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十段を三人倒したので俺は十一段です  作者: 三流小説家QIfengRR


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第20章 預かり

館長室の、空気が、厚くなった。


空気が、物理的に、重くなる、感覚。


制度の、奥の、部屋で、制度の、外の、男が、

制度の、長に、制度の、外の、提案を、していた。


館長は、静かに、老人を、見た。


老人は、静かに、館長を、見た。


武志は、背筋を、伸ばして、立っていた。


山田は、ドアのそばで、小さくなっていた。


なぜなら、彼は、この会話の、重要な、目撃者として、

ここに、いるべきだった。


でも、制度の、どこにも、この会話を、処理する、

枠組みは、なかった。


彼は、存在しているが、存在していない、枠で、

立ち続けるしか、なかった。


館長は、ゆっくり、座った。


応接の、椅子に。


老人にも、向かいの、椅子を、手で、示した。


老人は、座った。


武志は、老人の、斜め後ろに、立ったままだった。


館長は、山田を、見た。


「山田君も、座りなさい。」


山田は、驚いた。


「……しかし、私は。」


「今日は、君も、同席だ。」


「……はい。」


山田は、壁際の、小さな、椅子を、引いてきて、

座った。


自分が、こんなに、小さくなれるとは、

思っていなかった。


館長は、ゆっくり、こう、口を、開いた。


「……兄さん。」


「ああ。」


「『預かり』というのは、つまり。」


老人は、うなずいた。


「この子を、講道館の、人間に、する。」


「しかし、段位は、どうします。」


「どうでもええ。」


「ですが、館の、規則で――」


「規則は、お前の、仕事や。」


老人は、笑わなかった。


ただ、静かに、こう、言った。


「わしは、技の、話、しに来た。」


「……はい。」


「この子の、雑を、取るのに、わし一人では、足らん。」


館長は、目を、少しだけ、見開いた。


「……足らない?」


「ああ。」


「兄さんが、足らない、と。」


「せや。」


「理由を、お伺いしても。」


老人は、しばらく、黙った。


それから、武志を、振り返り、こう、言った。


「……ちょっと、外で、待っとれ。」


武志は、即座に、うなずいた。


「はい。」


武志は、礼をして、部屋を、出た。


扉が、閉まった。


部屋に、三人だけが、残った。


老人、館長、山田。


山田は、自分が、なぜ、残されたのか、

分からなかった。


老人は、山田の、視線に、気づいた。


ちらっと、山田を、見た。


そして、館長に、こう、言った。


「山田君も、聞かせたい。」


「……なぜ。」


「制度の、内と、外の、両方を、知っとかないかん。」


「誰が、ですか。」


「この子の、世話役や。」


山田は、息を、飲んだ。


館長は、山田を、見た。


山田は、頭を、下げた。


「……光栄です。」


それ以上、言葉が、出なかった。


出なくて、よかった、と、思った。


老人は、深く、息を、吸った。


そして、ゆっくりと、こう、言った。


「……武志の、技は、わしの、技とは、違う。」


館長は、少し、目を、細めた。


「と、言いますと。」


「わしは、『居らん』ことで、投げる。」


「はい。」


「武志は、『居る』ことで、相手を、投げる。」


「……逆、ですか。」


「正確には、違う。」


老人は、少し、考えた。


それから、こう、言った。


「……武志の、やっとることは、

わしにも、藤村先生にも、分からん。」


山田は、背中が、冷えた。


藤村の名前が、また、出てきた。


老人は、続けた。


「わしらは、『居らん』方向に、技を、磨いた。」


「はい。」


「でも、武志は、まるで、逆に、進んどる。」


「はい。」


「『居る』ことを、極限まで、突き詰めとる。」


「……それは。」


館長の、声が、少し、震えていた。


「藤村先生の、論文の、

反対側、では、ないですか。」


老人は、うなずいた。


「せや。」


「……存在するのですか、そんなものが。」


「知らん。」


「知らない、と。」


「わしにも、分からん。」


「では、武志くんは。」


老人は、初めて、少し、困った顔を、した。


「……半分、わしの、弟子。」


「はい。」


「半分、誰の、弟子でも、ない。」


館長は、長い、ため息を、ついた。


老人は、こう、続けた。


「だから、講道館で、預かって、欲しい。」


「……私たちに、何を。」


「武志を、観察してくれ。」


「観察、ですか。」


「直すな。」


「……直さない。」


「口、出すな。」


「……はい。」


「ただ、見届けろ。」


「……見届ける。」


「そして、記録しろ。」


「……はい。」


老人は、一度、目を、閉じた。


それから、開いた。


「……武志が、何になっていくかを、

後の時代の、誰かが、参照できるように。」


館長は、長く、沈黙した。


山田も、沈黙した。


部屋の、時計の、秒針の、音が、

やけに、大きく、聞こえた。


カチ、カチ、カチ。


館長は、やがて、こう、言った。


「……兄さん。」


「ん。」


「この『預かり』は、前例が、ありません。」


「ない。」


「規則に、合致しません。」


「合致、せんな。」


「段位も、ありません。」


