表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十段を三人倒したので俺は十一段です  作者: 三流小説家QIfengRR


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/27

第19章 喧嘩、売りに

翌朝、午前十時。


講道館、本部、正面玄関。


老人と、武志は、ゆっくりと、階段を、上がった。


老人は、白い、道着の、上着だけを、

薄い、ジャケットの代わりに、着ていた。


ズボンは、普段の、黒いズボン。


足元は、運動靴。


腰には、黒い帯。


色は、あせていた。


でも、巻き方は、完璧だった。


武志は、自分の、道着を、着ていた。


こちらは、新品だった。


昨日の夜、買った。


玄関を、入ると、受付の、女性が、目を、上げた。


彼女の、目は、即座に、三つのことを、認識した。


一:高齢の、道着の、男性。

二:若い、道着の、男性。

三:有名な、あの、黒金武志。


彼女は、一瞬、呼吸を、止めた。


それから、プロとして、静かに、こう言った。


「……本日、お約束は。」


老人は、首を、振った。


「ない。」


「……失礼ですが、どちら様でしょうか。」


老人は、ゆっくり、受付に、近づいた。


身分証を、出さなかった。


名刺も、出さなかった。


ただ、こう、言った。


「……山田浩、呼んでくれ。」


受付の女性は、うなずいた。


「広報の、山田、でしょうか。」


「せや。」


「お名前を、伺っても。」


老人は、少し、考えた。


それから、こう、言った。


「『先生のとこに、昨日、茶、二本、持ってきた件』

って、伝えてくれ。」


受付の女性は、その奇妙な伝言を、メモに取った。


取りながら、ペンが、少し、震えていた。


内線で、山田は、呼び出された。


受付の女性の、声は、珍しく、緊張していた。


「山田さん、お客様です。」


「誰ですか。」


「ご芳名は、伺えませんでしたが……」


「……はい。」


「伝言があります。」


「どうぞ。」


「……『先生のとこに、昨日、茶、二本、持ってきた件』、

と、おっしゃっています。」


山田は、スマートフォンを、落としかけた。


落とさなかったのは、二十二年の、制度的握力のおかげだった。


「……すぐ、降ります。」


山田は、自分の、ネクタイを、外した。


外してから、机の、引き出しに、入れた。


引き出しの、奥に、押し込んだ。


もう、二度と、戻さない、つもりで。


そして、立ち上がった。


一階に、降りると、老人と、武志が、

受付の、ソファに、座っていた。


二人とも、体格的には、大きくなかった。


でも、ソファが、二人の、重みで、

実際よりも、深く、沈んでいるように、見えた。


山田は、二人の前に、立ち、深く、頭を、下げた。


老人は、立ち上がった。


立ち上がっただけで、山田の、視界の、

縮尺が、変わった気がした。


「山田君、やったな。」


「はい。」


「よう、昨日、来てくれたな。」


「……はい。」


「ほんで、ネクタイ、外したか。」


山田は、一瞬、止まった。


「……はい。」


老人は、うなずいた。


「ええ、判断や。」


「……ありがとうございます。」


老人は、静かに、こう、続けた。


「今日、館長、おるか?」


山田は、深く、呼吸した。


「……います。」


「呼んでくれ。」


「……呼ぶ、というのは。」


「会いに行きたい、と、伝えてくれ。」


「なんと、お伝えすれば。」


老人は、少し、考えた。


それから、ゆっくりと、こう、言った。


「……名前のない、十一段が、来た、と。」


山田は、息を、飲んだ。


そして、深く、頭を、下げた。


「……かしこまりました。」


山田は、階段を、上った。


三階の、館長室まで。


一段、一段、上がるたびに、二十二年の、

自分が、少しずつ、軽くなった。


軽すぎて、怖かった。


でも、軽さは、嫌いではなかった。


館長室の、前で、彼は、止まった。


ノックの、作法を、忘れるかと、思った。


忘れなかった。


