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天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
一枝 虐げられた混じりの仔

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一葉 十八節 混じりの双子

 蘭様を先頭にして、少女、少年、桜様と続き、私は一番最後をゆっくりついていく。

 歩いて十分ほど。表通りからほど近い建物の裏手についた。


「こちらです。お早く」


 蘭様が裏口を開けて導く。ためらった少女と少年の背を桜様が押して、私もそれに続いて扉をくぐった。

 入った先はやはり勝手口だったようで、明かりの巫具もついていない薄暗い入り口だった。桜様は迷いなく目の前の階段へと少年達を押し、登らせる。私も桜様に続いて階段を上った。

 階段を上った先は障子で仕切られた部屋が二つ。そのうち一方の部屋の障子が開けられたままだった。

 桜様は少女と少年を連れてその部屋へと入る。私も後から来た蘭様と一緒に部屋へと入った。


「眩しい……」


 入った瞬間、部屋の窓から差し込む光に思わず目がくらむ。目を瞬かせながらも、私は部屋の様子を窺った。

 建物自体は古いけど、中はアルメリアから輸入されたであろう品々で固められている。窓際には馴染み深い飴色の食卓が鎮座しており、同じ猫足の椅子が四脚と、一つだけ布張りが違う椅子が一脚、二つと三つに分かれて並べられている。

 桜様は三つの方の窓際に少女、真ん中に少年を座らせて、その隣に蘭様を座らせた。

 私は桜様に促され少女の前の席へと腰を下ろす。私が座ったのを確認して、桜様も私の横の席に腰を下ろした。

 私は一呼吸置いてから、改めて正面の少女と向き合った。


 ――やっぱり、母様と同じ瞳の色……。


 明るい場所で見た少女の瞳は明るい空色で、髪色も一段明るい薄鈍色をしている。

 その色は、母様の祖国、アルメリアで見られる色そのもので。


 ――やはり、二人も私と同じように混血なのでしょうか?


 ちらりと少年の方にも視線を向ける。

 少年も少女と同じ、薄鈍色の短い髪に空色の瞳、抜けるように白い肌と、アルメリア人の特徴を受け継いでいるように見えた。


「蘭、防音の巫具を」

「はい」


 席に着いてすぐ、桜様が蘭様に指示を出す。それを受けた蘭様はワンピースのポケットから金に縁取られた小さな石英を取り出して食卓の上に置いた。

 途端に、きんっという澄んだ音とともに空間が仕切られる。


「この巫具の稼働時間は三十分ほどです。追加は必要ですか?」

「三十分もあれば十分だよ。……さて」


 蘭様と言葉を交わした桜様が少年と向かい合う。


「ここまで融通したんだ。話してもらうよ……君たちは、一体何者?」


 抑揚を落とした桜様の声が仕切られた空間に落ちる。

 ちらりと横を確認すると、桜様は冷徹な眼で少年を見据えている。そして、少年の隣に座る蘭様の体には薄く深緑の光が纏わり付いていた。


 ――これが、上位の者の振る舞いということなのでしょうか……?


 このお忍びの間に度々見せられた、桜様の上位者としての振るまい方。

 萩太郎や他の子弟達からずっと混じりとして蔑まれ、ずっと下位の立場に置かれていた私には分からない物。

 ふわりと私に笑いかけてくれた桜様とあまりにも一致しないその姿。

 ……何故か目が離せない。

 そして、薄く強化の巫術を全身に掛け、桜様に害をなすことは許さないと、静かに圧を掛けている蘭様の姿こそ、付き人の正しい姿なのだろう。


 ――萩太郎とは大違い……。


 怨嗟の籠もった青藍の瞳が脳内をちらついて、かぶりを振って追い出した。


 ――今は、目の前の二人が最優先です。


 桜様と蘭様に、私は学ぶことがたくさんあるのだろうと思うけれど、今大事なのはそれではない。

 かちこちと、壁時計の秒針の音を数えて三十回。


「……私は、なずな。兄はせり、と申します……」

「なずな!喋るんじゃない!」


 耐えきれなくなったのか、少女……なずなの方が先に話出した。せり、と呼ばれた少年が立ち上がりなずなに詰めようとするけれど、素早く動いた蘭様がそれを阻止する。がたりと揺れた食卓に、びくりと大きくなずなの肩が揺れる。涙で揺れる瞳を強く瞑り、開いた時には動揺を押さえ込んだようだった。


「私達は双子で……先ほど処刑された、大罪人の子です」

「大罪人の?!」

「勘違いするな!俺たちは養子だ!あんな奴、父親なんかじゃない!!ぐうっ……」

「大声を出さずとも伝わります。慎みなさい」


 思わず大声を出した私に、間髪入れずにせりが答えた。そこをすかさず蘭様が制する。ふわりと一瞬、深緑の光が強く舞った。


「ふぅん……君たちが、罪状で述べられていた虐待された子か。母親は?」


 私達の騒動を尻目に、桜様が冷静に尋問を続ける。せりよりも汲みやすいと判断したのだろう、その目はぴたりとなずなに定められていた。


「母は……私達が十歳の時に、亡くなりました」

「そう……じゃあ、」


 桜様の金の瞳が鋭く眇められた。


「実父はアルメリア人?」

「っ!」


 なずなの空色の瞳が大きく見開かれた。心の動揺を映すかのように大きくゆらゆらと瞳が揺らぐ。そして、何故かかちりとなずなと目が合った。


 ――この子達が、私と同じ混血なのだとしたら。


 一体、どれだけ酷い言葉を投げつけられたのだろう?