「いらん。」


「……講道館としては、承認できない形です。」


「うん。」


館長は、少し、間を、置いた。


「……私、個人としては、認めます。」


山田は、顔を、上げた。


老人は、うなずいた。


「それで、ええ。」


「しかし、館長としての、承認は、

別途、理事会を、通します。」


「わかっとる。」


「その際、『預かり』という、

制度上、存在しない言葉を、使えません。」


老人は、少し、考えた。


「『非公式の、観察研究員』、とかでは、どうだ。」


館長は、うなずいた。


「……それは、過去に、数件、前例があります。」


「よし。」


「非公式の、観察研究員、黒金武志。」


「その、責任者は、私が、務めます。」


老人は、頭を、下げた。


「……ありがとう。」


館長は、首を、振った。


「兄さんに、頭を、下げさせて、いいのは、

もう、ここだけ、です。」


老人は、静かに、笑った。


「せやな。」


山田は、小さな、椅子で、静かに、泣きそうだった。


泣かなかった。


二十二年は、泣かない訓練、でもあった。


彼は、深く、頭を、下げた。


「私、山田浩は、この、非公式の、

観察研究員、黒金武志の、連絡役を、

務めさせて、いただきます。」


館長は、うなずいた。


「山田君、君に、任せる。」


「はい。」


老人は、山田を、見た。


それから、静かに、こう言った。


「明日から、弟子入りや。」


「……はい。」


「稽古、月水金、朝六時。」


「……はい。」


「講道館の、仕事は、続けろ。」


「……はい。」


「兼業届、出しとけ。」


「……兼業、禁止、なのですが。」


老人は、少し、考えた。


それから、館長を、見た。


館長は、少しだけ、笑った。


「……特例、作りましょう。」


「よろしく。」


「はい。」


山田は、深く、頭を、下げた。


二十二年、守り続けた、規則が、

たった、一つの、特例によって、

彼を、自由にする日が、来るとは、

思っていなかった。


でも、二十二年の、制度が、

こういう、小さな、特例を、

受け入れる、柔軟さを、

持っていたことも、知った。


制度は、完全ではなかった。


完全ではなかった、から、

こうして、武志の、ような、

例外的な、存在を、

受け入れる、余地があった。


山田は、その、余地に、

感謝した。


武志は、館長室の、外で、

待っていた。


椅子に、座っていた。


静かに、していた。


扉が、開いた。


老人と、館長と、山田が、出てきた。


老人は、武志に、こう、言った。


「お前、明日から、ここの、研究員や。」


武志は、目を、見開いた。


「……え?」


「非公式や。」


「……はい。」


「月水金、朝六時、わしの、稽古。」


「はい。」


「火木、ここで、観察。」


「……観察されるんですか。」


「直されへんで、安心せえ。」


「……はい。」


「土日、好きにせえ。」


「……はい。」


館長は、武志に、軽く、頭を、下げた。


「黒金くん。」


「はい。」


「これからは、こちらにも、出入り、してください。」


「……はい。」


「段位は、ありません。」


「はい。」


「帯も、自由に。」


「はい。」


「ただし、規則上、非公式なので、

館の、公式行事には、出られません。」


「……構いません。」


「いつか、出たくなったら、

言ってください。」


武志は、少し、考えた。


それから、こう、言った。


「……出たくは、なりませんわ。」


館長は、笑った。


本当に、小さく。


「……それで、いいです。」


山田は、ドアの横で、

静かに、涙を、拭いた。


誰も、見ていなかった。


見ていても、たぶん、

気にしなかった。


今日は、そういう日だった。


一階に、降りた。


玄関を、出た。


外は、晴れていた。


老人は、武志に、こう、言った。


「お前、髪、切れ。」


「はい。」


「あと、道着、洗え。」


「はい。」


「新品の、匂いが、する。」


「……買ったばっかりです。」


「買い直すな。洗え。」


「はい。」


老人は、うなずいた。


そして、山田を、見た。


「山田君。」


「はい。」


「明日、朝、六時。」


「……ご自宅に、伺えば、よろしいですか。」


「駅前の、神社や。」


「……神社で、稽古、ですか。」


「境内の、隅、使わせてもらっとる。」


「……はい。」


「遅れるな。」


「はい。」


老人は、リュックを、背負い直した。


それから、ゆっくり、歩き出した。


武志も、一礼して、ついていった。


山田は、しばらく、二人を、見送った。


二人の、背中が、遠ざかっていった。


武志の、背中は、少し、軽かった。


老人の、背中は、相変わらず、小さかった。


でも、不思議に、堂々と、していた。


山田は、深く、息を、吸った。


吸ってから、呟いた。


「……非公式の、観察研究員、か。」


口に出すと、少しだけ、可笑しかった。


可笑しかったので、笑った。


二十二年ぶりに、笑った。


笑ったら、涙が、出た。


涙を、拭いた。


拭きながら、こう、思った。


「……ネクタイ、本当に、もう、

二度と、締めんでもええか、もしれん。」


それは、少し、言い過ぎ、だった。


でも、今夜は、そう、思いたかった。


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