第32章 山田、初めて投げられる
「今日は、武志が、投げる。」
老師が、そう言った朝、
山田は、自分の年齢を、思い出した。
四十七歳。
若くは、なかった。
でも、今日は、それを、言い訳にしないと、
前日に、もう決めていた。
武志は、神社の端で、少し、困った顔をした。
「先生、昨日も、やりました。」
「昨日は、受け身や。」
「今日は。」
「今日は、投げられる方の、気持ちを、
もうちょい、はっきり、知る日や。」
山田は、立った。
体は、昨日より、少しだけ、柔らかかった。
武志の前に、立つと、
昨日より、恐くなかった。
恐くない代わりに、期待が、あった。
それが、自分でも、少し、おかしかった。
武志は、山田の呼吸を、一度だけ、見た。
それから、何も言わずに、入った。
山田は、気づいたら、空を見ていた。
前より、高く、飛んでいた。
でも、痛くは、なかった。
受け身が、ちゃんと、間に合っていた。
地面に背中が触れた瞬間、
山田の口から、笑いが、漏れた。
今度は、本当に、笑った。
起き上がって、また、笑った。
「……何か、可笑しいですか。」と、武志が聞いた。
山田は、息を整えながら、答えた。
「投げられるのが、こんなに、まともだったの、
初めて、かもしれません。」
老師は、横で、うなずいた。
「雑に、落とされる経験が、多過ぎたんや。」
山田は、深く、うなずいた。
二十二年間、制度の中で、
人を落とさずに、話を着地させる訓練ばかり、してきた。
今日は、きれいに、落ちた。
それが、妙に、嬉しかった。




