。

 何故、桜様は民を拒絶しているのか?


「蘭様……」

「桜様は、」


 私が問いかける前に蘭様が話し出す。

「……桜様は、本当は心優しいお方なのです。ですが……」


 それだけ言って俯く蘭様。


 ――何か、私達に言えない事情があるのですか……?


 所々に感じる、桜様と蘭様への違和感。

 私の目の力を私より先に知っていた桜様。

 私に対して、何故か罪悪感をもっている蘭様。

 おそらく、その事情が全ての謎に繋がっているはず。

 けれど。


「二人とも、そこまでにしましょう」


 私は二人を制する。

 三人ともはっとした顔で私の方へと視線を向けた。


「今後、無闇に桜様を批判してはいけません。……桜様はあなた達の保護を認めてくださったでしょう?」


 二人に私の気持ちを理解してもらえるよう、丁寧に言葉を紡ぐ。


「本当に冷たい人なら、あなた達をここまで連れてきていませんよ。それに……」


 目を瞑って心を落ち着ける。

 思い出すのは、繋いだ手の温もりと柔く緩む金の瞳。


「……蘭様がおっしゃるように、桜様は優しいお方ですよ」


 二人に対して、確かに違和感はある。

 それでも、蘭様の献身が、桜様と繋いだ手の温もりや、私を見つめる金の瞳が、全て偽物だとは思えない。


「私は、お二方を信じます」


 先ほどの、神託を下したような蘭様の言葉の響きを思い出しながら、私は双子にそう告げた。


「「かしこまりました、菜乃華様」」


 私の言葉に、さっと双子が跪く。

 蘭様は私の言葉に優しく微笑んでくれた。


 ――これで、良かったのですよね、桜様……。


 主としての振る舞いも。

 あなたを信じると決めたことも。

 迷いに気づかれないように、私は緩く微笑み続けた。



 ****



「ありがとうございました、菜乃華様」


 双子の取り決めを大まかに決めて蘭様の離れから出たのが三時頃。

 そこから参道を登って、白杉神社に着いた頃にはもう陽が傾きそうな頃だった。

 書庫殿の私室に戻って着替えを終えた時、蘭様が深く頭を下げてお礼を言った。


「蘭様?」

「離れで双子を宥めてくれたでしょう?ありがとうございます」


 来ていたワンピースを片手に抱えながら、蘭様がもう一度頭を下げた。


「私は、たいしたことはしてませんよ?」

「いえ、あの時、主として菜乃華様が窘めてくださったおかげで、二人も素直に私の言うことを聞いてくれるようになりました。……疑惑がある相手の言うことは聞きにくいでしょうから」


 困ったように笑う蘭様は、言えない事情があることを隠そうとはしていない様子だった。


「……私は二人を窘めましたが、私も、お二人には違和感を感じているのです」

「……」

「教えていただくことは、できないのでしょうか?」

「……申し訳、ありません……」


 蘭様の目が伏せられる。

 深緑の瞳が眼鏡の向こうに消えた。


「……蘭様は“全てが終わったらねえさまとお呼びください”と言ってくださいましたよね?」

「……」

「……分かりました」


 はぁ、と私が吐いた大きなため息に、蘭様の肩が大きく跳ねた。


 ――本当に、申し訳ないと思っているのですね。


 演技なら、こんなに自然に肩が跳ねないと信じたい。


「私が折れます……“全てが終わったら”ちゃんと、説明してくださいね?」

「っ!あ、ありがとうございます、菜乃華様……!」


 深く、今にも額づきそうなくらい大げさに頭を下げた蘭様に、私は大慌てで手を伸ばした。



 ****



「やぁ、菜乃華、お帰り……いろいろあったみたいだね」

「父様……」


 時が過ぎて夕食。先に席に着いていた父様の姿を認めて、私は父様の前へと座る。らたたる

 今にも震えだしそうな両手をぎゅっと握りしめて、膝の上に置いた。


「菜乃華?」


 私の態度が硬いことを察した父様が心配そうに声を掛けてくれる。

 ……その優しい声を裏切る問いかけを、私は父様にしなければいけない。


「父様……教えてください」


 手の震えは誤魔化せても、目の潤みと声の震えは誤魔化せなくて。

 心配そうに私を見つめる父様を、私も必死に見つめ返す。

 脳裏に浮かぶ、同じ新緑を思い出しながら。


「……執行人は、父様なのですか?」


 その言葉を聞いた途端。

 父様の新緑の瞳が、大きく見開かれた。


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