第5章 誰かが見ている
武志が気づいたのは三ブロック目だった。
誰かは分からなかった。
ただ、誰かがいた。
空間の幾何学を気にする生き方をしていると、こういう感覚が育つ。
複数の方向転換を通じて、後ろで一定の距離を保つ何かの存在。
ほとんどの人はこの感覚を知らない。
武志は強く知っていた。
振り返らなかった。
歩き続けた。
健二は少し前でカメラを上げ、街を撮影していた。最近街を撮影することが
家賃を払えることを発見した男の集中したエネルギーで。
「どこか特定の場所に行きたいですか?」と健二が言った。
「ない。」
「ただ歩いてる?」
「ああ。」
健二は街を撮影した。
武志は次の角で左に曲がった。
感覚がついてきた。
その次の角で右に曲がった。
まだいた。
一定の距離。近づいてこない。遠ざかりもしない。
ただ、存在していた。
挑戦者ではなかった。挑戦者は向かってくる。
記者でもなかった。記者は話しかける。
また左に曲がった。
ついてきた。
自販機の前で止まった。何かが欲しかったからではなかった。ガラスパネルの
暗い反射を使って後ろの通りを見た。
群衆。歩行者。いつもの渋谷の夜の動き。
誰かを特定できなかった。人が多すぎた。
欲しくもないコーヒーを選んだ。開けた。飲んだ。
まあまあだった。良くはなかった。
また歩き始めた。
「大丈夫ですか?」と健二が言った。
「ああ。」
「なんか――」
「大丈夫や。」
健二はカメラを少し下げた。武志を見た。後ろの通りを見た。
「誰かついてきてますか?」
「たぶん。」
「どうする――」
「ほっとけ。」
健二はまた後ろを見た。カメラを上げた。通りを撮影した。
感覚はさらに六ブロック続いた。
それから、コンビニとたこ焼き屋の間のどこかで、消えた。
武志は止まった。
立った。
消えた。
通りを見た。普通の群衆。距離を保っている人はいなかった。見ている人は
いなかった。
しばらくそこに立った。
それからまた歩いた。
あったときより、なくなった方が奇妙に感じる理由がわからなかった。
花がついていくのをやめたのはコンビニのところだった。
やめたかったからではなかった。
三ブロック目で反射のあるショーウィンドウの前を歩いて一瞬自分を外から
見たからだった。
映像が明確にしてくれた。
ノートパソコンのバッグを持った女が、一度も話したことのない男を夜の
渋谷で追いかけていた。
止まった。
ウィンドウの前に立った。
自分を見た。
ウィンドウの中の女が見返した。
どちらも自分がやっていることについてよい説明を持っていなかった。
花は向きを変えて駅に戻った。
電車の中で観察ドキュメントを開いた。
最後の行を読んだ。
> 三軒茶屋に行かない。
しばらくそれを見た。
その下に追加した。
> 夜の渋谷でも後をついていかない。
それを見た。
追加した。
> もうやった。
ドキュメントを閉じた。開いた。三行すべて読んだ。閉じた。
電車に座って暗い窓の中の自分の反射を見て、空投と山本が倒れた方法と、
カフェで出した音のことを考えないようにした。
考えた。
自分の駅で降りた。家まで歩いた。飲まない茶を作った。
ノートパソコンを開いた。観察ドキュメントがすでに開いていた。
午後に書いたものをすべて読んだ。十四ページ全部。
それから新しいドキュメントを開いた。白紙。
しばらく何も打たずに座っていた。
それから一番上に書いた。
> 黒金武志について実際に知っていること:
全部リストにした。
> 年齢:二十代半ば推定。
> 身長:約百八十一センチ。
> 体格:細身、機能的、美的な余剰なし。
> 練習背景:不明。記録なし。系譜なし。
> 技術:空投理論と部分的に一致。実行は無意識に見える。
> 行動:一貫している。パフォーマンスしない。調整しない。
> 退屈の閾値:挑戦がないと非常に低い。
> コーヒーの選択:悪い、繰り返し。
リストを見た。
よいリストだった。研究者が作るリストだった。
もう一行追加した。
> 自分に気づいていない。
それを見た。削除した。リサーチとは関係なかった。また入力した。残した。
ノートパソコンを閉じた。眠ろうとした。あまり眠れなかった。
午前二時十七分にスマートフォンを開いた。ElevenDan_Archiveを確認した。
新しいものはなかった。元の動画のコメントを確認した。雑やなを投稿した
アカウントを見つけた。
まだ一件のコメントのみ。他の活動なし。フォロワーなし。フォローなし。
何もなし。
スマートフォンを置いた。天井を見た。
あの動画を見て、みんなが恐ろしいものを見たところで雑さを見た人間に
ついて考えた。
いつか眠った。分類できない投げを夢で見た。起きて書き留めた。
ドキュメントに追加した。
武志は九時に家に帰った。
家具を動かした。練習した。まだ解決できない壁の線を見た。もう少し
練習した。
十一時にスマートフォンを手に取った。
通知を興味なくスクロールした。
動画のコメントを確認した。
一言アカウント。
> 雑やな。
まだそこにあった。
それから二件目のコメントに気づいた。
同じアカウントから。二時間前に投稿された。
読んだ。
> 右足の軸がずれてる。
武志はとても静かになった。
もう一度読んだ。
間違っていなかった。
間違っていないことがわかった。それについてちょうど六ヶ月前に壁に線を
引いていて、まだ解決できていなかったからだ。
コメントを見た。プロフィールなし。他の投稿なし。
自己紹介なし。説明なし。これが誰なのか、なぜ見ているのか、何が欲しいか
の表示なし。
ただ情報だけ。
スマートフォンを置いた。立ち上がった。部屋の中央に移動した。
動き始めた。
右足に特別な注意を払いながら。
調整した。
また調整した。
何かが変わった。
小さかった。ほとんど何もなかった。でも前と違った。
止まった。部屋の中央に立った。
壁の線はまだそこにあった。
今は違う見え方をした。
スマートフォンを持った。コメントをもう一度読んだ。
入力した。
> 誰や。
投稿した。スマートフォンを置いた。深夜過ぎまで練習した。
寝る前に確認するとアカウントは返信していなかった。
コメントをしばらく見た。
二文。合計七文字。完全に正確だった。
スマートフォンを裏向きに置いた。布団に横になった。天井を見た。
誰かがあの動画を見て自分の右足を見ていた。
投げを見たのではなかった。結果を見たのではなかった。混乱を見たの
ではなかった。
足を見ていた。
眠るまでそのことを長い間考えた。




