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天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
一枝 虐げられた混じりの仔

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一葉 十四節 光と影

「すごい……!すごいです……!」


 参拝道を降りてすぐの場所で、私は街の喧騒と活気の良さにただ圧倒されていた。

 参拝道はそのまま大通りへと繋がっていて、これから白杉神社へと向かう人を対象に飲食店が並んでいた。大通りには合わせて布小物や陶器、茶葉などのお土産屋も並んでいる。


「お嬢様、傘を」

「あ……ありがとうございます。蘭さ、ん」


 私の付き人役をしてくれる蘭様が静かに日傘を差し出してくれた。はしゃぎすぎた自分を恥ずかしいと思いながら、そっと差し出された日傘を受け取る。小さく笑った蘭様がそっと私と桜様の後ろへと下がった。


「お気に召したかな?“お嬢さん”」

「はい!とても!」


 桜様の言葉に私は力強く頷いた。桜様は一瞬虚を突かれた顔をして、声を上げて笑い出す。


「はははっ!……はーっ、そっか、お気に召したなら良かった」

「桜、様?」


 何がそんなに可笑しかったのか分からず、桜様を見つめる。

 桜様はまだ収まらない笑いを手の甲で押さえながら、もう片方の手を私に差し出した。


「さ、まだまだ街は広いからね。案内するよ」

「は、はい!」


 伸ばされた手に、今度はためらいながらもそっと手を乗せる。

 きゅっと優しく握られた手を引かれて、私たちは神居街へと歩き出した。

 見目の美しい少女達が手招いて客の引き寄せをしている。微かな南風に乗って漂ってくる香ばしい香りは茶屋の団子の匂いだろう。


 ――街とはこんなに活気があるものだったのですね。


 思えば、物心ついてから私は宮廷の外に出たことがなかった。移動するのは書庫殿や神楽殿のみで、多くの人が出入りする拝殿や参拝道までは行ったことがなかった。

 静謐な空間だった宮廷と違って、そこかしこで喧噪が飛び交う神居街の活気は、とても新鮮だった。

 ふと、道の先、少女達がたくさん集まっているお土産屋が目に入った。少女達は手に色鮮やかな小物を複数手に取っては互いの髪や胸に当てている。


 ――あぁ、ここが朝議にあった紬家の小物屋ですね。


「菜乃華も欲しい?」

「へ?!」


 物欲しそうな目をしていたのだろうか。桜様が顔を寄せてそう尋ねてくる。ふわりと香った白檀の香りに心臓が急に跳ねた。


 ――欲しいと思って見ていたわけでは……!で、でも欲しいと言ったらどうなるのでしょうか?


 もしかしたら桜様が選んでくださるかも……。


「ごめんね。寄ってあげたいけどさすがに時間がない」

「あ……いえ。そうですね」

「あぁ。それに、僕が選んだら萩太郎に角が立つ」


 さすがに、婚約者を差し置いて贈ることはできないね、と困ったように笑った桜様の言葉に頭を殴られたような気がした。


 ――……そうでした。私の婚約者は萩太郎でしたね。


 こうやって、桜様と手を繋いで歩いてること自体が奇跡のようなもの。

 どうして忘れていたんだろう。


「……私は、気にしていません。早くお役目を果たしましょう?」


 俯きながら桜様に告げる。

 分かった、と手を引いて歩き出す桜様の少し後ろをついて行く。

 俯いた先、泥が付いたままの自分の靴がやけに目に付いた。

 

 ****


「さ、こっちだ」

「ここは……」


 大通りから西に向かって十分ほど。どんどんと入り組んでいく道を進んでたどり着いたのは裏通りだった。ちょうど長屋の裏に当たるのだろう、道全体が影に覆われどことなくじっとりと湿っている。

