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天峰国物語 ―混じりの姫は世界の真実を追う―  作者: 音下 希乃
一枝 虐げられた混じりの仔

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一葉 十二節 いじわるな人

 桜様が蘭様を連れ去って早三日。

 二人からの連絡はまだない。


 ――気にしてはだめだと分かってはいるのですけど。


 私すら気づいてなかった目の特性について知っていた桜様。

 私の知らないことを泣きながら謝り続ける蘭様。

 二人とも、私が知らない私の事を知っている。


 ――蘭様は母様に会ったことがあると言っていらしたけれど、私も蘭様も、お会いしたのはこの前が初めてでしたのに。


 どうして二人は私のことを知っているの?


「考え事とは余裕だなぁ、混じり!!」

「っ!痛っ!!」


 防御が間に合わず、力一杯振り抜かれた竹刀に手首を打たれる。

 からんと軽い音を立てて私の手から薙刀が落ちた。


「そこまで!」


 審判役の子の声が神楽殿に響く。その言葉を皮切りにいつものように楮乃家子弟達が萩太郎を取り囲んだ。


「萩太郎様、お疲れ様です!」

「やっぱり萩太郎さまお強いですね。どこかの混じりとは大違い」

「ちょっと早く動けるようになったからって、防具なしなんて調子に乗ってますよねぇ」


 がやがやと萩太郎を持ち上げる会話が広がる中、一人だけそっと私に近づいて速やかに癒やしの巫術を掛けて去っていく女子がいる。

 その女子の髪色は鮮やかな新緑で。


 ――蘭様の家の方、でしょうね。


 彼女は三日前からこうして修練で受けた傷を治してくれている。その日から桜様達が庵に訪れなくなったから、おそらく庵で治癒ができない代わりにと蘭様が家の方に頼んでくださったのだろう。

