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天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
一枝 虐げられた混じりの仔

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一葉 十七節 闖入者

「……菜乃華様は、お強いのですね」


 私の言葉を聞いて、蘭様が引きつった唇を無理矢理持ち上げて笑う。

 地面についた手はまだ震えが残っていた。

 私は蘭様の手をとって、そっと包み込む。

 冷え切った蘭様の手に、少しでも私の体温が伝わるように。

 蘭様の手の震えが収まってきたのを見計らって、私は彼女の手を引いてゆっくりと立ち上がらせた。

 彼女の頬に残った涙の跡が、日の光できらりと光る。

 それがなんだか眩しくて、私は少しだけ視線を下げた。


「……私は、強くなんかありませんよ」

「え?」


 私の言葉に思わず、といったように声を上げる蘭様。


 ――でも、本当に私は全然強くないのです。


 出会ったときから萩太郎に混じりと蔑まれ、修練では標的となり徹底的に打ちのめされ、それを見ているだけの子供達の、嘲笑を含んだ憐れみの声に何も言い返せない。

 ほんの二週間ほど前までは、私はただ俯いて全てが過ぎ去るのを待つだけの子供だったのだ。

 そんな私が、得体の知れない異形について知らなくてはと思えたのは。


「桜様と、蘭様のおかげです」


 あの日、蝋梅の庵に現れた桜様が巫術の光を見せてくれたから。

 蘭様が私を“混じりの仔”ではなく、ただの菜乃華として接してくれたから。

 だから、私は前に進むことができたのだ。


「お二人がいなければ、私はここまで辿り着けなかったのですから」

 ですから、と今度は真っ直ぐ蘭様を見据え、笑う。


「私は、私ができることをやろうと思います。例えそれが、あの異形と対峙することになっても……私は、知らなきゃいけないと思うのです」


 蘭様は私の言葉に唖然としたあと、ふわりと花咲くように笑った。


「……なら、私も、菜乃華様の手伝いができるよう、励むことにいたします」

「……っ!お願いします、蘭様!」


 蘭様に認めてもらった事が嬉しくて、つい、声を上げてしまった。

 そこに一回、乾いた柏手の音が響く。


「はい、二人とも、そこまでにしようか」


 手を鳴らしたのは、愉快そうに目を弧にした桜様で。


「全く……これ、一応お忍びだから、二人とも目立つ行動は慎んで欲しいな?」

「ごめんなさい!」

「申し訳ありません」


 からかいを含んだ、でも有無を言わせない声に、二人揃って桜様に頭を下げた。

 桜様はそんな私達を見てくすくす笑っている。


「ふふっ!……二人が仲良くなって僕も嬉しいよ。さて、」


 桜様の目がぱっと楽しげに開いた。


「二人とも、そろそろ喉も渇く頃だろう?茶屋にでも行こう。店には話を通してあるから。ね?蘭?」


 喉が渇く、を殊更に強調して蘭様に視線を向ける桜様と、桜様の言葉に恥じらい俯く蘭様に、胸の奥がちくりとしたのを気にしないように、私は声をあげた。


「私、外の茶屋は初めてです!いきましょう!」


 そう言って一人、表通りへと続く道へと歩き出した。

 瞬間。


「っ!菜乃華様!下がって!!」


 ぐっと強く腕を引かれて、私は蘭様の背へと隠された。

 同時に、桜様が蘭様と並び立つように前に出る。


「……へぇ、蘭と僕に、この距離まで気づかれないなんてね」


 桜様の言葉から温もりが消えていく。


 桜様の纏う空気が一段重くなった。


 ――一体、なにが。


 そっと、蘭様と桜様の間から顔を出した。

 視界に入った相手の姿に、衝撃を受ける。

 そこにいたのは、くたびれた灰色の着物を着た、互いにそっくりな男女の子供だった。暗がりで分かりにくいけれど、二人とも濃鼠の髪色をしていて、少年は短髪、少女は顎の位置で短く切りそろえられている。それぞれ長い前髪で顔の半分が覆われていて、肌は抜けるように白く、手足が細い。

 少女は怯えながら少年の背に隠れ、少年はそんな少女を庇いながらも、蘭様と桜様に隙のない視線を送っている。


 ――ただの子供、ですよね?


 ほっとして、つい、蘭様の後ろから声を掛けてしまった。


「こんなところで、どうされたのですか?」


 良ければ、一緒に表まで……と続けようとした瞬間、少年が少女の手を取って瞬時に踵を返した。そのまま少し先の脇道を目指して駆け出す。


 ――逃げてしまいます……!