 浮かぶのは私をひたすら罵ってきた萩太郎と、それに同調する子弟達の顔。

 それでも、彼らは仮にも五大主家の出だ。私が辛い、苦しいと思っていた言葉はきっと、なずな達に投げつけられた言葉と比べたら、とても軽いものだったはずだ。


 ――真に、彼女の辛さを分かってあげられるわけではないけれど。


 彼女の揺れる瞳を真っ直ぐ見て、強く頷いた。


 ――少なくとも、桜様と蘭様は“混じりの仔”と私達を蔑むことはしませんよ。


 私の頷きを見て、揺れるなずなの瞳が定まった。

 そして、大きく息を吸い、決意を固める。


「……そうです。私達は混血の……“混じりの仔”の双子なんです」


 そう告げるなずなの声は酷く怯えきっていた。


「なるほどね……だから居場所をなくして路地裏を彷徨っていた……と」

「あの、桜様、」


 理解したよ、と頷いている桜様の肩を遠慮がちに叩く。


「“混じりの仔”がその、虐げられる原因になるのは分かるのですが……双子は?」

「……え?菜乃華、知らないの?」


 冷徹にこの場を支配していた桜様の雰囲気が和らいだ。それと同時に、桜様が本気で困惑しているのが分かって居心地が悪い。


 ――な、何か間違ったことを聞いてしまったのでしょうか……?!


 狼狽えながら桜様を見ると、桜様は「どう説明しよう?」と悩んでいらっしゃるし、蘭様も少し焦った顔でこちらを見ている。

 そんなに常識の無い問いかけだったのでしょうか?今からでも書庫殿に調べに行きましょう、あぁ、でも、ここは街の中だから書庫殿まで遠いですし……と焦っていたら。


「……“男女の双子は情死者の生まれ変わり”って、知らないのか?」


 蘭様に押さえつけられたままだったせりが、呆れた声でそう呟いた。


「情死者……?」

「そ。もっと言うなら“前世心中した男女”ってこと。……あんた、綺麗なのに物を知らないんだな」


 母さんみたいだ、と寂しそうにせりが笑う。


「お母様、ですか?」

「あぁ。母さんは商家の娘で、父さんともその繋がりで知り合ったらしい。……父さんは『必ず迎えに来るから』って国に帰ってそれっきりだったみたいだけど」


 せりの空色の瞳が憎々しげに歪む。


「母さんはずっとその言葉を信じて……でも、じいさん達は混じりを孕んだ娘なんてお荷物だったんだろうな。金に目がくらんで、大罪人に売り渡すように娶らせてさ。……あいつからなずなを助けて逃げ帰った時も『金輪際、家の敷居を跨ぐな!』って門前払い……」


 大方、自分達の家に“混じりの双子”を入れたくなかったんだろ。


 そう吐き捨てたせりの顔は何の感情も浮かんでいなかった。


 ――酷い……。

 これが、この国の現実。


 混じりだから、双子だから、と生まれが少し違うだけで排他されてしまう。


 ――初代様は……陽葵様が作りたかった国は、こんな物じゃないはずなのに……。


 どうしてこんなことに。


「……ま、ひとまず事情は分かった」


 隣の桜様の言葉にはっとする。


「じゃあ、偶然あの場に居合わせただけだってことでいい?」

「あぁ」

「そう。なら、金子はやるから、僕たちを見たことを誰にも話さないと約束してくれたら、解放するよ」

「……え?」


 桜様の言葉に思わず顔を向ける。

 桜様の顔は、再び上位者の冷たい表情に戻っていて。


「……助けて、あげないのですか?」


 思わず、縋るような声で尋ねてしまう。

 でも、桜様の冷たい瞳は変わらない。


「僕が手を差し伸べる謂れはないよ」

「桜様……!」

「菜乃華、可哀想で助けられるほど、人は軽くない」


 頭を殴られたような衝撃が走る。


 ――私は、思い上がっていたのかもしれません……。


 桜様に目の力を気づかされ、山神様の奇跡である巫術の光が見えるようになり、私にも特別な力があったのだと錯覚して。

 陽葵様の物語を読むたび、私はあの方のようになれるのだと。

 いつの間にか、私も陽葵様のように人を救えるのだと。

 ……勘違いをしていた。

 私は、巫術の光が見えるだけの、唯人でしかないのに。


 ――私は、自分の事しか考えられていない……。


 上からの視点で物事を見ている桜様の横にいることが、ただただ恥ずかしかった。


「……お二人の気持ちは理解いたしました」


 俯く私に凜とした声が届く。

 顔を上げると、静かに話を聞いていた蘭様が私達を見据えている。


「桜様はこの二人に枷を付けたい。菜乃華様は二人に安らかに暮らして欲しい。間違いないでしょうか?」

「え、えぇ。でも……」

 

 それは、できないのでは、と言おうとした私に、蘭様が艶やかに微笑む。


「大丈夫です、菜乃華様。……桜様、」


 ぴたりと深緑の瞳が金目を捉える。


「二人の身柄、私に預けていただいても?」


 桜様の金の瞳がゆるりと弧を描く。


「……なるほどね」


 ゆっくり呟かれたその声は、とても愉しそうな響きを含んでいた。


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