 恐らく、彼女に尋ねたら蘭様がどうしているのか分かるのだろうけれど。


「……」


 去って行く緑髪の少女を私は追わない。


 ――私が蘭様達と距離が近いことは誰にも知られてはいけない。


 それができたのなら、桜様は堂々とこの修練の場に来ているはずなのだから。


「ま、所詮、混じりは混じり。巫なんて偉そうなこと言ってたけど、本当に初代様の血を継いでいるのかねぇ」

 考えにふける私の耳に、聞き流せない萩太郎の言葉が飛び込んできた。

 頭の芯からかっと熱くなる。


「母様を侮辱するな!!」


 止めるまもなく大きな声が出た。


「何度でも言います。私は天峰菜乃華。国と同じ字をもつ、初代様から続く巫の一人です!」


 ぎりっと人混みの中でにやにやと笑う萩太郎を睨み付ける。

 そして、嘲るようにふっと息を吐いて笑う。


「たかが、一度打ち負かしたからといって調子に乗ってるのはそちらでは?ねぇ、“楮乃の落ちこぼれ”さん?」


 その瞬間、青藍の瞳が憎悪で燃え上がる。


「……上等だ。持てよ、やるぞ」

「えぇ。次も勝てるといいですね?」


 ――今はお二人のことは考えない。


 いまはただ、母様だけじゃなく父様すら侮辱したこの男を徹底的に叩くだけ。

 頭に血が上った単調な攻撃で私を倒せると思うな。


「さ、そちらから先にどうぞ?」


 殊更に笑みを深めて挑発してやる。


「っ、せいぜい目には気をつけろよぉ!!」


 青藍の光を纏って突撃してくる萩太郎を、私は軽々躱して薙刀を構える。

 刃を交わす内に、次第に頭の中のもやもやが晴れていくような気がした。


 ****


「やぁ、今日は激しくやりあったようだね」

「桜様!」


 いつも通り庵で身支度を整えようとしたら、前と同じように桜様が扉の前で待っていた。私は小走りで桜様に駆け寄る。


「あ、あの、蘭様は……?!」

「あぁ、大丈夫。とは言っても、今日も内向きの事をやってもらうから話には参加しないけどね」

「そうですか……」


 桜様の返答に安堵するのと同時に少しだけ落胆もする。


 ――お元気になられたのは良かったのですが、やはり私とは顔を合わせたくないのでしょうか。


 そんな私の考えは桜様にはお見通しのようで。


「ふふっ!大丈夫、街へ降りるときは蘭も一緒だから」

「ほ、本当ですか?」

「うん。今日はその話をしに来たんだ。さ、入って」


 いつかと全く同じように桜様の招きに応じて私の庵に入る。

 茶室には、すでに入れられたばかりの林全のお茶が二つ並べられている。


 ――蘭様も来ているのですね。


 少なくとも会いたくないと思われている訳ではないと分かってほっとした。


「さて、話すことが多いから手早く行くよ。“癒やしよ、かの者に”」


 その言葉とともにぶわりと室内に広がった白金の光はするりと私の体に入っていった。

 そして、みるみるうちに痛みが引いていく。

 何かが脳裏に引っかかった。


「ありがとうございます……」

「いえいえ。さて、街に降りる日だけどね……」


 巫術もそこそこに話を始めた桜様に相づちを打ちながら感じた引っかかりについて思考を巡らせる。


 ――桜様はいつも対象を指定してから癒やしの巫術を掛けている?


 あの緑髪の少女は無言で巫術を掛けているのに。


「聞いてる?菜乃華」

「は、はい!すみません……」


 桜様の声に慌てて思考を中断して話に集中する。

 そんな私に、桜様はため息を一つ吐いて「しょうがないな」と言わんばかりに最初から話し出した。


「……先に重要な事から話すね。街に降りるのは明日の昼。修練前にここを出るよ」

「萩太郎はどうするのです?」

「それもこっちに任せて。とっておきを用意するから。あいつなら軽く釣れるし、他のやつらも引きつけられるから」

「そう、なのですか……」


 淡々と説明する桜様の姿に、どこか不自然さを感じる。

 けれどその正体が分からない。


「君の服と髪は蘭がやってくれるから。昼の少し前にこの庵に来てほしい」

「はい」

「蘭はそのまま僕らと一緒に街に降りるよ。侍女兼護衛だね。……あぁ、そうだ。君のお父様から伝言『街に連れて行ってあげられなくてごめん。桜君について街を学んできなさい』だってさ」

「……え、父様から?!一体いつ……!」

「ふふっ。それは秘密。まぁ、両親の許可なしに勝手に連れ出しちゃだめだよね」


 もちろん、僕も許可は取ってきたからと悪戯を成功させて笑う桜様に開いた口が塞がらない。

 内心の動揺を落ち着けるために茶器に手を伸ばした。

 お茶を飲みながらも、向かいに座る桜様の愉しげな雰囲気がこちらにも伝わってくる。


 ――桜様はいじわるです……!


 でも、この遠慮のないやりとりを楽しいと思っている私が居るのも確かだ。


「……分かりました。父様にはこちらから直接返事を返します」

「うん、よろしく。じゃあ僕はこれで」


 最後の一口を飲み干して立ち上がる桜様。

 見送ろうと腰を上げたところを桜様が片手を制したので座り直す。

 ふと、扉の前で桜様が振り返った。


「そうだ、菜乃華」

「なんでしょう?」


 見上げた先、桜様の目には愉しげな光が灯っている。 

 嫌な予感に思わず背筋が伸びた。


「明日のおでかけ。僕のために可愛く着飾ってね?」

「は……」

「じゃ、また明日。楽しみにしてるから」


 そう言って外套を翻し去って行く桜様。

 桜様の言葉を脳内で反芻すること十回。

 かぁぁと頬が熱くなった。


「~~っ、桜様のいじわるっ……!」


 ――か、可愛くなんて、どうしてそんなこと……!


 誰も居ないことを良いことに、頬に手を当ててその場に蹲る。

 たっぷり一時間はそこから動けなかった。


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