 そんな、私はただ、と思ったのも束の間。


 目の前の桜様の体から、白金の光が舞い上がった。


「さすがに無視は失礼過ぎるな」


 そう言って、光を纏った右手が伸ばされる。

 瞬間、桜様の手から突風が放たれる。

 後ろにいた私の髪すらも強く揺らしたその風は、少年と少女の背を強く押し、少女の足をもつれさせた。

 そして、二人揃って転倒する。

 その隙を逃さないように、いつの間にか距離を詰めていた蘭様が少年の手を取り地面に押さえつけた。


 少年の背に乗る蘭様から深緑の光が舞い散る。


「ぐうっ……!」

「せり……!」


 背を押さえつけられた少年のうめき声と、少女の微かな悲鳴が私の耳に届いた。


「動かないでください。動いたら、この腕を折ります」


 少年の腕を強くひねり上げている蘭様が言い放つ。

 蘭様の腕に纏わりつく深緑の光が一段強くなった。

 その言葉に少年の動きが止まるも、首を逸らし、鋭く蘭様を睨み付けたままだ。


「……っ!妹には、手を、出すなっ……!!」


 蘭様を睨み付けながら、少年が牽制する。

 少女の方は巫術の衝撃が強かったのか、少年を見捨てられないのか、少年の横でへたり込んだままだ。


「あ、あの、あまり乱暴な事は……!」


 思わず蘭様に駆け寄ろうとした私を、桜様が腕を伸ばして制す。

 翻った外套が、私の視界から少年を隠した。


「駄目だよ、菜乃華。近づかないで」

「でも、子供ですよ?!」

「関係ないよ」


 桜様の冷たい言葉が路地に響く。

 私からは見えないのに、桜様の金の目が冷たく光っているのが見えた気がした。


「いい?菜乃華。僕らは本来この場にいちゃいけない人間なんだ」


 その言葉にはっとさせられる。


「見られたからには、せめて素性は明らかにしないと」


 ちらりと視線だけがこちらに振り向く。

 冷たい金の目が私を射貫いた。


「解放するのは、口止めが終わってからだ」


 有無を言わさない、断定する言い方に、私は反論の言葉が出ない。


 ――桜様の言う通りです……。


 私達が宮廷の外にいると知られれば、桜様の立場すら危うくなる。

 もともと宮廷に居場所がない私はともかく、桜様の立場まで損なうわけにはいかない。

 私は、ぐっと拳を握り、静かに目を伏せた。

 それを見た桜様が視線を蘭様に戻す。

 それを受けて、蘭様は少年に問いかけ始めた。


「名は?」

「……」

「家は?何故ここにいる?」

「……」


 少年は蘭様を睨み付けるだけで答えない。


「……ふぅん。何も言う気はない、と」


 冷たい、圧の掛かった声が桜様の口から漏れる。

 さらに周囲の空気が重たくなった気がした。


 ――な、なんとかしないと……!


 このままでは、桜様が手を下してしまう……!と焦っていたら。

 不意に、ぐぅ……と小さな腹の音が鳴った。


「は?」

「ん?」

「……え?」


 桜様達と揃って怪訝な声が上がる。

 音の出所は、少年の横でへたり込んだままだった少女からだった。


「あ……!」


 この場の視線を一身に集めた少女は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 緊張感にそぐわないと思いつつも、その反応は少し可愛らしかった。

 こほん、と咳払いをしてその感情を隅に追いやってから、私は桜様の背から少女の元へ歩み寄る。

 そのまま、少女の近くでしゃがみ込んだ。


「菜乃華っ!」

「菜乃華様っ!」

「……お腹が空いたのですね?」


 焦る桜様と蘭様の声が聞こえたけれど、敢えて黙殺する。

 今、この子に必要なのは上位者としての覇気ではない。

 ただただ、優しく接して欲しいのだ。

 それは、かつての私が心の底から求めていたことで。


「……っ!」


 こくこくと勢いよく少女が頷く。

 私にはそれだけで十分だった。


「桜様、この子達も一緒に茶屋へと連れて行きましょう?お話は、そこで聞けば良いのではないでしょうか?」


 振り返って桜様の静かな怒りが籠もった金の瞳を静かに見つめ返す。

 僅か数秒。

 降参、といわんばかりに桜様の目が伏せられた。


「……蘭、茶屋に飛び文を。巫具は持ってるね?人数が増えたことと、裏口から入りたいってこと、伝えて」

「かしこまりました」

「桜様……!ありがとうございます!」


 私は桜様に深く頭を下げる。

 その頭上に、小さな嘆息が落ちてきた。


「菜乃華、茶屋には連れて行くだけだからね?……二人の態度次第では、次はないから」


 釘を刺す桜様の言葉に、私は頭を上げて桜様の目を真っ直ぐ見据えた。


「……はい。これ以上は言いません」


 二人を茶屋に、というのは桜様の最大限の譲歩だろう。

 私ができるのはここまで。


「……さぁ、行きましょう?」


 へたり込んだままの少女に手を差し出す。


「あ……」

 少女は一瞬だけためらって、そっと私の手に自分の手を重ねた。

 その手を掴んで少女を立ち上げる。

 高く昇った太陽が、立ち上がった少女の顔を照らした。

 瞬間、ざわりと胸が騒ぐ。


「……え?」


 陽に照らされた少女の瞳は明るい空色。

 ……母様と同じ瞳の色だった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

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