第6章 健二の十七通のメール
健二の受信トレイは、生き物になっていた。
十七通の未読メール。三日で。
専門学校を中退してからの三年間で受け取った合計メールを、たぶん
超えていた。
一通ずつ開いた。
スポーツメディア。大手ではない方の大手。インタビュー希望。
スポーツメディア。大手ではない方ではない方の大手。インタビュー希望。
ドキュメンタリー制作会社。興味あり。予算あり。
雑誌。取材希望。
別の雑誌。取材希望。
YouTubeチャンネル(登録者百万人)。コラボ希望。
YouTubeチャンネル(登録者三百万人)。コラボ希望。
YouTubeチャンネル(登録者十二人)。コラボ希望。
健二はこれをしばらく見た。
十二人のチャンネルにも返信した。
理由はわからなかった。
たぶん三年前の自分だった。
次のメール。
海外のメディア。アメリカ。大きめ。
次。
海外のメディア。ブラジル。大きめ。
次。
海外のメディア。フランス。たぶん大きめ。
よくわからなかった。
次。
弁護士。
健二は少し止まった。
弁護士のメールを開いた。
> 松田健二様
>
> 突然のご連絡失礼いたします。
> 先日の柔道関連動画について、撮影における法的リスクに関し
> ご助言できる可能性がございます。
> 初回相談無料。
健二はこれを三回読んだ。
三回とも意味がわからなかった。
とりあえず「ありがとうございます」と返信した。
次のメール。
武志から。
健二は一瞬止まった。
武志がメールを使えるとは思っていなかった。
件名なし。本文一行。
> 明日渋谷。
それだけだった。
健二は少し待った。
何か続くかもしれないと思った。
続かなかった。
その「明日渋谷。」だけで、武志の一日の予定として成立していた。
健二は返信した。
> 何時ですか?
三時間後に返信が来た。
> 昼くらい。
健二は「了解しました」と返した。
一分後、もう一通。
> 昼って何時?
健二は画面を見た。
笑った。
本当に小さく。
自分でもびっくりするくらい。
> 正午です。
また一分。
> 正午って何時?
健二は、この男を撮影することが自分の職業になりつつあることを、
静かに受け入れた。
> 十二時です。
> オッケー。
受信トレイの一番下に、もう一通あった。
送信者はメジャーな出版社だった。
健二は開いた。
> 拝啓
>
> 松田健二様
>
> 弊社では、現在話題となっている柔道関連のドキュメンタリー
> プロジェクトに関し、撮影・編集を担当していただける方を
> 探しております。
>
> 予算・日程等、詳細はお会いしてお話しできればと存じます。
>
> 敬具
健二はこれを読んだ。
読み直した。
もう一度読んだ。
画面を閉じた。
開いた。
もう一度読んだ。
冷蔵庫が夜の音を立てた。
健二は立ち上がった。
部屋の中を一周歩いた。
座った。
もう一度読んだ。
予算の欄の数字を見た。
部屋の中をもう一周歩いた。
カメラを見た。
カメラは棚の上で、いつものように何も知らない顔をしていた。
健二は座って、返信を書き始めた。
「ご連絡ありがとうございます。」
書いた。
消した。
「ご連絡誠にありがとうございます。」
書いた。
消した。
「お世話になっております。」
書いた。
消した。自分が誰にも世話になっていないことに気づいた。
最終的に、こう書いた。
> お会いできれば嬉しいです。
> ご都合のいい日時をお知らせください。
>
> 松田健二
送信した。
カメラを見た。
カメラは相変わらず何も知らない顔をしていた。
健二はカップラーメンの残りを食べた。
冷えていた。
でも、今夜のラーメンは、なぜか、少しだけ美味しかった。




