第23章 非公式の研究員室
講道館の、三階の、一番端の部屋。
もともとは、備品置き場だった。
山田が、片付けた。
折りたたみ机を、一つ、入れた。
椅子を、一つ、入れた。
棚も、一つ、入れた。
それで、いっぱいだった。
机の上には、紙の差し札が、置いてあった。
非公式観察研究員
黒金武志
武志は、その札を、十秒、見た。
それから、山田を見た。
「……長いですね。」
「私も、そう思います。」
「短く、できませんか。」
「制度上、できません。」
「非公式なのに、制度、あるんですか。」
山田は、少し、考えた。
「……ある部分だけ、あります。」
武志は、うなずいた。
納得したわけでは、なかった。
でも、諦めた。
彼は、椅子に、座った。
背もたれが、ぎし、と鳴った。
部屋の外では、初心者クラスの、足音が、していた。
山田は、廊下の向こうを、指した。
「本日は、見学からです。」
「何を。」
「柔道を。」
武志は、少し、首を傾げた。
「……ここで、ですか。」
「はい。」
「見えませんけど。」
「では、道場に、行きましょう。」
二人で、道場へ向かった。
白帯の大人クラスだった。
仕事帰りの会社員。
大学を出たばかりの男。
三十代の女性。
全員、成人だった。
帯を、結ぶ手が、少し、遅かった。
先生の声は、明るかった。
説明は、丁寧だった。
武志は、端に座って、見た。
ずっと、見ていた。
一時間後、山田が、聞いた。
「……いかがですか。」
武志は、少し、考えた。
「みんな、早いですね。」
「動きが、でしょうか。」
「答え、出すのが、です。」
山田は、黙った。
武志は、続けた。
「持つ前から、こうするって、決め過ぎてる。」
「……はい。」
「怖いからやと、思います。」
山田は、その言葉を、メモした。
その日の、観察記録の、一行目は、
技の名前では、なかった。
怖いから、急ぐ。
それが、非公式の研究員室、最初の記録になった。