 その長屋の間には二、三軒ごとに木で覆われた箱が設置されている。箱は開けられるように上蓋があるけれど、錠などで固定はされていなかった。


「あれは……?」

「あぁ、あれは浄化の巫具だよ。ご不浄や台所の汚水を浄化してから白波瀬川に流すんだ」

「そうなのですね。初めて見ました」

「僕も実物は初めて見たよ。宮廷にもあると思うけど、あるとしたらこれと同じで建物の裏手にあるんだろうね」

「確かにそうかもしれません」

 初めて見た巫具につい興味が引かれてしまう。

「そういえば、例の光は巫具からは見えないの?」

「はい。見たことがなかったですし、今も見えないです」


  ――言われてみれば、確かに巫具からは光が出ているのを見たことがありませんでした……。


 巫術の光は人が使う巫術でのみ見ることができるのかも、と考えながら桜様に問いかける。


「桜様はどうです?巫具からは光が見えていますか?」

「いや、僕も見えないや。じゃあ、光が出るのは人から限定なんだね」


 なるほど、と桜様が思考の淵に意識を沈めていく。


「お二人ともこちらへ」


 そのとき、後ろに佇んでいた蘭様が急に私達を引っ張り長屋の間へと押し込んだ。

 何故?と振り返ると、蘭様の後ろを紺の制服を着た男性が二人通り過ぎるところだった。


「あれは……?」

「服の色からして楮乃の術士のようですね」

「でも、巫具の点検作業は来月のはずだ。顔見知りに会わないようにわざわざ調べたからね」


 私の疑問に立て続けに蘭様と桜様が答える。来るはずのない人たちがどうして、と思ったとき術士達の声が風に乗ってこちらに届いて来た。


「まったく、これで五件目だぞ、故障修理……」

「最近よく壊れるよな。浄化の巫具。ちょっと前はこんな頻繁に起こってなかったよなぁ」

「あぁ。ここ五年でかなり増えてる。なんだってんだ一体……」


 それっきり会話が聞こえてこない。

 私の脳裏に浮かんだのは、二週ほど前に読んだ巫術の本だ。


「故障ですか。時期が悪い……」

「まぁでも、幸いにも僕たちが向かう方向とは逆だ。帰り道に気をつければ大丈夫だろう」

「桜様……」


 桜様の袖を引いてこちらに注意を向ける。桜様はすぐに「何?」と聞く体制を取ってくれた。


「少し気になることがありまして……」

「ん?何かあった?」

「実は……」


 時間もないので大まかに、読んだ書の内容を伝える。

 最古の時代では、今よりも巫術の力が強かったこと。

 時代が進むにつれ、扱える巫術の力が弱くなっているということ。


「先ほどの故障についても、制作者の力が弱くなっているのかもしれません。だから修理が増えているのかと……」

「でも、さっきの奴はここ五年でかなり増えてるって言ってたけど、そんな急に巫術が弱くなったらもっと宮廷内で取り沙汰されてるんじゃない?」

「それは、そうなのですが……」


 桜様の言うことにも一理ある。急激に巫術が弱まることがあれば、宮廷内ですぐ議題に上っているだろう。

 でも、何故か気になる。


 ――一世代前から続く巫術の弱体化と、近年の巫具の故障率。なにか関係がありそうなのですが……。


 それを繋ぐ線が分からない。


「お二人とも、そろそろ」

「分かった。……菜乃華が気になるなら、宮廷に帰ってからになるけどこっちでも調べてみるよ。何か分かったら報告する。それでいい?」

「っ、はい!私も書庫殿を調べてみます!」


 桜様の言葉に力強くうなずく。

 そして、楮乃の術士にばれないように静かに歩みを進めた。

 歩くことさらに西に約十五分。白波瀬川の近くなのだろう、ざぁざぁと水が流れる音がしている。同時に周囲の空気がどこか重く淀んでいるように感じた。

 だんだんと中心から離れていく桜様に、一体どこに向かっているのだろうと少しだけ不安になりかけたところで桜様の足が止まる。


「着いた。ここだ」

「っ、これは……!」


 桜様の肩越しから覗いた光景に思わず言葉を失う。

 そこにいたのは、まだ寒さが厳しいこの時期にもかかわらず、ぼろきれのような着流しだけ纏った、小さな子供達だった。使い古された蓑を地面に敷いて、かろうじて居場所を作っている子供達の目に光はなく、どの子供達も虚ろな目でただそこに座っている。


「この子達は……?」

「孤児だよ。ここは、親が亡くなって居場所がなくなった孤児達が流れ着く場所だ」


 桜様の平坦すぎる声が無造作にこの空間に響いた。


「どうして……!?孤児院があるではないですか!!」

「孤児院だって常に空きがあるわけじゃない。それに……」

「それに、全ての孤児院が正常に機能しているわけではないのです、菜乃華様」

「っ!」


 桜様の言葉を継ぐように告げられた蘭様に息を飲む。

 正常に機能していない、ということは、つまり。


 ――ここよりも劣悪ということなのですか……?


 野ざらしでまともな服が着れないここよりも劣悪とは一体どういうことなのか。何故、宮廷はこの状況を放置しているのか。白梅様は、松風様は一体何をして……。


「まぁ、蘭の言うとおり。さ、菜乃華」

「な、何……?……っ!」


 空回りした私の思考を桜様の言葉が現実に引き戻す。そして、桜様を見た瞬間、私は固まってしまった。

 こんな凄惨な光景を目の当たりにしているのに、桜様は平然とその場に佇んでいる。


「ここの奴らなら、少し施しをしただけで何回でも巫術を見せてもらえるよ。さ、誰にする?」


 探せば色んな系統の巫術が見れるんじゃない?と話す桜様の金の瞳には何の感情も映っていない。

 ただただ、綺麗な金の硝子玉だ。


 ――どうして……?


 どうしてこの光景を見ているのに、何も感じていないの?


「さ、桜、様……?」

「ん?どうしたの?菜乃華」


 顔色が悪いよ?と私の顔をのぞき込む桜様は怖いくらいにいつも通りで……。


 ――あ……。


 分かってしまった。

 感じていた、違和感の正体。


「桜様は……」


 桜様の目には誰も映っていない。

 私の事も、蘭様のことも、萩太郎のことも、ここの孤児達の事も、誰一人桜様の内に入っていないのだ。

 だから、癒やしの巫術を掛けるときも対象を指定する文言を付けているのだ。

 そうしないと、対象にちゃんと巫術を掛けられないから。


「あ……」

「大丈夫?気分が悪いならどこか休めるところに……」


 私を気遣ってくれる桜様の声がやけに遠くに感じる。


 ――私は、このまま桜様と一緒にいて良いのでしょうか……?

 ひやりとした何かが背中を流れていく。

 繋いだままの手のぬくもりが、やけによそよそしく感じた。

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