体は、二十二年を、覚えていた。


ノックした。


「どうぞ。」


入った。


館長は、七十八歳。

現役の、柔道九段。

穏やかな、顔立ち。


山田は、頭を、下げた。


「館長、ご相談が。」


「何か、あったか。」


「……一階に、お客様が。」


「どちら様だ。」


山田は、息を、吸った。


それから、静かに、言った。


「……名前のない、十一段、が、

お会いしたい、と。」


館長の、目が、一瞬、鋭く、なった。


本当に、一瞬。


それから、穏やかさに、戻った。


「……ほう。」


「はい。」


「若い男も、一緒か。」


「……はい、黒金武志です。」


館長は、うなずいた。


「山田君。」


「はい。」


「通してくれ。」


「……かしこまりました。」


山田は、階段を、下りた。


今度は、少し、速かった。


一段、一段、下りるたびに、胸が、鳴った。


老人と、武志の前に、戻り、頭を、下げた。


「……館長が、お目にかかります。」


老人は、うなずいた。


「ええな。」


武志は、うなずいた。


「はい。」


三人は、階段を、上り始めた。


老人の、足は、軽かった。


八十を、超えているとは、思えなかった。


武志は、後ろから、静かに、ついていった。


山田は、先頭で、導いた。


階段の、真ん中あたりで、老人は、ぽつりと、言った。


「……山田君。」


「はい。」


「お前、明日から、うちの、弟子になるか?」


山田は、足を、止めかけた。


止めなかった。


止めたら、老人の、ペースを、崩すと、

本能的に、感じた。


「……弟子、ですか。」


「稽古、受けてみんか、って話や。」


「……私は、講道館の、職員です。」


「だから何や。」


「……兼業、禁止です。」


「誰が、そんなこと、決めた。」


「……規定で。」


「破れ。」


山田は、笑いかけた。


笑わなかった。


でも、内側で、静かに、笑った。


「……検討、致します。」


「検討するな。破れ。」


「……はい。」


武志は、後ろで、小さく、言った。


「……先生、あっさり、弟子増やすんや。」


老人は、振り返りもせず、こう言った。


「お前が増やしたんやろ、わしの仕事を。」


武志は、うなずいた。


「……すんません。」


「ええわ。たまには、仕事したる。」


館長室、到着。


山田は、ドアを、ノックした。


館長が、自ら、開けた。


扉を、開けた瞬間、館長と、老人の、目が、合った。


一秒、二秒、三秒。


館長は、ゆっくり、頭を、下げた。


深く。


九段が、無段の、男に、頭を、下げていた。


老人は、軽く、うなずいた。


返礼は、しなかった。


する必要が、なかった。


館長は、顔を、上げた。


静かに、こう言った。


「……お久しぶりです、兄さん。」


山田は、息が、止まった。


「兄さん」。


老人と、館長は、兄弟弟子だった。


老人は、講道館の、制度の、内側にも、

かつて、いた人間だった。


ただ、ある時、消えた。


講道館の、記録には、残っていなかった。


記録には、残らないように、消えた。


山田の、二十二年は、その事実を、

今、この瞬間、知った。


老人は、館長を、見た。


それから、こう言った。


「……お前、まだ、館長、やっとるんか。」


「はい。」


「辛くないか。」


「辛いです。」


老人は、うなずいた。


「辞めろ、とは、言わん。」


「はい。」


「ただ、お前の、次の、仕事を、作ろうと思って、来た。」


館長は、少しだけ、目を、細めた。


「……お聞き、します。」


老人は、振り返り、武志を、指した。


「これや。」


「黒金武志。」


「十一段、自称。」


「実際、まだ、雑。」


「でも、雑が取れれば、たぶん、強い。」


「そこで、な。」


老人は、館長に、近づいた。


一歩、二歩、三歩。


館長の、すぐ、前。


静かに、こう、言った。


「……この子を、講道館の、預かり、にせえ。」


山田の、世界が、停止した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