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第35章 名前のない技
館長は、夜の道場に、老師を呼んだ。
人払いを、していた。
畳の上に、三人だけ。
館長。
老師。
山田。
武志は、今日は、別室で、待たされていた。
館長は、率直に、聞いた。
「兄さん、名前を、付けませんか。」
老師は、即答した。
「付けん。」
「理由を、伺っても。」
「名前、付いた瞬間、みんな、分かった気になる。」
館長は、黙った。
山田も、黙った。
それは、講道館にとって、痛いほど、正しい言葉だった。
名前は、整理になる。
整理は、教育になる。
教育は、制度になる。
でも、制度になる前に、死ぬものも、ある。
老師は、畳を、軽く、指で叩いた。
「これは、まだ、動いとる。」
「はい。」
「動いとるもんに、看板だけ、先に立てるな。」
館長は、長く、息を吐いた。
「では、我々は、何を、残せば。」
老師は、山田を見た。
「見た順番や。」
「順番。」
「何が起きたか、より、何を見て、
どう間違えたかを、残せ。」
山田は、その場で、メモした。
名称保留。
順番を残す。
誤読も残す。
その夜、山田は、初めて、
記録の仕事が、保存ではなく、
失敗の並べ方かもしれない、と、思った。




