第21章 朝六時の神社
山田は、五時四十七分に、駅前の神社へ着いた。
空は、まだ、青くなり切っていなかった。
境内には、もう二人、いた。
老師と、武志だった。
老師は、竹ぼうきで、落ち葉を掃いていた。
武志は、石畳の上に、立っていた。
立っているだけだった。
両手は、下げていた。
目も、閉じていなかった。
ただ、立っていた。
山田は、深く、頭を下げた。
「おはようございます。」
老師は、掃く手を止めなかった。
「遅い。」
山田は、腕時計を見た。
まだ、集合の十三分前だった。
でも、反論しなかった。
「申し訳ありません。」
老師は、竹ぼうきを、山田に渡した。
「そこ、続き。」
「……はい。」
山田は、ほうきを受け取った。
二十二年間、講道館の廊下は、掃除会社が掃いていた。
神社の落ち葉は、自分で掃くものだった。
山田は、それを、今朝、知った。
武志は、まだ、立っていた。
山田は、掃きながら、聞いた。
「……何の稽古、でしょうか。」
老師は、短く、答えた。
「待つ稽古や。」
「待つ。」
「朝が来るのを、待つ。」
山田は、空を見た。
朝は、もう、だいたい、来ていた。
でも、老師は、首を振った。
「まだや。」
武志は、一言も、発さなかった。
ただ、石畳の線の上に、重さを置いていた。
しばらくして、老師は、山田の横に来た。
「見とけ。」
「何を、でしょうか。」
「焦りが、どこから出るかを。」
山田は、武志を見た。
最初は、何も、わからなかった。
でも、三分後、わかった。
武志の、右肩だけが、朝より、一ミリ、高かった。
そして、もう三分後、下がった。
鳥の声が、していた。
電車の始発の音も、遠くで、した。
神社の前の道を、犬を連れた男が、通った。
武志は、まだ、立っていた。
山田は、掃く手を、止めていた。
老師が、ぼそっと、言った。
「手、止まっとる。」
山田は、慌てて、また、掃いた。
「……申し訳ありません。」
「見るのと、止まるのは、別や。」
「はい。」
山田は、掃きながら、見た。
見る、ということは、忙しかった。
朝六時ちょうど、老師が、ようやく、うなずいた。
「よし。」
武志の、肩が、完全に、下がっていた。
石畳の上に、ようやく、人が、一人、立った。
山田は、その違いを、言葉にできなかった。
でも、今日の稽古が、まだ一度も、投げていないのに、
もう始まっていたことだけは、わかった。




